認めたわけじゃない
「そんな話だけで、お前を呼び出すか?」
桐生の低い声に、さすがに桜木もビクッとした。
諦めたように真面目な顔になった桜木が、机を挟んで桐生の前に立つ。
桐生は一枚の紙を桜木に渡した。
大将昇進の同意書。
桜木は動じていなかった。
今まで海軍の中で女が大将になったことはない。
中将だって初めてだったのだ。
すごいことだが、問題はそこではない。
「待ってください!
彼女なんかを大将に推薦するおつもりですか?」
慌てたのは甲上だった。
もちろん、他のメンバーも驚いた。
「意見が有るなら会議で監査本部として言って頂きたい」
その通りだったため、甲上は黙るしかなかった。
同意書がなければ推薦もできない。
お前にも覚悟は必要だろう?と心配する反面、来年度のことを決める会議までに同意書が必要なため、1ヶ月以内に提出して欲しいことを桜木に告げた。
一連のざわつきも桜木の耳には入っていないのか、無表情を決め込んでいた。
「…カミはなんて?」
「神矢は私と同じ意見だ。
ちなみに今吉は我々に任せるそうだ」
「今吉のことは聞いてない。
一華、ペン貸して」
桜木は植村からペンを借りると、躊躇うことなく同意書にサインした。
「いいのか?」
さすがの桐生も驚く。
「それが、きーきとカミの望みなら…。
それに、弓長さんに中将にさせられた時からその覚悟はできてる」
桜木はまだ、無表情だった。
「すまない。
結局、お前に負担をかけることになって…」
頭を下げる桐生を見つめる桜木の目が若干冷たくなる。
「謝ることなんてないよ。
私はきーきを元帥と認めたわけじゃない。
きーきは元帥にむいてない。
元帥として相応しくない行動をした瞬間、即、その座から下ろす。
忘れないで下さい。
そこは、宗谷さんが座るはずだった場所だ」
あんたが言うことか?
そう思ったのは甲上一人だけではなかったが、桐生は腹を立てている様子はなかった。
「それと、中将に推薦したい人間がいる」
桜木は薪の名前を出した。他の中将、大将からは笠原の名前が出ている。藍沢が退職し、桜木が昇進すれば二枠空く。そういう意味では問題のない話だが、薪は現在56才。中将に上がっても数年で去ることになる。そして、何より本人が嫌がるのではないかと、桐生は言った。長年、本部に戻ることすら拒否していて、今年やっと本部に戻ることを承諾したのだ。そんな人が中将推薦を了承するとは思えなかった。
「私が説得します」
桜木は真剣だった。
「わかった、検討しよう。
これで交換条件成立、ということか?」
「そうだね」
互いに不敵な笑みを浮かべていた。
元帥室をあとにする桜木の姿を桐生は悲しそうな顔で見つめていた。




