指輪物語2
「啓一さん、お待たせしました」
居間にやってきたサヤちゃんはいつもの黒髪ロングの髪型に戻り服装は薄地の長袖ブラウスにハイウエストタイプのロングスカートというお嬢様コーデ。色合いは秋らしく落ち着いた茶系統で統一されていて、ブラウスは薄い色使いとなっている。
「サヤちゃん、似合ってるよ」
「ありがとうございます」
そう言ってほほ笑んだサヤちゃんと一緒に家を出る。
「あっ、まずは婚約指輪ありがとうございました。あんなに立派な指輪をいただいて本当にいいのかと。その、大事にします」
「うん、まあ、あれはばあちゃんからというかうちの家からだから」
どこで付けたらいいのかわからないので大事にしまっているという話だった。
というかばあちゃん、いったいどんな指輪を贈ったんだろうか。
ばあちゃんに『婚約指輪ってネットで調べたら30~40万円くらいってあったけど』って聞いたらただ一言『うちは水無月だからね』って言われた。あー、絶対とんでもない金額のを贈っているのは間違いない。
それはさておき今日はどうするかだ。
「驚かせようと思って急に来たけど、どうしようか?」
当然ながら俺にはここの土地勘がないのでサヤちゃんに相談することにした。
「そうですね~。うちの周りだと今日は皆さん農作業をされるので、そんな中で私たちだけ遊んでいるのもどうかと思いますし……」
まあ、実際この辺りでブラブラしてたらみんなニヤニヤしながらこっちを見て話のネタにするんだろう。他人の色恋沙汰は都会も田舎も関係なくみんな好きだからな。田舎は話題や刺激が少ない分より一層そういう傾向があるから覚悟して行ってこいとはここ出身の親父の言だ。
「だったら列車で街に行かない? サヤちゃんが通っている高校を見てみたいな」
「うちの高校ですか? 普通の公立の高校ですけど……中にも入れないと思いますし」
在校生でも制服を着用しないといけないだろうし、部外者の俺なんかは論外だろう。
「それでもいいよ。外から見るだけだから」
好きな人のものはなんでも知っておきたいという野次馬心とでもいうのだろうか。
まあ、それと正直、時間を潰せるのであればどこでもよかったりする。
実は今、結構朝早い時間だったりする。
農作業は朝早くから始まるからそのタイミングをみて来たので必然そうなってしまった。
田舎とはいえ街にはそれなりにショッピングモールや遊ぶところがあるものの朝オープンするまでの時間潰しが必要なのだ。
誰といるかの方が重要なわけで、好きな人と一緒だったらどこに行くかは二の次というのが本当のところだ。
最寄の山足谷駅に着くと俺は自動券売機で切符を買った。
サヤちゃんは通学用の定期券があるので切符を買う必要はない。
ちょうどタイミングよく列車が来たので二人揃って乗り込んだ。
今日は休日ということもあってか朝の時間でも人が少なかった。
約20分でサヤちゃんの通う高校の最寄駅に着いた。
この辺りでは一番大きな街だが駅前は閑散としていた。
「休日の朝とはいえ、人が少なくない?」
「街とはいっても地方都市、田舎の駅ですから」
サヤちゃんが通う高校は駅から徒歩で15分のところにあるらしい。
二人で並んでまだ十分に色づいていない銀杏並木を歩く。
人通りが少ないこともあってかお互いに特に何も言葉も交わさずに自然と手をつないだ。
「サヤちゃんは部活とかしてるの?」
「家庭科部っていうのに入ってます」
サヤちゃんの通う公立高校は前身が女学校だったらしく女性教育の伝統があるらしい。そんなわけで女性の嗜み的な部活が他の学校に比べて充実しているとか。
「どんなことをするの? 厳しかったりする?」
「いいえ、そんなことはないですよ」
全体で何か一つをやるというよりも各人でそれぞれ好きなことをやるというゆるい部活らしい。出ても出なくてもいい部活で一日ダベって終わるということもあるとか。
「サヤちゃんは何をやってるの?」
「1年のときは手芸をやっていました。今は裁縫ですね。全体で料理やお菓子作りをするときにはそっちにも参加してますので結構色々ですね」
お菓子の研究だとかいって持ち寄ったお菓子を食べながらおしゃべりをする人たちもいるらしい。もっとも、それだと乙女の秘密がとんでもないことになるらしく、定期的にダイエット部になるのは恒例行事だとか。
サヤちゃんの話を聞きながら歩き続けると道路沿いにコンクリートの高い塀がずっと続く道に出た。
「もう、ここがうちの学校の敷地です。田舎なので敷地だけは広くて」
塀の上を見上げれば高い鉄柱と緑色の防球ネットが張られているのが見える。
どうやらここはグラウンドの端らしい。
向かっている道のだいぶ先に門が見えるからあそこが正門なのだろう。
「あれ? 沙耶香?」
後ろから声がしたので振り返るとその声の主は自転車に乗ったジャージ姿の女の子だった。
ちょっと茶色がかったショートカットの髪をした活発そうな子だ。
「あっ、ノンちゃん」
サヤちゃんがその子の顔を見てそう言った。
「友達?」
「はい、私と同じクラスの友達の山本望ちゃんです」
彼女は高校からの友達で1年のときから同じクラスだったらしい。
「それにしてもよく後ろからで私って分かったね。私服なのに」
「そりゃーわかるよ。沙耶香みたいに綺麗な髪の子って滅多にいないし」
それには俺も同意だ。
長く艶々な黒髪。
天使の輪っていうのだろうか。
それがもうはっきりと出ていてホントにサヤちゃんマジ天使。
都会を歩いていてもサヤちゃんクラスの子なんてなかなかお目に掛かれない。
「それにしても沙耶香が男を連れて歩いてるなんてねー。ひょっとして彼が噂の婚約者?」
「噂?」
サヤちゃんを見ると顔を赤くしてちょっと顔を背けた。
「そうそう、9月に入って沙耶香が婚約したって噂が出ているのですよ。沙耶香は肯定も否定もしないけど」
サヤちゃんの近所にもサヤちゃんと同じ高校に通う子たちもいるだろうし婚約のことが知られていても不思議ではない。
「初めまして。沙耶香さんの婚約者の水無月啓一です」
「あっ、どうも。沙耶香、さんの友人の山本望です。ふ~ん、なるほど~。へ~、そっか~」
山本さんが俺のことをまじまじと眺める。
ちょっと居心地が悪い。
「あの? 何か?」
「うん、沙耶香の婚約者が変な人だったり、無理やり婚約させられてるんならわたしがガツンとやってやらないと~、とか思ったけど、婚約者さんは普通にいい人そうだし、それにね~」
山本さんはそう言って俺たちの顔を交互に見た。
「わたしの前でもつないだ手を離さないなんてもうラブラブ過ぎでしょ? もうお彼岸なのにここだけまだ暑いとか勘弁して欲しいわ~」
山本さんは手で自分を扇ぐようなそぶりをする。
あっ、確かに手はつないだままだった。
あまりにも手をつないでいるのが自然に思えて離すということが頭からすっぽり抜け落ちていた。
「もうっ、ノンちゃんっ!」
サヤちゃんがガオーって感じで吠える。
友達にしか見せない顔も新鮮だ。
「にゃははっ、ごめんね沙耶香。あっ、そうそう、ヤるときはちゃんと避妊するんだよ」
「ノンちゃんっ!!!」
「ふはははっ、邪魔者は退散なのだ~」
山本さんは自転車をこぎ出すとあっという間に行ってしまった。