カ・ドゥムラ・クゥワ
甲上は不思議に思っていることがあった。
一つは襲われた監査官が自分だけだということ。
もう一つは桜木が連れ去った相手のことを聞いてこないこだった。
次に寄った島で甲上は、連れ去った連中が何度も口にしていた「カ・ドゥムラ・クゥワ」という言葉を調べた。
甲上が予想しいた通りカイル語だった。
意味は『裏切り者の娘』。
しかし、そこで行き詰まってしまった。
それ以上、情報がないからだ。
船に帰る途中、特任明けにも関わらず護衛で着いてきてくれていた桜木に聞こうとも思ったが、言い出せなかった。
夕食が始まった瞬間から桜木はぼんやりとしていた。とはいっても、みんなにはやはり、考え事をしているようにしか見えなかった。
「渚、大丈夫?」
とりあえず、植村が声をかけてみる。
桜木はすぐに笑顔で「大丈夫」と答えた。
グラスに入った水を一気に飲み干すと、自分の酒を入れるため立ち上がった。2歩目で立ち止まったかと思った瞬間、崩れるように前に倒れた。
倒れたことすらまともに把握しきれてない甲上や兵士たちより、こういった時も士官たちの反応は早かった。
一番近い席にいた植村・高橋がかけより、呼びかけ、仰向けにする。伊竜は医務官に声をかけ、雨宮は植村の椅子を直したあとは、見守っていた。
桜木はすぐに目を覚ました。
すぐに身体を起こそうとする桜木に、植村は「まだ動かないで」と、医務官はぶつけたところがないか尋ねた。
その言葉がさほど桜木の耳に届いていないことを植村と高橋はわかっていたため、桜木の身体を押さえた。
医務官が脈を測っている間、目の焦点は合っていなかった。
甲上は不安に似た感覚を感じた。
こんな桜木を初めて見たから。
弱い姿を見たことがないわけじゃない。
だが、空気すら読まないこともある笑顔が時にはみんなを笑顔にし、ムカつくぐらい落ち着いているというか、違う目線に立っていることが多いその姿にいつの間にか安心感を感じていた。
だから、こんな桜木の姿を甲上は想像なんかしたこと無かったし、目の前で起こっている今も幻のように感じていた。
5分もしないで桜木は回復していたが、念のため高橋が付き添って部屋まで戻った。
「大丈夫ですか?船長」
そう伊竜が声をかけたのを聞いて、初めて甲上は植村の目に涙が浮かんでいることに気づいた。
「やんなるよ。
あの顔が疲れきってる顔だってことに気づかない自分にも、渚がこんなに無茶しなきゃいけない海軍にも…」
それがこの場に不適切な言葉だということを植村はどこまでわかっていただろうか。
だが、甲上は注意する気持ちにもなれなかった。
夜。
甲上が部屋に戻ると、桜木は寝息を立てて眠っていた。
誰かが寝ている姿を見ていることが辛いのは初めての経験だった。




