指輪物語3
「は~、面白い子だったね~」
「う~、恥ずかしいです……」
山本さんはしばらく自転車をこいで進むと校門の中に吸い込まれていったところを見ると今日は部活か何かで学校に来たのだろう。
一方でサヤちゃんはぐったりと疲労困憊の様子だ。
そんなサヤちゃんを宥めながら引っ張っていって高校の正門前までやってきた。
そして、ここからサヤちゃんの通う高校の校舎を眺めた。
特に何の変哲もないコンクリート造りの校舎だ。
「啓一さんと同じ高校に通ってみたかったです」
ポツリとサヤちゃんが零した。
実際俺はもう大学生なのでこっちに住んでいたとしてもそれは叶わなかっただろうけどそういう話ではないのだろう。
「そうだね、俺もサヤちゃんと一緒に高校生活を送りたかったな」
学年は違っても休み時間に会いにいって昼休みには一緒にお昼ご飯を食べたり。
クラスメイトや他の連中にからかわれたり嫉妬されたり、サヤちゃんが他の男子と話しているのを見てモヤモヤしたり。
それはそれで楽しい高校生活だっただろうな~。
「啓一さんの高校時代はどうだったんですか? その、彼女とか……」
「いや、いないいないいない。というかこれまで彼女なんていたことないし」
「そっ、そうですか」
あからさまにホッとした表情を浮かべるサヤちゃんを見てるとこれまでの灰色の日々にも意味があったのだと思ってしまう。
この後俺たちはショッピングモールをぶらつき、ゲームセンターで遊んだ後、ボーリングを1ゲームだけしたところでお昼になった。
お昼ご飯はファミレスに入ってその後はまたショッピングモールをぶらついて、ちょっと疲れたところでカラオケボックスに入った。
ちょうどおやつ時だったのでおやつを食べながらまったりと過ごした。結局ほとんど歌わずに単にイチャイチャしただけだった。時折様子を見にくる店員さんにはちょっと申し訳なかった。
「あー、楽しかったです」
街から戻ってきて駅から出るとサヤちゃんは大きく伸びをしてそう言った。
秋分の日を迎えるだけあって太陽が沈む時間がこの前に比べて格段に早くなっている。
既に太陽は西に傾き空は茜色に染まっていた。
「最後に神社に寄らない?」
「ええ、いいですね。行きましょう」
俺たちは手をつないで一緒に長い石段を上る。
久しぶりに上る石段はやはりきついがそれでも一人で上ったときとは違った。
「あ~、やっぱり疲れるな~」
二人で上っても疲れるものは疲れる。
長い石段を上り切って二人で眼下の景色を眺めた。
見下ろす景色は夕日に照らされ赤く染まっている。
先月はまだ青々としていた水田は今や黄金色に実り、収穫の途中ということもあってかまだら模様になっている。
さーっと秋の風が吹いてサヤちゃんの長い黒髪をたなびかせた。
それをサヤちゃんが手で押さえようとする。
「そういえばサヤちゃんと再会したのはこの神社だったよね」
「そうですね。でも啓一さんは私だと気付きませんでしたよね」
あの日何も考えずに来た俺は思いがけず先に参拝していたサヤちゃんと出会った。
そのとき俺はサヤちゃんだとは気付かなかったがサヤちゃんは俺だと直ぐに気付いたらしい。でも間違っているかもしれない、ということでその時はそのまま別れて次の日にばあちゃんちにお裾分け名目で確かめに来たという話のようだ。
「そりゃあ、これだけ変わってたら気付かないよ」
俺は苦笑いしながらそう答えた。
おっとそうだ。
ここに来た目的を忘れるところだった。
これを渡しておかないと。
俺はポケットから指輪の入ったケースを取り出した。
「サヤちゃん。俺個人からもサヤちゃんにコレを贈るよ」
「啓一さん、これは?」
「前贈ったのはばあちゃんが水無月家として贈ったものだし、普段はなかなか使えないでしょ? 普段使いできる俺が自分で買った婚約の証を贈りたかったんだ」
「あっ……」
俺がケースから取り出したのはプラチナとピンクゴールドとでできたシンプルな指輪だ。
ピンクゴールドの部分が表になっていて指に嵌めていても色合い的に指輪自体はあまり目立たないと思う。
サヤちゃんはあまり目立つのが好きじゃないみたいだし、将来俺たちがつけることになる結婚指輪は純プラチナのものになるだろうから先走り過ぎだと言われるかもしれないけど差別化を図った結果でもある。
「サヤちゃん、手、貸して」
「はい……」
サヤちゃんは迷わずに左手を差し出した。
俺はそっとサヤちゃんの手をとってその薬指に指輪をゆっくりと嵌めた。
「うん、ピッタリだ」
「素敵な指輪……ありがとうございます」
サヤちゃんが左手の薬指に嵌められたばかりの指輪を目の前にかざした。
「ふふっ、ご利益ですね」
「えっ?」
「ここの神社で願掛け……してましたから」
「願掛け?」
「ええ、啓一さんとまた会えますように。できればその……恋人になれますようにって」
「サヤちゃんっ!」
俺は思わずサヤちゃんへの想いが溢れて抱き着いてしまった。
サヤちゃんの身体は華奢でありながらも女性らしい丸みもあり、あたたかでそして柔らかかった。
「啓一さん……そのっ、ちょっと苦しいです」
「あっ、ごめん」
想いが強すぎたのか思わず力が入ってしまった。
「願い……叶いすぎちゃいました」
そう言ってほほ笑んだサヤちゃんの顔はこれまでに見たどんな笑顔よりも輝いて見えた。
――パンパン
二礼二拍手一礼
俺たちは揃ってお参りした。
俺はサヤちゃんと再会して婚約できたことへの御礼を。
そして、これからも俺たち二人のことを温かく見守って欲しいとお願いした。