2章続きその3
「シエナ=リンク・ウェスト」
年齢15歳、女性。
身長162cm.体重60kg.
各適正。
魔導適性:S.
竜騎士適性:A+.
空戦適正:S.
砲撃適正:B+.
契約竜。
守護竜ランクS
緑竜「カゲミツ=カイ」
その他。
・生真面目な後輩。とウォルターが評価したままで、不正と怠惰を許さず、良くも悪くも真っ直ぐ過ぎる。
・ウォルターに憧れて竜騎士になったが説明無しで彼が六二一を抜けてからは、何故信頼してくれないのか。と歳相応に怒っておりそれ以来先輩と呼ばなくなった。
・ウォルターに怒ってはいるが実力は信頼しており、戦い方から戦局の見方まで教わっていたが、小隊を辞めてからは教わらなくなっていった。
1997年7月1日。15:10時。
自由参加の最後の授業、5時限目のチャイムが鳴る時、生徒会室にて4人が集まり話していた。その日は人生において一生忘れられぬウォルターにとって最悪の月初め。
実際は“話す”ではなくただひとりだけが怒鳴るだけである。
「何故自分自身を捨てるように言うんですか!あなたの夢は一体なんだったんですか!?」
若干ヒステリックを起こしているアリアはウォルターを先程から、説教とは程遠く、激昂している。
同席するイオとてこんなことになるとは思ってすらなく、ふと少し前の原因を思い出していた。
・・・
俺が部屋に入った最初からアリアの機嫌は相当悪かったようで、微笑みながら挨拶はない。
後輩達はいずれも緊張した顔を引っ込めてみようとしてみても、不自然な微笑だ。気持ち悪い。無論そんなこと言っても和む訳もないし、まずふたりが顔をしかめるこになるのだが。
「来ましたか、ではそこに座ってください」
答えたのはアリアではない、シエナだ。いつもなら彼女の俺に対する高圧的な態度と覇気は、昨日、今日と見ていない。
特に今日は昨日よりも元気も無いと推測する。昨日の話をいつから盗み聞きしていたか知らないし、シエナは俺達のやっていることを黙認しているからこそ、心を痛めてるのだろうか?
「ウォルターさん、昨日の事実確認から始めます。まず会敵するまでの流れですが、指揮官としてレクシィー八〇六小隊長と話した後、帰り道の途中で異様な臭いに気づいて路地裏へ。これ間違いありませんか?」
短期間だが手塩にかけた後輩でも、最も期待していても、ウォルターからすればもう仲間でもないし友人でもないただの他人。
後輩から事情聴取の形式で聞かれても所詮他人。だがウォルターは優し過ぎるのだろうか気にしていた。
そう思いながらウォルターは、そうだな。と表面上は興味無さそうに言う。その様は親に怒られても悪びれもしない子どもだった。
徐々にアリアの顔に苛立ちの表情の癖が見える、もちろん、ウォルターでなければ分かりもしないものだ。
しかしウォルターの態度は変わらず、早く終われと言いたそうでもある。実際それも本心、もしアリアに理性があるならまたシエナを退席させるだろう。そもそもこう言った話は副会長のシエナは言い方は悪いがいる必要無い話。
「シエナ。俺も退会したとは言え風紀委員だ、この話はシエナに聞く権利の無いものの筈。ならもう良いだろ」
「何故ですか?多少でも話を聞いてしまった以上は私も同席が認められ」
言葉が最後まで言い終わることはなかった。遮るようにアリアが無感動に突き放す。
「出しゃばるな。そうウォルターは言っているのです、それにこの件はシエナは知るべきではないのですよ?本来は」
アリアの声は冷たいもので、言葉の端々からは怒りの感情も見えたような気がする。
十分心に突き刺さるがそれで打ち拉がれる軟弱なメンタルでは無い。シエナは抗議しようとする、振り返りアリアの眼を見据えるが、今まで敵に向けられていた目に似た眼差しは向けられる敵意こそない。
アリアの眼はまるでシエナを邪魔と認識してるような、いや。そう今は認識しているのだ、それが言われていないのが貴族として培われたカンが言う、出ていて。と。
「悪いなシエナ、こいつは今までずっと俺がヤバい目に遭うとこれくらい過保護になるんだ。だから悪い、俺の顔も立ててくれないか」
そう言うが先の展開が決して、穏やかなるものではないのはアリアの機嫌で分かりきったことであるのは言うまでもない。
シエナ考えとして、ウォルターは、シエナに嫌われていると思われている。だがシエナとしてはウォルターに、怒ることはすれど憎みはしていない。
当のウォルターがそれを勘付いているかと言えば、それほど気にしてはいない。それが答えだった。
「………失礼しますっ……」
何も感じる必要は無い。そもそもあそこで食って掛かることはなかった、向こうの言い分は正当でもう他人であるはず。アリアの態度が辛かった訳ではない、いつも心優しいとて怒る時は相当怒る、六二一で1番怖いかもしれない。
そう言い聞かせてもただ悔しかった。抑えたが声もやや震え気味で心はもっと締め付けられたように痛い。本来感じる必要の無いものばかり、何故なのか。
それがウォルターへの恋心であると気づくのはまだ先である。
シエナが出て行き少し経つと、
「良いんですか?確かに規則は規則ですがシエナの言い分も正しいものかと」
「そうバツが悪いように言わなくも正しいさ、ただそれはアイツが無理に聞かなかったなら。だけどな」
全くなんと、初々しく可愛げのあったことでしょう、ウォルターも同じ考えだとすると少しだけ妬けますね。シエナに比べ、私にはそんな可愛らしいことは似合わないですし、純真無垢でもない。
「ええ、よくお分かりで。それならば彼女に対してもう少し優しくしてあげたらどうでしょう?」
「ふ、皮肉なんて珍しいな、それとも俺が嫌いか?」
哀れむような、それでいて微笑んでいるように見える顔で首を横に振り否定した。ウォルターはそれを見届けるまでもなくわかっていた。だから続けた。
「そもそも優しいだけで竜騎士になれるかよ。厳しさもいるんだよ」
悲観している声で彼は、吐き捨てるように、はたまた自らに聞かせるように。言った。
「それでいくら自由出席の補習とは言え、俺には死活問題でな、早く話に入ってくれよ」
「あなたはどれほど難しい立場なのか分かっているのですか?私達が学園に報告すればどうなるか」
「そうだな、するのか?」
瞬間アリアの頭はすぐに理性を失いかけ、彼が言われなくても分かっていることを語気を荒げて言う。
「あなたのしたことの重大さはどれほどなのかわからない訳ではないでしょう!?」
声を荒げるがすぐ冷静さを取り戻し、アリアは押し黙るのみである。それは無言で肯定、報告すればしばらくは夜間警備を強化される、あの少年を捕まえられると思っている。
合理的で結果として多くの命を救うこと、それにウォルターは反対しない。する気が無い、それで多くの人が救われるならば。
彼の意見は彼女達とは違った。
ウォルターは直接戦闘は1回だけとは言え実際に戦ってみて、警備隊の2人1組では対応出来ないと。
「あのガキは2人1組じゃ対応出来ない、せめて3人1組にしておけ。でないと難しいぞ」
ウォルターの言うことはもっともだと思う。けれど、それは私には受け入れられない。
彼は自分に下される処分がどんなものか知ってて受け入れようとしているからだ、"退学"になると知りながら。
「何故自分自身を捨てるように言うんですか!あなたの夢は一体なんだったんですか!?」
それが許せなかった。気づいたら怒鳴っていた。もともと呼び出した理由からかけ離れたことで怒っていることも知っている。彼の目が、彼の強い意思が、揺らぎ、嬉しいような寂しい眼差しで私を黙って見つめていた。
子どもの駄々を親が聞くように、ウォルターは答える。
「アリア、俺にもう竜騎士の力が無いのは知ってるだろ?その夢はもう叶えられない」
アリアが声を二度も荒げたのは、人生で数少ない大切にしているものを簡単に捨てようとしていること。
そして共に見ようとした夢を、自分ごと捨てられた、裏切られたような気がしたからだ。
「夢のことは俺の分まで。そう思ってるだから…」
ウォルターはその先、一昨日言えなかったの大事な言葉をまたしても言えなかった。
「その先は言わないでください!もういいですっ!イオ、ウォルターと一緒に出て行ってください。報告の件は私がどうにかしますっ!」
「はい。わかりました、では行きましょう」
入って右の壁際、本棚がありその前に立っていたイオはアリアの正面に座るウォルターと共に部屋を出て行く。
アリアは、どうにかする。そう言ったあたりウォルターを退学させないようにするらしい。
彼からすればむしろ、自分自身の存在のせいでアリアは不安定になっているのなら、自分がアリアの前から消えて復讐を速く終えてしまえばいい。そう考えていたことが水泡に帰したのだが。
部屋を出て授業の始まった教室に向かう中、イオから早速苦言を呈される。
「ウォルター先輩はアリア先輩のことになると不器用で、それでいて不器用なりに大切にしているのは分かります。けど、今回は急ぎ足過ぎではないですか?それに怒っている人にさらに怒らせてどうするんですか、きっと泣いてますよ。後で謝りに行ってください」
「諫言はありがたいが、急がないとダメなんだよ。俺にはもう学園に居られる時間も少ないしアリアのことを第一に考えるなら…」
「急いては事を仕損じる、ですけど、ゆっくり急げ、そうも言いますしね」
イオはあくまでも俺を諌めるだけのようだ。歩く速度も無意識に早くなっていて、その焦りはあのガキを相手にした時よりも焦っていた。
「アリア先輩のこと、大切なんですね」
「まぁな、家族よりも大切かもな」
そうですか、ならちゃんと謝ってくださいよ。そうぼやくイオ、ふたりは校内を歩いて行く。
・・・
その頃のアリアは。
泣いていた。目から溢れ出る涙は止まらない、ウォルターとは6歳の頃から一緒である。
彼が腐敗貴族達への復讐は7年前から始まった。私の父親の書斎にほか貴族からの手紙があり、それを持ち出し見せるとその日からウォルターは徐々に変わっていった。
それでも10年前に聞いた夢、「最強の竜騎士になる」その夢はウォルターとなら見れると思った。最初は医者を目指していた、彼の見る夢を近くで見て一緒に追いたかった。
だから竜騎士を目指した。けれど優しい世界は7年前に崩れた、彼が復讐を始めた時から私自身も、貴族であるならその貴族の間違いは貴族が正さねばならない。そう思うようになった。
その中でも見ていた夢はまだあった、ウォルターと一緒に居られると思っていた。
でもウォルターが学園を追い出されては叶えられない。力を失いつつあるウォルターはもうおそらく力を取り戻すことはないだろう。
泣いているのはもう二度と会えない気がしているからだけではない、ウォルターはきっと私のために離れて私を置いて行く。その言葉を言わせまいと追い出してもいずれは言うだろう、今ではなくとも、それはなによりも私を想うが故に。
なにが、今のところはそのよく男女が想い人に対して言う"例の言葉"は言えないけどな。そんなの言えないのなら言わないで欲しかった。自惚れて居たかった。
それは親しい人が亡くなったような感覚、それが胸中でいっぱいだった。
・・・