5 噂の真偽
翌日(帰省4日目)。
昨日の夕方のことが自分の中で消化できていなかったのだろう。
今朝はちょっと早くに目が覚めた。
最近は夏休みということもあって朝は遅く起きていたが今朝は朝食を食べると涼しいうちに散歩に出ることにした。
昨日のモヤモヤもあって気晴らしに外の空気を吸いたかったというところだ。
昼からサヤちゃんと会う予定なのでそこまで時間を掛けるつもりもない。
この辺りは人口の少ない田舎とはいえ人はいるし、同年代と思われる若い子たちも当然いる。
今から高校に行くのだろうか。
制服を着た高校生くらいの男子5、6人が集まって話をしていた。
ここが集合場所になっているのだろうか。
お互い見ず知らず。
言葉を交わすことはないが俺はすれ違いざまにそいつらが話していたその内容に耳を疑った。
「親父が話してたんけどさ。九曜さん、婚約する、というかしたらしいよ」
「あー、おまえんち、親戚だっけ?」
「うそっ、マジでか。俺の、俺のサヤちゃんが……」
「いや、お前のじゃねーし。俺のだし」
「いったいどこのラノベだよ。このご時世、高校生で婚約なんて普通するか?」
「さっすがクソ田舎。そこにしびれないしあこがれねぇ~」
「朝からツラタン」
その集団とすれ違いざま俺は思わず後ろを振り返った。
高校生らしい集団は直ぐに話題を変えたのか直ぐに別の話を始めたが昨日見た光景もあって俺の心は落ち着かなかった。
(九曜さん、サヤちゃんって……)
思い当たる人物は一人しかいない。
いや、しかし、他にも高校生の九曜さんでサヤちゃんはいるかもしれないし……
そうは思いながらも昨日見た光景と合致するような話だ。
しかも、こんなに人の少ない田舎でその条件に合う別の人なんかいるわけないだろうと囁くもう1人の自分がいた。
昼からはサヤちゃんとの約束がある。
いったいどんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
約束は約束なので時間に間に合うように待ち合わせ場所の沢へとやってきた。
そこには一昨日と同じような、色合いやデザインは若干違うものの涼し気なワンピースを身に纏ったサヤちゃんがいた。
「おっ、お待たせ……」
「あっ、はい……、いえ、待ってませんから」
俺だけでなくサヤちゃんの方も何か様子がおかしい。
そうは思いながらも先日と同じように沢の淵に揃って腰を下ろして二人とも裸足になった。
「…………」
「…………」
一言二言当たり障りのない話をしたが話が続かずお互い無言になる。
――み~ん、みんみんみんみん
この前は気にならなかったセミの鳴き声がやけに気になる。
ええいっ、このままじゃダメだっ!
意を決した俺は、噂の真偽を確かめることにした。
「あのっ、サヤちゃん」
「はっ、はいっ」
「サヤちゃんがその……婚約したって噂を聞いたんだけど……」
「はい……」
「それはその、ホント、なのかなって」
思い切って聞いてみた。
極めてプライベートな話に切り込んでいいものかと直後に思わなくもなかったが何を今さらもう遅い!
「本当ですよ」
サヤちゃんは真面目な表情で、俺の顔を見てはっきりとそう言った。
(やっぱり……)
わずかに残っていた可能性が潰える。
その瞬間湧き上がったのは怒りだった。
こんな超絶美少女を婚約者にするというリア充は一体どこのどいつだ!
昨日見たサヤちゃんと話をしていた男性の顔が浮かぶ。
あいつか!
そもそも女子高生を婚約者?
なに?
女子高生妻とかありなの?
断言できるね、これはもう犯罪だ!
このとき俺は決めた。
そうだ! 国会議員になろう。早く法律を改正しなければ!
いやいや待て待て。そうだ、民法はもう改正されて女の子の婚姻可能年齢は16歳から18歳になるんだった。
確か令和4年4月1日施行のはずだ。
さすが俺。
1年生とはいえ法学部の学生だ。
ってちょっと待て!
女子高生妻は、18歳ならアリなのか!?
衝撃の事実!
そんなことが許されるのか!
これはやっぱりなるしかないな、国会議員に!
「ふふっ」
俺の百面相が面白かったのか、それとも別の何かがあったのか。
サヤちゃんがいきなり噴き出した。
ああっ、やっぱり笑った顔もかわいい……
そんな感想しか抱かなかった。
ああ、そうか。
気付いた。
気付いてしまった。
サヤちゃんの顔から目が離せない。
ほのかにというレベルではない。
俺はサヤちゃんのことがとんでもなく好きになってしまっていたのだ。
帰省するまでサヤちゃんは幼馴染の女の子でしかなく、そういう対象として見てはいなかった。
再会したばかりのときはそりゃあ美人な子だなとは思ったけれど。
でもこうして二人で会って話をすると思うのだ。
たわいもないこのやりとりが。
この空気が。
この雰囲気が。
どうしようもなく心地いいと。
「そのっ、サヤちゃんは、その婚約者のことが、すっ、好きなの?」
顔を俯かせたまま思いきって俺はそう尋ねた。
もしもサヤちゃんの意に沿わない婚約ならまだ何か手があるかもしれない。
その一縷の可能性に賭ける。
顔が熱い。
恐らく顔は真っ赤になっているだろう。
チラっとサヤちゃんの顔を盗み見る。
サヤちゃんもその色白の顔を、頬を赤く染めていた。
そしてか細い声で絞り出すように言った。
「……好きです」
サヤちゃんの耳もその先まで真っ赤だった。