6 けじめ
――終わった
俺の始まったばかりの恋はその瞬間その幕を下ろすことになった。
好きという心情を吐露するときのサヤちゃんのその表情。
それは短い間であるとはいえ、俺が見たことのなかった幸せそうな、女性の、恋する女の子の顔だった。
(俺のこの気持ちはいったいどう折り合いをつければいいんだ……)
あまりの衝撃に茫然とする。
頭が働かない。
ぼーっとする。
熱中症ではない、と思いたい。
「あの、大丈夫ですか?」
サヤちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込む。
近いっ、近いって!
俺は慌てて距離をとる。
先日よりもワンランクほどサヤちゃんとの距離が近いような気がする。
サヤちゃん、婚約者がいるのにそれはどうなの?
そんな疑問が心によぎる。
ああ、そうか。
わかった。
ようやく気付いた。
そうだ。
俺は家族枠なのだ。
サヤちゃんにとって俺は幼馴染の、夏休みにときどき遊んだ近所のお兄ちゃんなのだ。
そういえば昔はサヤちゃんから「啓にいちゃん」と呼ばれていたっけ。
今さらながらそのことを思い出した。
幼馴染のお兄ちゃんとしてサヤちゃんに言うべきことはきちんと言わないといけない。
それが俺の、幼馴染としての最後の仕事だろう。
「サヤちゃん、婚約者がいるのに俺にそんなに近づいたらダメだよ」
「?」
サヤちゃんは不思議そうな表情を浮かべる。
あまりよく分かっていない。
そんな顔だ。
その婚約者とやらがどんな奴かは知らないが、少なくとも幼馴染の家族枠であるとはいえ同年代の男と二人きりで会っていればいい顔はしないだろう。
下手をしたら浮気を疑われてしまう。
もし、そんな疑いを持たれたらサヤちゃんは高校の卒業パーティーで婚約者に婚約破棄を宣言されてしまうだろう。
それはそれでいいのではという悪魔の囁きが聞こえる。
いや、ダメだ。
俺は好きな人に、サヤちゃんには幸せになって欲しいのだ。
それがたとえ俺ではない誰かと一緒になることだとしてもだ。
サヤちゃんは小さい頃に辛いことが多かったのだからそれを取り戻す以上に幸せになって欲しい。
サヤちゃんはあくまでも俺のことを『幼馴染のお兄ちゃん』としてみていて、異性としてはみていないのだろう。
それなら、俺は俺の気持ちをサヤちゃんにぶつけよう。
俺はサヤちゃんと違ってサヤちゃんをもう幼馴染の妹分として見ることはできない。
サヤちゃんを、異性として、恋愛の対象として好きになってしまった。
きちんとそう告げて、もしも婚約者と添い遂げたいと思うのであればきちんと俺のことを、一人の男として振ってもらおう。
そして二度と二人だけでは会わないようにしよう。
ケジメを。
はっきりとケジメをつけるのだ。
俺は裸足のまま、下に降りて沢の中に入った。
パシャっと小さな水飛沫が上がる。
川底の細かい砂が足の裏にこそばゆい。
水深10センチくらいの浅瀬に降り立ち、沢の淵縁に腰かけているサヤちゃんの前に立つ。
サヤちゃんをわずかに見下ろす格好になった。
サヤちゃんはいったい何が起こるのかと目を白黒させている。
驚くその表情もかわいい。
「サヤちゃん!」
「はい」
「俺はサヤちゃんが、九曜沙耶香さんが好きです。幼馴染としてではなく、一人の女の子として、異性として好きです!」
「…………」
突然の俺の告白にサヤちゃんはぽけーっとした表情で俺を見上げる。
いたたまれず俺は顔を俯かせてサラちゃんの姿を視界から消した。
そしてたっぷりと1分か2分か。
時間の感覚がわからない俺にはもう無限に感じるほどの長い時間を経てサヤちゃんが口を開いた。
「……私も好きですよ」
俺は待った。
その後に続く「あくまでも幼馴染として」という言葉を。
そして最後に紡がれるであろう「ごめんなさい」という言葉を。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
しかし、いつまで経ってもその続きの言葉がサヤちゃんの口から聞こえてこない。
不思議に思い、サヤちゃんに目を向けるとサヤちゃんは顔を真っ赤にしてただただ俯いていた。
えっ……
なにこれ?
俺はようやく何かがおかしいことに気付いた。