指輪物語
『サヤちゃんに婚約指輪を贈っておいたから』
『……はっ?』
9月に入って直ぐ。
自動車学校から家に帰った俺はスマホに残っていたばあちゃんからの着信履歴に折り返しの電話を掛けると開口一番そう言われて唖然としてしまった。
『なんだい? 自分で買って渡したかったのかい?』
『いや、まあ、それもあるけど……』
『それとも指輪のことに思い至ってなかったのかい?』
うっ、図星だ。
そう、今の今までばあちゃんに言われるまで頭の中からそのことはすぽっと抜け落ちていた。
指輪を渡してプロポーズってシーンは確かにドラマで見ることはある。
しかし、だいたいがスーツをビシっと着込んだイケメン社会人が「結婚して下さいっ!」ってプロポーズするときに贈るというイメージだったのでどこか遠い話でしかなく大学生である俺が自分のことという認識がなかった。
『今回の婚約は水無月と九曜の間でのものだからね。だからわたしが用意しても筋は違わないよ。でも啓ちゃんにもやっぱり気持ちがあるんだろ? だったら……』
ばあちゃんに言われたのは水無月家として贈った婚約指輪とは別の指輪を贈ったらどうかというものだった。
俺も詳しくは知らなかったが婚約指輪は一般的にダイヤモンドががっつり乗っているザ・宝石というものらしくサヤちゃんが普段使いで付けるには向かないもののようなのだ。学校に付けていくのはもっての他だろう。
『ということで、啓ちゃんが別に自分でシンプルなデザインの指輪を贈ったらどうだい? それを婚約指輪として見るかどうかは本人たちの気持ちの問題だろうからね』
善は急げと俺はサヤちゃんに贈る指輪を探すことにした。
イメージとすれば結婚指輪のようなシンプルなデザインのリングだ。
値段は数万円のものからあって大学生になったばかりの俺の貯金でも何とかなりそうだった。
今年のお彼岸は3連休という曜日並び。
サヤちゃんとは毎日電話で話をしていてサヤちゃんはその3連休ずっと家にいるという話だった。この時期農家は稲刈りで忙しいらしく、サヤちゃんの家もお米を作っているのでその手伝いをするとのことだった。
となれば間違いなくサヤちゃんは家にいるだろう。
ばあちゃんからは『お彼岸にお墓参りに帰っておいで。交通費は出すから』と言われた。
まあ、それは方便で交通費を出すから帰ってきてサヤちゃんに直接指輪を渡せってことなのだろう。
孫思いのばあちゃんをもって俺は本当に幸せだ。
「えっ、啓一……さん?」
お彼岸3連休の2日目の朝。
俺はサヤちゃんの自宅を訪ねた。
初日は移動とお墓参りで潰れて3日目は帰るだけなので正味この日だけが自由になる日だ。
サヤちゃんには事前に俺が帰省することは伝えていない。
鳩が豆鉄砲を食らったみたいにきょとんとした顔をしている。
あ~、やっぱりサヤちゃんはかわいいな~。
それにしてもサヤちゃんは朝から農作業をしようとしていたのだろう。
長い黒髪をポニーテールにしていて長袖長ズボンの農作業スタイルで、さあ今からやりまっしょいというスタイルだった。
そんな素のサヤちゃんを見ることができて何か得をした気分だ。
「沙耶香、今日は手伝いはいいから啓一くんと遊びに行っておいで」
サヤちゃんのおじいさんが廊下の奥から出てきてニタニタしながらそう言った。
間違いなくばあちゃんから連絡がいっていてグルなのだろう。
田舎あるあるその2。
強固なネットワークは都会のソレを凌駕する、だな。
横のつながりは良くも悪くも都会とは違って遥かに強固。
いい情報も悪い情報も瞬く間に拡散する。
有名SNSの拡散の早さとどちらが早いかというレベルである。
味方にできればこれ以上心強いものはない。
絶対に敵にしてはいけない、これがきっとここで生きていくコツだろう。
ということで急遽サヤちゃんはお色直しに入りました。
俺が「そのままでいいんじゃない?」と言ったら真っ赤な顔で「ダメですっ!」って言われてそそくさと自分の部屋へと引っ込んでしまった。
う~ん、女心というものは難しい。
だって、俺、彼女いたことないし。
というかサヤちゃんも彼女じゃなくて婚約者だし。
俺はサヤちゃんの家に上がらせてもらって居間で待つことになった。
先日は拙作『幼馴染スキーが書く幼馴染がざまぁされない幼馴染ざまぁ』にご支援をいただきました皆様ありがとうございました。