11 シロップより甘いもの
お祭り会場の河川敷には多くの露店が立ち並んでいた。
時刻は宵。
日が沈み山の端がぼんやりとオレンジ色を残しているだけであとは薄暗い夕闇の入口。
会場周辺はいくつか投光器が用意されているので動くのに支障はない。
田舎とはいえお祭りは多くの人を呼び込んでくる。
時間が経つに連れて人混みはひどくなり進むのもなかなか大変になってきた。
人にぶつかりながら進まないといけないような場所もある。
俺はチラッとサヤちゃんの顔を見た。
どうしても昔のイメージから身体は大丈夫だろうかと心配になる。
今のこの状況は健康であっても身動きがかなり大変だ。
「サヤちゃん、こっちに」
人口密度が高くなり、サヤちゃんをぐっと引き寄せる。
俺がサヤちゃんの防波堤になろうという意図だったのだがそれを悟ってくれたのかサヤちゃんは俺に身体を密着させ、しがみついた。
みんな知っているか?
女の子の身体って柔らかいんだぜ。
この事実を発表すればノーベル賞も夢ではないとかアホなことを考えながら人混みを抜けた。
「ふ~、このあたりは人も少な目だね」
「本当に、さっきはびっくりしました」
人の流れの緩やかな場所に出て人心地つくことができた。
歩いたし人が多くて暑いしで喉も乾いたため露店で飲み物を買うことにした。
「サヤちゃん、何がいい?」
「え~と、お茶をお願いします」
俺はお祭りの定番のラムネを、サヤちゃんには緑茶を買った。
キンキンに冷えたそれを露店のおっちゃんから受け取る。
「あの、お金……」
「いや、いいよ。ばあちゃんからもお小遣いをもらったしね」
出掛けにばあちゃんから彼女どころか婚約者にデートで絶対に財布を開かせるなと厳命されている。水無月家の沽券に関わるのだそうだ。
まあ、俺自身も古風と言われるかもしれないがデート代は男持ちという考えなので否はなかった。
サヤちゃんが「ありがとうございます」と言ってお茶を受け取り、お互い買った飲み物に口を付けた。
サヤちゃんの艶々の唇が艶めかしい。
リップかグロスか細かいことは男の俺にはわからないがいつもとは違う装いということもあってか思わず視線が吸い寄せられる。
「そのっ、あまり見つめられると……」
「ごっ、ごめんっ」
チラ見のつもりがガン見してしまって俺はぱっと視線を逸らした。
お互いに無言で飲み終えた飲み物の容器を設置されていたゴミ箱に捨てるとサヤちゃんは再び俺の腕をとった。
「でも……」
サヤちゃんの俺を掴む手に力が入る。
「見られて嫌なわけじゃないんです。むしろ、そのっ……」
俺は黙ってサヤちゃんの言葉を待つ。
「その、もっと見て欲しいといいますか、私以外は見ないで欲しいといいますか、って、あっ、私いったい何を言ってるんだろう!?」
ワタワタとするサヤちゃんが微笑ましい。
見られたいけどじっと見られると恥ずかしという複雑な乙女心というやつなんだろうか。
それから俺たちはお祭りの定番、射的にヨーヨー釣りを楽しんだ。
火照った身体を沈めようとかき氷を2人分買う。
俺はメロン味、サヤちゃんはイチゴ味にした。
「うわっ、キーンとくるなぁ~」
「ん~~、冷たいです」
じめっとした夏の夜の空気を感じながら涼味を楽しむ。
「イチゴ味も美味しそうだな」
サヤちゃんがサクサクと氷を崩しながら小さな口へと氷を運ぶのを眺める。
「……食べてみますか」
そう言ったサヤちゃんが自分のスプーンにシロップの乗った氷を乗せて俺の前に差し出した。
「…………」
「あのっ、早くしないと溶けますので」
「ごっ、ごめん!」
慌ててぱくっとサヤちゃんの差し出したスプーンを咥える。
「どうですか?」
「甘いです……」
甘かった。
いろいろな意味で。
かき氷のシロップは香料や色が違うだけで味は同じだという話を聞いたことがある。
しかし、今食べたかき氷の味が他とは違うことは間違いないと断言できる。
お返しに俺のかき氷もサヤちゃんに食べさせてあげてからまた二人で歩き始めた。