第一拠点
入ってすぐに目についたのは、まあまあ広いフロアに置かれたいくつかのテーブルと椅子。
男女二人組と一人の男性が椅子に座っている。
目の前には大きめな布袋と革靴が置かれた靴箱があった。
左右にある、男・女とそれぞれ書かれた札が貼り付けられている部屋も気になるのだが…
「いらっしゃいませ、この宿に来るのは初めてのお客様ですね?」
フロアの奥にあるカウンターの所から女性が大きな声で話しかけてきた。
「当宿屋ではお客様に靴を脱いだ後、そちらの方にある布袋にしまってもらい、袋と同じところにある革靴に履き替えて貰うというような形式を取っております。お手数をお掛けしますがよろしくお願いします」
私達は履いていた靴を布袋に入れ、革靴を選んだ。
サイズ表記までは無いが左の方から大きさ順に並んでいるから自分のサイズが分かりやすいな。
多分、日本で言うスリッパの役割をしているのだろう。
私達は革靴に履き替え、受付の方まで向かった。
「改めましていらっしゃいませ。ピスコラ亭では一人部屋・二人部屋・四人部屋がございますが、どちらのお部屋へお泊りですか?」
「二人部屋で」
新田がそう言うと受付の女性は下から取り出した木のボードを机に置いて話を続けた。
「では次の6部屋の内からお泊りになる部屋をお選びください」
ボードには見取り図が留められており左上には『1階』と大きく書かれている。
見取り図の右側には価格と共に廊下に垂直な8部屋と突き当たりの1部屋が書かれている。
多分右手の廊下がそこだろう。
そのうちの手前の3部屋に女性は部屋枠に合う木の板を置いた。
予約済みと言うことなのだろう。
「それで、どの部屋にします先輩?」
「手前側の左から4番目がいいと思うが…何故、手前側の価格のほうが200…枚安いのですか?」
「それは部屋にある窓から朝日が差し込むかどうかの違いですね。朝日が差し込む方が少々高くなっています」
「成程、ではこの価格に食事代などははいっているのですか?」
「地域連携の為、食事や入浴は他店でお願いしております。朝だけは一人につき一つパンをサービスさせてもらっています」
「分かりました」
確かに食事、シャワー付きで1500…枚は安すぎる。
まあ宿泊だけでも十分お得なのだが。
「先輩が好きな方でいいですよ」
「手前側の左から4部屋目でお願いします」
「了解しました。前払いですので1500枚×日数分のお支払いお願いします」
「取り敢えず4日分の6000枚でお願いします」
新田がポーチを出してお金を支払うと、女性はそれを確認し屈み込んで何かにしまった。
「それではお客様、お部屋にご案内致します」
女性はカウンターの横からこちらに出てきて、止まる部屋に案内して貰った。
女性は先に部屋に入り、奥のカーテンを開けた。
私達も部屋の真ん中へ移動する。
窓の先には先程私達が歩いてきた道が見える。
左側に中くらいの机に椅子2つと3段のタンス、右側には2つのベッドというシンプルな構成の部屋である。
「こちらの物入れは宿泊中ご自由に使用していただいて大丈夫です。私は基本的にカウンターにいますので、御用の場合はお尋ねください。また、外出する際はこちらの鍵でドアを施錠してからお出かけください」
女性はそう言いながら机の上に木札のついた鍵を置き、ドアのところで頭を下げて部屋を出ていった。
その瞬間、新田は突然足で床を踏み鳴らした。
「突然どうした…?」
「ちょっと待って下さい…」
そう言って新田は2つのベッドの間の壁を叩き始めた。
成程…新田はこの部屋の防音性を調べていたのか…
「うん、大丈夫そうですね」
「防音性がか?」
新田はこちらに振り返った。
「そうです。先輩、私と二人でいるとき大体新田呼びするじゃないですか。もし音漏れして面倒な事になったら困るから防音性をチェックしているんですよ」
「ありがたい気遣いだが、この後は何をする予定なんだ?」
新田が窓側の椅子に座ったので私も向かい側の席に座る。
新田はカレンダーで自作しているメモ帳を内ポケットから出し、何かを確認した。
「さて、私たちは今から生徒を確保しに行きます」
「仕事は早めにする方がいいのは確かだが、唐突だな…」
「この宿に泊まった理由として、私たちの左斜め前の部屋に学生がいると情報が入っているんですよ」
「誰から受け取った情報なんだそれは…」
「もう一人の協力者ですよ」
教会で言っていた『彼』か…
まだ会っていないから私自身不審に思うのは当たり前だな…
「その情報は確かなのか?」
「先輩と別れている間に入った連絡なので、今その部屋にいるかは分かりませんね」
「しかしどうやって学生に接触するんだ?」
「この部屋と同じ作りなら窓から出るのは難しいので簡単に捕まえられると思いますが、朝日を売りにしている向こうの部屋だとこの部屋よりも窓のサイズが大きい可能性がありますからね…」
新田は軽く窓の方を見た。
「と言うか逃げ出さない様に説得する為に私達が呼ばれたのに、逃げた時の事を考えてどうするんだ…」
「まぁ確かにそうですね…取り敢えずそこの部屋に突撃してみますか」
「しかし、宿泊に来た客がいきなり他の部屋に行くって不審じゃ無いか?」
「借金取りかと思われるでしょうね。まぁそこは私に任せてくださいな」
そう言って新田は席から鍵とメモ帳を持って立ち上がり、私はその後ろについていく。
部屋を出て新田はドアに施錠をして、学生が居ると言う部屋の方へ向かう。
受付の女性は受付で何かをじっと見ている。
新田は静かに鍵とメモを内ポケットにしまうと、代わりに小さい銀貨を取り出し、その場で軽く拾うような仕草をした。
その後、新田はドアに向き直り、目の前のドアを3回ノックした。
返事はない…
受付の女性は私達に気が付き小走りでこちらに向かってきた。
「どうかされましたか?」
「いやぁ、扉の前にこの銀貨が落ちていたものですからこの部屋の方のものかなと」
「この部屋のお客様は本日の朝から出かけられておりますよ。あと、先程お客様を御案内した時には落ちていなかったので、多分お客様自身のお金ではありませんか?」
新田は驚いた顔をしてコートのポケットを探る。
「あぁ…すいません。私のお金でした…」
「それなら良かったです」
私はふと思ったことを言った。
「しかし、朝から戻られていないのは少々不思議に思いますね」
「お客様もそう思われますか…この部屋のお客様は『吸血鬼退治に行く』などと古い吸血鬼殺しみたいな事を言っていたので少し心配なのですよ。あの方は争いを好まないので無事だとは思うのですが…」
新田はこちらを見て軽く頷き、女性の方を再び見た。
「成程、そうだったのですね。今から私たちも出かけるのですが、遅くなるかもしれないので鍵を預かってもらってもいいですか?」
「了解しました」
新田は鍵を取り出し、女性に手渡した。
私達はフロアの縁を通り、外に出る。
先程の位置から女性は頭を下げて、私達を見送っていた。
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