知らないこと
「教えて下さい。
あなたが知る海軍のことを。
あなたのことを」
この発言に桜木は驚かなかった。
しかし、真面目な表情になった。
「海軍のことを教えられるほど、私は偉くなんかない。
それに、私のことはもう調べてるんでしょ?」
確かに調べている。
だが、まだ謎なことは有った。
ふざけた言動を黙認してまで、なぜ信用され、特別視されているのか?
なぜ、まともに軍服を着ないのか?
なぜ、バングルを付けているのか?
4年前、史上最悪の船長と呼ばれるほど、船員と関わろうとしなかったのか?
なぜ、そばにいていいと言ってくれたのか?
いつも何をどこまで考えているのか?
家族もいない。大切な人たちも死んだ。そんななかで、どういう心境で一日一日を過ごしているのか?
そもそも、海を守りたいという理由と、必死な人たちの役にたち守りたいという理由だけで、好きでもないこの国のために海兵として命を懸け続けられるものか?
改めて考えたら、ほとんど知らないことに甲上はショックを受けた。
「甲上さん」
桜木は優しい、だがどこか悲しい顔をしていた。
「知らないことが有るって楽しいし、知らずにいることで幸せになれることもあるんですよ」
船内にまで届いた日差しで微かにグレーに輝いた黒髪が、彼女の不思議さを増幅させていた。
強鷲号はドーナツエンド島へと進路を変えた。
現在地からは最低で2日かかる。
「ただ、この後は激戦区。
焦らず、気を引き締めて行こう」
植村の言葉でみんなの目付きは変わった。
ドーナツエンド島へ向かう航路途中のリジューム島から東のケイセイ諸島にかけては昔から海賊が多い。
明日の昼過ぎにはその区域に入る。
今では一日一回すら戦闘が無いことも多い中、この区域だけは一日2・3回戦闘が起こるのも珍しくない。
新人だけではなく、この区域初めての兵士たちも緊張している様子だった。
「大丈夫だよ!」
空気を読まない笑顔と口調。
また、甲上の怒りに桜木が火をつけた。
「あのですね、空気ぶち壊さないで下さいよ!」
「…ずっと張り詰めてたら、心、病気になっちゃうわない?」
「あなたはもう少し、緊張感を持って、真面目にやってください」
「わかった!」
ニッコリ笑う桜木。
「真面目にやる」
と桜木はどこかに電話をし始める。
全員の頭の上にはてなマークがいくつも浮かんでいた。
「…もしもし?桜木だけど船長いる?
…
あっ、ミドリンおひさー」




