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とても美味しい水でした



 ――ここは……どこだ……?


 寝起きのぼやけた頭で一瞬だけ混乱したが、すぐに思い出した。

 牛に生まれ変わった俺は、寝ている間にどこかへ運ばれたのだった。


 つまり、ここがどこなのかはさっぱりわからない。

 この場所がどこか教えられたところで、異世界の位置関係など俺にわかるわけがないけれど。

 俺にわかるのは、ここが室内だということだけだ。

 それも、とんでもなく広くて豪華な。


 やたら壁が眩しくてきらきらしてるし。

 柱代わりにぶっとい彫刻が何本も立ってるし。

 天井から吊るされたシャンデリアっぽいものが虹色に光ってるし。

 やたら宝石っぽいものがついた置物があちこちに溢れてるし。

 室内なのにでっかいプールがあるし。

 絨毯は、これ本当に布か!? って言いたくなるくらいすべすべでふわふわな肌触りだし。

 なんかいいニオイするし。


 いつだったかテレビで見た『仰天! 魅惑のスイートルーム』の、一泊ン百万円するようなホテルを思い出した。

 いや、それ以上だ。

 体育館か、ちょっとしたイベントホール並の広さがあるから、スイートルームでは勝負にならない。


 だとすると、城かなにかだろうか。

 同じく『潜入! 神秘のロイヤルガーデン』で、こんな豪華なパーティールームを見た覚えがある。

 どうでもいいけど、ロイヤルガーデンに潜入なんかしたら色々ヤバいだろ。

 どうでもいいけど。



 目を開けてのっそり起き上がると、壁際で等間隔に並んでいた十人くらいの男女が、俺に向かって一斉に頭を下げた。

 びびびびっくりしたぁ。

 よくできた人形かと思ってた。

 壁際の男女は全員揃って姿勢正しく立っていて、ぴくりとも動いてなかったからな。

 それに、全員が芸能人も裸足で逃げ出すほどの美男美女ばかりだったから。

 着てるものも、古代ギリシャとかローマ時代を思わせるような、カーテンみたいな服だし。


「お目覚めになりましたか、セイギュウ様。遠路はるばる、よくお越しくださいました」


 一番近い位置にいた女性が、にこやかに笑いながら俺に声をかけてきた。

 俺より少し年上に見えるけど……初対面の女性の年齢を推し量るのはやめておこう。

 新入社員の頃それをやって、痛い目に遭ったからなぁ。

 人は学習する生き物なのだ。俺は牛だけど。


 俺に話しかけてきた女性は、真っ青な髪色をしていた。

 他の人たちの髪も、赤、紫、オレンジ、ピンクとカラフルだ。

 初見で、等身大のアニメフィギュアだと勘違いした俺は悪くない。はず。


 青い髪の女性は、この人たちのリーダーなのだろうか。

 なんとなく他の人たちよりも少しばかり落ち着いた雰囲気があるから、多分間違ってないと思う。

 決して他の人たちより年齢が……いや、なんでもない。


 それにしても、なんとも品のある佇まいだ。

 立ってるだけで品格を感じる。最高級ホテルのスタッフでも、ここまでじゃない。

 いやまあ、最高級ホテルなんて泊まったことないからよく知らんけど。


 こういう所作は一朝一夕で身に着くものじゃないから、それなりの教育を受けた人なのだろう。

 とするとやはりここは異世界の城か?

 何でここに連れてこられたのかわからんが、前世ド庶民今世ただの牛な俺の場違い感が半端ない。


「セイギュウ様、お疲れではございませんか? お水は召し上がりますか?」


 言われて気付いたが、そういや確かに喉が渇いてる気がする。

 俺の意識がはっきりしたあの場所で、もそもそ草を食ってからこっち何も口にしていない。

 あれからどれくらい時間が経ったかわからないが、よく寝た感じがするから数時間は経ってるのだろう。


「モ〜」


「そうですか。ではこちらをどうぞ」


 すごいなこの人。俺の牛語がわかるのか?

 ビックリしてじっと見つめると、青髪の女性はにこりと微笑んだ。


「わたくしどもは、セイギュウ様にお仕えするために特別な教育を受けております。セイギュウ様が言葉を発せずとも、瞬時に意を察してセイギュウ様のお望みを叶えられるように致しますので、心安らかにお過ごしください」


 おお。なんかわからんが、すごいってことはわかったぞ。

 漫画か何かで見たことがあるけど、視線とかちょっとした仕草とか服装とか、そういった細かいことを観察して、客自身すら自覚していないような要望を素早く提供するのが一流のサービスマンなんだとか。

 青髪の女性の言うことは、そういうことだろうか。


 にっこり微笑んだ青髪の女性が頭を下げると、合図もないのに他の人たちも一斉に頭を下げた。

 タイミングも角度もバッチリ同じ。よく訓練されてるなあ。


 呑気にそんなことを考えながら、青髪の女性が示したものを見て、俺はまた仰天した。

 前世の俺が両手を広げたほどの大きさの、銀ピカの鉢だ。

 鉢には細かく精緻な模様が彫り込まれていて、前世の俺の親指くらいの大きさの色とりどりな石がいくつも嵌め込まれていた。

 恐らくあれは、純銀と宝石でできている。

 メッキとガラス玉だったとしても俺にはわからないけれど、この場所にそんな紛い物がある方が不自然な感じがするから、多分本物なのだろう。


 お高い装飾品にしか見えない底の浅い鉢には、透明な液体――水のようなものが入っていて……ううう、いや、あれは水だな。

 だって青髪の女性がさっき水って言ってたし。

 何故か一緒に金箔みたいなものも浮かんでるけど。


 ということは……いうことは、だ。

 あの宝石を散りばめた銀製の鉢は、鉢ではなく水桶だったようだ。

 別名、俺のコップとも言うかもしれない。


 もう「モー」の一言すら出てこない。

 啞然と青髪の女性を見ると、彼女は相変わらず俺に向かってにっこりと微笑んでいた。


「もちろん純銀製でございます。宝石は最高級のものだけを嵌め込み、最高峰の職人が丹念に文様を彫り込みました。こちらはセイギュウ様のためにご用意致しましたが、お気に入らなければすぐに別のものをお持ちします」


「モ……モ〜〜!!」


 いやいや、気に入らないなんてとんでもない。

 気に入るとか気に入らないとかいう問題でもないんだが、こんなパンチの効いたコップがもう一つ出てくるのはさすがに勘弁してほしい。

 俺の脳みそが理解の許容量を超えて溶け出しちまう。


「まあ! そんなことになったら大変です。それではどうぞこちらの器をお使いくださいませ」


 俺は既に、驚きを通り越してただただぽかんとすることしかできなかった。

 言葉にしなくても意を察するとは言っていたけど、ここまでくると俺の考えを読めているんじゃないかと思うレベルだ。

 えっ、なに? もしかして、考えてること全部バレてんの……?

 いやいやいや。まさかそんなこと、ねぇ……?


「……………………。こちらの水は、霊山の頂に咲く聖なる花の朝露を集めたものでございます。どうぞお召し上がりくださいませ」


 聖なる花とやらがどんなもんか知らんけど……いま朝露って言った!? 朝露って言ったよな!?

 このでっかい水桶になみなみ入れられてるこれ、朝露!? 

 ちょっと意味がわからない。


 ……いや、落ち着け俺。

 水の正体が衝撃的すぎてうっかりスルーしかけたけど、その前になんか不自然な沈黙があったよな?

 もしかしてもしかすると、あの人本当に俺の考えてることをy


「お召し上がりくださいませ」


 にっこりにこにこにこにこにこにこにこにこ。


 うん、なんつーか、アレだよ。

 にこやかで穏やかで優しげで迫力満点な笑顔に勧められて、俺は黙って水を飲んだ。



 あ、ウメェ。

 水って甘いんだなぁ……。



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