その婚約に異議あり? ※ 山本望(沙耶香の友達)視点
皆さんこんにちは。
わたしは山本望という名前のただのしがない女子高生。
そんな普通なわたしにはちょっと変わった友達がいる。
九曜沙耶香。
それがその友達の名前だ。
わたしがたまたま部活のため秋の連休に登校したところたまたま彼女が婚約者さんと一緒のところに出くわすことになった。
そして連休明け。
学校が始まるとそれ以前に囁かれていた彼女についての噂はわたしが出るまでもなく間違いないことが公知の事実となった。
「ふふっ、うふふっ、うふふふふふっ」
「あー、またやってるよ」
「ほんと、飽きもせずによくやるわ~」
昼休み。
お昼ご飯を食べた後の午後の授業が始まるまでの時間。
わたしのクラスメイトであり友達の九曜沙耶香に目を向けると彼女は自分の席で最近日課となっていることを飽きもせずにしていた。
沙耶香の左手薬指に輝くのはピンクゴールドのシンプルな指輪。
ここ最近この時間、あの子は毎日飽きもせずに指輪の嵌められた自分の手を眺めてはうっとりとした表情を浮かべてときどき不気味に笑ったりと一人で忙しい。
うちの学校は公立高校とはいえ、自由な校風で華美でない限りはちょっとしたアクセサリーくらいは持ち込んでもとやかく言われることはない。元が女学校ということもあってか多少のおしゃれは許されるという伝統がある。
もっとも、沙耶香は授業中には指輪は外しているし、こうして昼休みの長い休み時間だけ指に嵌めて眺めているという程度だ。
そのお蔭というべきか、沙耶香が婚約したという噂はほぼ間違いないものとしてこのクラスどころか学校全体でも既に確定した事実として認知されることになった。
「くそっ! 九曜さんと婚約したとかいう奴はいったいどこのどいつだ!」
「そうだっ! 女子高生と婚約するなんて犯罪だっ!」
「きっと親に無理矢理婚約させられたに違いないっ! 我々の手で彼女を助け出さなければっ!」
今日も今日とてこのクラスの非公式九曜沙耶香ファンクラブ(わたしが勝手に命名)の面々がそんなとぼけたことを口走っている。
「あのさ~、あんたたち、沙耶のあの顔見てホントに無理矢理婚約させられたとかって思ってんの?」
そう言ったのは如月さんという確か沙耶香と同じ中学出身の子だ。
家も近くらしく、沙耶香とは昔からの付き合いらしい。
「そっ、それは……」
そりゃそうだわなー。
だって沙耶香があんな女の顔してるとこなんてわたしも見たことなかったし。
「くっ! しかし、九曜さんと婚約するなら九曜さんにふさわしい男であるべきだ! なあみんな、そうだろうっ!」
「おうっ!」とか「俺の方がふさわしいっ!」とかいう威勢のいい声が聞こえる。
しかし、顔だけ見てもこのクラスの男子よりも沙耶香の婚約者さん、啓一さんの方がかっこ良かったと思うな~。
顔が、というよりもオーラっていうのかな?
雰囲気!
そう、雰囲気がイケメンっていうのがぴったり!
歳はちょっと上みたいだったけど、それでもわたしたちがまだまだ子供なのになんかやたらと大人って感じだったし。
「う~ん、まあ、あんたらよりは沙耶香の婚約者さんの方がかっこ良かったよ。だからもう諦めたら?」
思わずそんな言葉が自分の口をついて出てしまった。
「あっ」と気付くが後の祭り。
「えっ、望あんた沙耶香の婚約者知ってるの?」
「マジマジ? えっ、どんな人? 背は高い? 顔は? 芸能人だったら誰に似てる?」
あっという間に周りにいた連中から質問攻めにあってしまう。
うわ~、しまった!
思わず藪を突いてしまった!
「いや、男は顔じゃない、やはり中身だ!」
「そうだっ! 男は中身だっ!」
男子どもはそれでもへこたれずにそう叫んでなにやら盛り上がり始めた。
いや、そのへこたれない根性は立派だと思うがもっと他のことに使えよ。
とはいえこの学校、地方のとはいえ一応進学校だし、こいつらもガキなんだけどいっちょ前に勉強もそこそこできる奴らではあるんだよな~。
いきりたいお年頃ってやつなのかね~。
「あー、そっちはもっと勝負にならないからやめといた方がいいよ?」
男どもの声を聞いた如月さんがそう言った。
わたしを含めて周りの目が如月さんに集まる。
教室内で他のことをしている連中もこっちに耳を向けているのが丸わかりだ。
「沙耶香の婚約者さん、大学、七橋だから。七橋大学の法学部」
へー、七橋か~。
旧帝七神早慶上智の『七』ね。
うっわ、エリートじゃん。
チラリとその言葉を聞いた男子どもに目を向ける。
――ず~ん
そんな効果音が聞こえてきそうなほど沈んでいてまるでお通夜だ。
さすが進学高だけあって偏差値ピラミッドには従順なのね。
「やべー、七橋って偏差値足りなさ過ぎ」
「この世には神も仏もいないのか」
「いや、俺たちには伸び代がある。何とか桜も言ってるだろ『東大は簡単だっ』」
「いや、おめーは無理だ。っていうか今の偏差値いくつだよ」
田舎のこの進学高からでも東大にいく人はいるにはいるけどせいぜい毎年数人程度だ。
地元の国公立大学にでも進学できればいい部類なわけで圧倒的な戦力差を目の当たりにした奴らはついに内輪揉めを始めた。
お前ら、強く生きろ……
「くっ、まだだっ、まだ俺のライフは0じゃない。何かっ、何か他にあるはずだっ!」
おっ、まだ諦めの悪い奴がいるみたいだ。
っていうかここまでくるともうふつーに感心するわ。
「婚約者さん水無月だよ? っていうかもうそれだけでおなかいっぱいだよ」
「水無月?」
如月さんの言葉にわたしの隣にいた友達が思わず聞き返した?
それは確かに婚約者さんの名前だけどそれがいったい何なのかわたしにもわからなかった。
「あー、こっちの街の人にはわかんないんだろうけどさ。うちの周りは田舎で家にはその家の格っていうのがあるわけよ。で、その水無月っていう家は別格なの」
「へー、でも、それってその地域限定の話でしょ? だったら……」
「あー、いや、それがそうでもなくてね」
「?」
「うちの地域もここも市町村合併で岩珂市になったでしょ?」
如月さんの言うとおり、平成の大合併でここ周辺の町や村は一気になくなり、この街を中心とする岩珂市一つになった。
「で、ここの市長になる人はさ。選挙の時になるとみんな水無月の家に挨拶に行くの。嫌われたら終わり、っていえば分かる?」
あっ、それはガチの奴や。
高校生の小娘である自分でもわかった。
「で、婚約者さんはそこの跡取り」
うん、うちのクラスの男子どもでは逆立ちしても勝負にならないことだけはよくわかった。
というか沙耶香、あんたとんでもない男の人と婚約したんだね。
まあ、沙耶香はそんな肩書というか打算で好きになったわけじゃないだろうけどね~。
そんなことを思いながら表情が緩みに緩んでいる彼女のことをぼんやりと眺めた。
この日以降、うちのクラスでは沙耶香の婚約者さんが話題になることはなかった。
サヤちゃんが主人公の学歴を知ったのはばあちゃんが正式に婚約の申し入れをしたとき(九曜家に釣書を持参したとき)です。その後、ご近所に情報が広まりました。
この物語はフィクションです。
実際の人物、組織、団体とは一切関係ありません。