必要な存在
「桜木の話を聞こうとしなかった人間、全員の罪だ」
藍沢は強く握られた拳を机に叩きつけた。
行き場のない自分への怒り。
感情を表に出す藍沢を甲上は初めて見た。
「だから、本宮さんの後を引き継いだ弓長さんは桜木に高い位の階級を与えることで、少なくとも誰も話を聞かないということがないようにした。
もちろん、批判の声も有った。
だが、彼女には才能がある、そう言った宗谷の…本宮さんが一番天塩にかけて育てた宗谷の言葉を信じてみることにした。
桜木は確かに、自由奔放で兵士に向かない子です。
だが、彼女の分析力に何度も驚かされてきた。
彼女の力や、手に入れた情報に我々は何度も助けられてきた。
彼女のふざけた性格の裏側に触れるたび、根拠のない安心感をなぜか感じてきた。
そんなのでは、彼女を海兵で居させ続ける理由になりませんか?
実際、彼女が戻ってきてから、滞りがちだった情報が円滑にまわっている。
あのまま解答の事件が解決しなければ、大将や他の中将が解決に乗り出すところだった。そうすれば、他の仕事に確実に影響が出た。
それに、あなた方が思っているよりずっと真面目で…」
藍沢の視線が真っ直ぐ、甲上に突き刺さる。
甲上も真っ直ぐ見つめ返した。
「あなた方が桜木中将の言動を黙認している理由はよくわかりました。
彼女が今の態度・姿勢を直す気があるなら、学歴関係なく、そんな才能のある方にはずっといてもらいたいと、私も思います。
しかし、いくら特別な存在でも、海軍に悪い影響も及ぼす特別な存在は必要有りません」
甲上は凛とした態度を貫いた。
「そうですか…」
藍沢の性格を考えると、本来なら、桜木みたいな人格が海兵で居続けるのを嫌うだろう。
それでも、桜木だけは別…。
去っていく後ろ姿を見つめながら、自分がもし監査官という立場でなかったらということを甲上は考えた。
藍沢が入口で立ち止まり驚いた顔をした。
「笠原…聞いていたのか?」
「申し訳ございません」
甲上からは笠原の姿を確認することはできなかった。
アイコンタクトを交わした様子だったが、藍沢はそれ以上、笠原に何かを言うことはせず、去っていった。
藍沢の足音が聞こえなくなったところで、笠原が書庫に入ってきた。
いつもの無表情とは何かが違う。
「好奇心旺盛なだけで、事件一つ解決できない。
それでも給料もらって偉そうなことが言える。
いい仕事ですね」
「どういう意味…」
甲上は突っ掛かろうとしたが、それは叶わなかった。
仕事をバカにされた悔しさよりも、甲上は身の危険を感じた。
「くれぐれも、桜木さんの仕事の邪魔だけはしないで下さい」
丁寧に頭を下げる笠原。
海軍本部にきて何度となく、迫力や威圧感を感じてきた。
でも、そんな言葉では言い表せない。
桜木か笠原、いつかどちらかに殺させるかも知れない。
2人はそういう危険な雰囲気を持っている。
そして、自分を見張っていたのは笠原か?
甲上はまだ正常に脈をうたない心臓に思わず手を当てた。




