3 思い出の場所
せっかくだから遊びに行っておいでと言われ、俺は九曜沙耶香さん、サヤちゃんと一緒に出掛けることになった。
「ふふっ、私だと気付きませんでした?」
「ああ、正直まったく気付かなかった……」
俺の記憶にあるサヤちゃんを月とすれば今の沙耶香さんは太陽だ。
もう、それくらい、別人かというほど見た目というよりかは雰囲気が違う。
成長期を挟んでいるから身体の大きさ自体が違うのは当然なんだが生気というか生命力とでもいうんだろうか。
根本的に人間としての土台が違って見えるのだ。
「実は7年ほど前に新しい治療薬ができたんです」
7年前というと俺が帰省しなくなって直ぐくらいか。
元々小児性の病気で大人になるにつれて徐々に改善するタイプの病気だったらしいが、それ以上にその病気を劇的に改善する新薬が承認されて状況が大きく変わったそうだ。
ちょうど女の子がそろそろ成長期に入るというところで薬によって病気を抑えることができてしっかりと食事をとることができるようになったらしい。
体力がついたことも追い風となってみるみる身体も大きく健康的になったとか。
「じゃあ、もう身体は大丈夫なんだ」
「そうですね。とはいえ、今でも運動は苦手ですけど。それに、今は熱中症が怖いですからそんなに激しい運動もできないですね」
「そりゃ、誰だってそうだよ」
そんなたわいもない話をしながら歩く。
ギラギラと照りつける太陽を感じながら二人で誰も歩いていない田舎道を歩く。
サヤちゃんは大きな麦わら帽子を被っていてそれがこの田舎の風景に妙に合っていた。
今どこへ向かっているのか。
古い記憶の中ではあったが俺はそれがなんとなく分かった。
山際に入って少しだけ山道を進む。
道は遊歩道として整備されているのでなんの準備もしていない俺たちでも簡単に進むことができた。
俺は普通に運動靴を履いているがサヤちゃんはサンダルというかミュールというか、そういうちょっとおしゃれな靴を履いている。
ある程度進んだところでちょっと小道へと入ると沢に出た。
「到着しました」
サヤちゃんがそう言って歩みを止める。
俺たちがやってきたのは正に俺の記憶にある通りの場所。
あれから何年も経っているのにあの頃と同じ景色が俺を出迎えた。
沢にはゴツゴツした大きな岩があちらこちらにあり上流からは水がシャババっと流れてくる。
俺たちは沢の淵縁の岩に揃って腰を下ろした。
ここは沢の幅がちょっと広くなっていて平らになっているので沢の水が溜まっている
そうそう、ここが俺たちの定位置だった。
あの頃はここはもっと広い場所のように感じていたが改めて見るとそうでもなかった。
この周りは青々と茂った広葉樹が林立していて木陰を作って夏の直射日光を遮ってくれている。
ときおり風が吹けば枝葉が揺れて木漏れ日がちらっちらと零れてサヤちゃんの艶々の黒髪が眩しく光った。
俺たちはどちらからともなく靴を脱ぐ。
俺は靴下も脱いで二人とも素足になった。
俺は長ズボンの、サヤちゃんはワンピースの裾をまくって足を沢へ浸した。
「あー、冷たいっ」
そうそうコレコレ!
沢の水は暑い夏でも冷たくて、昼間の暑い時期にはこうして涼んでいた。
サヤちゃんも身体が弱いとはいっても激しい運動はできないというだけで昼間でもときどきは外に出た方がいいということで無理のない程度にこうして外で一緒に過ごしていた。
――ぱしゃっ、ぱしゃ
足で沢の水を蹴って水飛沫を飛ばす。
別になんてことない、ただの手慰みというか足慰みではあるがぼんやりと何もしない時間というのもたまにはいいものだ。
「あの、啓一さんは今、大学生なんですよね?」
「うん、そうだね」
俺は法学部に所属していることやサークルなんかには入っていないということを話した。
サークルはいろいろと見て回ったけどどうにも軽いノリのところばかりで食指が動かなかったんだよな。
幸い学部で友達はできたので毎日それなりに楽しく過ごしている。
「お友達ってどんな方ですか?」
「野郎ばっかりだな。この夏はみんなバイトに帰省、あと一人は海外に語学研修に行くって奴もいたかな」
「そうなんですか」
ちょっとホッとした感じのサヤちゃんに逆に聞いてみた。
「サヤちゃんはどうなの? 今高校生でしょ?」
「私は普通です。電車で隣の街の高校に通ってますよ」
正確には電車じゃないけどな、とあのローカル線を思い出しながら話を聞く。
ローカル線で20分掛けて通学しているとか。
この辺りでは進学校と呼ばれる公立高校らしい。
――ウ~~~~~
突然大音量のサイレンが聞こえてきた。
なに? 空襲警報?
いえいえ違います。
ここにはそう、コレがあった。
「お昼ですね」
田舎のあるあるその1。
お昼の大音量サイレン。
田畑で農作業している人にお昼の時間だと告げてくれるおせっかいなシステムだ。
「じゃあ、帰ろっか」
「……そうですね」
沢の水に浸していた足をあげて俺は足をバタバタと動かして自然乾燥させる。
サヤちゃんはハンカチで足についた水気を拭きとっている。
――ごくりっ
その光景に思わず唾を飲む。
色白で細くも必要な肉がしっかりとついた健康的な生足に思わず視線が引き寄せられた。
染み一つない艶めかしい肌艶はなかなかお目に掛かれるものではない。
「あのっ、恥ずかしいのであまり見ないで下さい……」
「ごっ、ごめん……」
チラ見していたつもりがいつの間にかガン見だったようで顔を赤くしたサヤちゃんにそう言われて直ぐに頭を下げた。
(嫌われたかな~)
そう気落ちしつつ一緒に山から集落へと戻る。
「明日までは高校の夏季講習があるんですけど、明後日よかったらまたお話しませんか?」
帰りがけにサヤちゃんからそう声を掛けられた。
「俺はここでは特に予定はないからいつでも大丈夫だよ」
明後日のお昼過ぎ、またこの場所でと約束した。
どうやら嫌われてはいないようでほっと一安心。
緊急の連絡用にと俺はサヤちゃんにスマホの連絡先を伝えた。サヤちゃんからも連絡先を聞いてこの日は別れた。
あと数日のここでの生活が楽しみになった。