4 恋ごころ
「啓ちゃん、何かいいことがあったのかい?」
家に帰ってばあちゃんと一緒にお昼ご飯を食べているとばあちゃんにそう聞かれた。
「ズルズルっ、いや、別に……」
そうめんを啜りながらそう返した。
「そうかい、てっきりサヤちゃんと何かあったのかと思ったんだけどね~」
「別に何もないよ……」
そう答えたものの、俺の顔は思わず緩んでいたのだろう。
身体の奥底から湧き上がってくる何かを自分自身で止めることができない。
それだけ明後日サヤちゃんとまた会えるのが楽しみなのだと思う。
「啓ちゃん、サヤちゃんのこと、好きかい?」
「ぶふっ! ごほっ、ごほっ……」
思わず食べかけのそうめんを吹き出してしまった。
「ばあちゃん、急に何を……」
「いやなに。わたしも老い先短い身だからね。孫に早くそういう人ができてくれれば安心できるんだよ」
「そんな縁起でもない。それにサヤちゃんと俺とじゃ釣り合わないよ」
良くも悪くも俺の容姿は平凡だ。
超絶美人のサヤちゃんとでは釣り合わないだろう。
サヤちゃんも俺のことは幼馴染のお兄さんということでなついてくれているんだろうし。
「啓ちゃん自身はサヤちゃんを好きってことかい?」
「好きか嫌いかといったら好きに決まってるよ」
ばあちゃんには照れ隠しでそんな言い方をしてしまったが、ばあちゃんから正面から聞かれて俺は自分の中にあるほのかな気持ちに気付いた。
まだ生まれたばかりの気持ちかもしれないが俺はどうやらサヤちゃんのことが異性として好きになってしまったみたいだ。
幼馴染に一目ぼれというのもおかしな話だが、しっくりくる表現は正にそれなのだ。
我ながらチョロイやつだとは思う。
「まあ、あの子は気立てもいいし、いい嫁さんになるだろうね」
「ほんと、サヤちゃんと結婚できる旦那さんは羨ましいよ」
俺もこの話はそれまでと残りのそうめんを一気に啜った。
昼食後、俺は持ってきていた本を読むことにした。
暑い時間なので、室内にいた方が何かと安全だ。
エアコンの効いた部屋で読書をして過ごした。
「ただいま戻ったよ」
玄関からばあちゃんの声がした。
思いのほか読書に集中していたのか気が付くと外はもう暗くなりかけていた。
どうやら本を読んでいた間にばあちゃんはどこかに出掛けていたみたいだ。
――ぴろりんっ
ばあちゃんが帰ってきたのとほぼ同じタイミングで俺のスマホのメッセージ着信音が鳴った。
「サヤちゃんからだ」
メッセージを開くと『よろしくお願いします』とあった。
たった一行だけのメッセージだけどサヤちゃんからのものだと思うだけで頬が緩む。
俺も『こちらこそよろしく』と直ぐに返した。
次の日(帰省3日目)。
特に用事のない俺は、午前、午後と日差しの強い危険な時間は家の中で過ごした。
本の続きを読んだ後、スマホで小説投稿サイトの小説を読んだ。
区切りがいいところでちょうど太陽が傾き始めて涼しくなったので散歩に出ることにした。
今度はこの前とは別のところを歩いてみよう。
俺はそう思って今日は駅の方へと歩いていくことにした。
俺が駅前にさしかかったとき、ちょうど列車が来たのだろう。
夕方の時間ということもあって複数人の乗客が降りてきたようでバラバラと人の姿が見えた。
その中に高校の夏季講習からの帰りなのだろう、サヤちゃんの姿があった。
「サヤちゃ……」
俺がそう声を掛けようとしたそのとき、サヤちゃんの後ろからサヤちゃんに声を掛けた男性の姿が見えた。
年齢は20代だろうというくらいしか分からないがその装いから仕事帰りの社会人で同じ列車に乗っていたのだろう。
(誰だ?)
後ろを歩きながら二人の様子を伺う。
何かを話しているのはわかるがその会話の中身までは伺えない。
しかし、俺は気付いてしまった。
その男性と話をしているサヤちゃんの表情は明るく、満面の笑顔であるということに。
年齢=彼女いない歴の俺だから精度の保証はできないがまさに恋する女の子の幸せな顔のようにしか見えなかった。