2 再会
夕方になって日差しも収まり、気温も多少下がったので俺は散歩に出ることにした。
家にいてもやることがないし、半日移動で座りっぱなしで身体がバキバキするので運動がてらといったところだ。
この集落の中心地には商店が集まっているエリアがある。その商店を覗いてみたが俺の子供のときの記憶よりも店が随分減っていた。
やはり田舎ということでここも過疎化が随分進んでいるのだろう。
そのエリアを抜けて山の方へと向かう。
石段をのぼると神社があって、そこからこの辺りの集落全体を見渡すことができる。ここから眺める景色はかなり良かったという記憶があったので長い石段をフーフー言ってのぼった。
昔ながらの石段は今の都会の階段と違ってその一段一段が微妙に高いので地味にきつい。
「は~、到着……」
石段をのぼりきり、ようやく神社の境内に着いた。
「おー、やっぱりいい眺めだな」
石段の上で振り返り周囲の景色を眺める。
眼下には小さな集落とその周りに広がる見渡す限りの水田。
日没間際ということもあって夕暮れの赤に照らされた幻想的な風景だった。
さーっと頬を撫でる風が身体の火照を鎮めてくれるのを感じる。
久しぶりの景色を眺めながら多少荒くなっていた息を整え、呼吸が落ち着くのを待った。
「ふー、落ち着いた」
せっかくなので参拝しようと手水舎へと向かう。手を洗い口を漱ぐと拝殿へと向かった。
すると先客がいるのに気付いた。
後姿なのではっきりとはわからないが女の子で背は俺よりもちょっと低いくらい。
長い艶々の黒髪が妙に印象的だった。
俺はその子の参拝が終わるのを後ろでゆったりと待つ。
最後に深々と一礼した女の子はその手に麦わら帽子を持ったまま後ろを、俺の方へと振り返った。
(うわっ、凄い美人……)
振り返ったその子は色白でぱっちりとした目にスッと通った鼻筋をした美人さんだった。
都会で街を歩いていてもなかなかお目に掛かれない、芸能人でもそうそういないのではないかと思えるレベルの子だった。
太陽のように眩しいくらいに生気が溢れているのを感じる。
その子は俺の顔を見ると一瞬驚いたような表情を浮かべた。
まあ、誰もいないと思って振り返ったら知らない男がいれば多少はびっくりするだろう。
「……こんにちは」
「こんにちは」
女の子が挨拶してくれたので俺も挨拶を返した。
「あのっ、ここの方じゃないですよね?」
「あっ、はい。久しぶりに帰省しまして」
「そうですか。しばらくいらっしゃるんですか?」
「ええ、1週間の予定です」
たわいもない会話を交わし、お互いに軽く会釈をして別れた。
都会では見ず知らずの者同士で話をすることはまずないが、こうしたやり取りも田舎ならではだ。
俺はお賽銭を入れると二礼二拍手一礼して参拝すると元来た道を戻った。
翌朝(帰省2日目)。
一人で我が水無月家のお墓参りに行く。
我が家の墓地まで歩いて10分。
田舎故のコンパクトさが嬉しい。
午前中とはいえ、お昼に近い時間ということもあってか日差しは強い。
手早くお墓参りを済ませると直ぐに家へと戻った。
「ただい……ま?」
家の玄関に入るとちょうどお客さんが来ていた。
後ろ姿だけではあったがその後ろ姿はつい昨日見た姿と同じものだった。
見間違えるはずはない。
「啓ちゃん、ちょうど良かった」
お客さんである女の子に対応していたばあちゃんが俺の姿に気付くとそう声を掛けてきた。
それに釣られて後ろを振り返った女の子と目が合う。
女の子の目がわずかに細くなり、口元がわずかに緩んだ。
「こんにちは、啓一さん」
……どうして俺の名前を?
「ほら、サヤちゃんが野菜をお裾分けに持ってきてくれたんだよ」
「えっ、あっ、ありがとうございます?」
「いえ、どう致しまして」
サヤちゃん?
「……九曜沙耶香さん?」
「はい、九曜沙耶香です」
目の前の女の子ははっきりとそう名乗った。
俺はその顔をまじまじと見る。
確かに人形かと見間違えるほど顔立ちが整っているところは俺の記憶にあるサヤちゃんの印象と同じだ。
ただ、頬は健康的にふっくらしているし、目元もぱっちりしている。何と言ったらよいだろうか、目力というか生気を感じる。
目の前の女の子があのサヤちゃんとはとても思えなかった。
ただ身に着けている服のタイプはおぼろげながら覚えている昔のサヤちゃんが着ていたものに近い感じだ。
目の前の彼女が身に着けているものは薄い水色の生地をベースにしたくどくないフリルのあしらわれた涼しげな半袖のワンピース。
スカート丈は長く膝下の半分くらいまではある。
手には昨日も持っていたツバの広い麦わら帽子。
避暑に来ている清楚なお嬢様スタイルとでも言ったらいいだろうか。
(これがあのサヤちゃんか……)
知っているはずの幼馴染からは想像もつかなかった目の前の女の子の姿に俺は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じた。