8 真相
家に戻ってばあちゃんにさっきのサヤちゃんとのいきさつを話したら大笑いされた。
しかし、今なら俺は広い心ですべてを許すことができる。
世界は彩と輝きに満ちている。
庭に生える雑草もイキイキと輝いて見える。
さっき蚊に刺されたけどそれさえも許せる。
笑うなら笑うがいい。
俺は、俺の婚約者に対して大真面目に愛の告白をきめてしまったのだ。
そう、サヤちゃんの、九曜沙耶香の婚約者は水無月啓一、俺だったのだ。
どうやら一昨日、昼ご飯を食べた後、うちのおばあ様がサヤちゃんの家にすっ飛んで行って速攻で正式な婚約を纏めたらしい。
今から思い返せばちょうどその後のタイミングで送られてきたサヤちゃんからの最初のメッセージもなるほどそういう意味なのかと思わず頷いてしまう。
で、今日会ったときの最初のサヤちゃんのあの反応。
正式に婚約者になった俺と面と向かって会うということでどうやら照れがあったようだ。
そんなサヤちゃんも可愛すぎて悶死する。
「まあ、いいさ。そろそろ来る時間だね」
「来る? 誰が?」
――ピンポーン
「お、時間通りだね」
ばあちゃんからは客間で待っておくようにと言われたので俺は先に客間に行って待つことにした。
しばらく玄関から話し声がしていたかと思えばこの客間へと近づいてくる複数の足音が聞こえてくる。
襖が開き、最初に入ってきたのはばあちゃん。
その後ろに続いたのはどこかで見た覚えのあるおじいさん。
そしてその後ろから続けて入ってきた人物の姿に俺の目は釘付けになった。
夏仕様の真っ白なセーラー服タイプのブラウスに紺色の膝下丈スカート。
黒色のストッキングを履いていて素足の露出は一切ない。
正に女子高生の夏の装いをした九曜沙耶香さんだった。
この日はいわゆる顔合わせ。
婚約者同士。
婚約者の家族同士が顔を合わせる。
とはいえ格式ばった儀式というものではなく、本当の意味で顔を合わせるだけという話だった。
ばあちゃんは婚約のことを俺に黙ってサプライズを演出したかったようだがその前に俺が知ることになったというのが真相だ。
ばあちゃんとサヤちゃんとこのおじいさんは当たり前のような顔なじみ。
直ぐに雑談が始まってしまった。
俺もサヤちゃんも座布団に正座してお互いに向かい合って座っている。
サヤちゃんとは昼に外で会ったばかりだけどこうして正式な婚約者同士という立場で面と向かって会うとなるとやはり勝手が違う。
こうして改まった席で向かい合うと途端に恥ずかしくなり、顔を赤くしてお互い下を向いていたりする。
「沙耶香、せっかく愛しのお兄ちゃんと正式に婚約できたんだ。もっと嬉しそうにせんか!」
「ちょっと、おじいちゃん!」
サヤちゃんがばっと顔を上げて隣に座っていたおじいさんに猛抗議する。
そんな光景を俺はぽけーっとした表情で眺めた。
「そのっ、あのっ……」
俺の視線に気付いたサヤちゃんがあたふたとし始める。
再会してからはいつも余裕のある大人な感じだったのが嘘みたいな慌てぶりだ。
こうしてみるとやっぱりサヤちゃんは幼いときに一緒に遊んだあのサヤちゃんなんだと気付かされる。
あの頃のサヤちゃんは感情表現豊かで年相応に笑ったり泣いたり怒ったり恥ずかしがったりしていた。
今の大人な感じで余裕綽々なサヤちゃんもいいけれど、俺はどっちのサヤちゃんも好きだな。
サヤちゃんのおじいさんによるサヤちゃん大暴露大会はこの後もしばらく続き、サヤちゃんはちょっとぐったりとした様子だった。
「ではそろそろ」とおじいさんがお暇の口上を述べると、サヤちゃんが居住まいを正した。
釣られて俺も姿勢を正す。
「不束ものではございますが、よろしくお願い致します」
きれいに三つ指をついて頭を下げるサヤちゃんに慌てて俺も「こちらこそよろしくお願い致します」と同じように頭を下げた。
しばらくお互いに頭を下げたままにしていたのだが、ふとしたタイミングで俺は顔を上げる。
サヤちゃんもほぼ同じタイミングで顔を上げたのだろう。
思いがけず目と目が合った俺たちはどちらからともなくお互いに笑い合った。
【誤字のご指摘について】
いつも誤字のご指摘ありがとうございます。
本話で速攻で婚約を纏めたという箇所について「速攻」は「即行」ではないかとのご指摘をいただきました。
この点に対する作者の考えを活動報告に記載をしております。