本宮の存在
「そこにいるのは誰だ!」
急に怒鳴られ、甲上は心臓が飛び出るかと思った。
「失礼しました。監査官でしたか…」
怒鳴り声の正体は藍沢だった。
「仕方ないですよ。
あんな一件が有った後ですから、ここ(書庫)にいる人間を警戒するのは…」
甲上は呼吸整えてから話した。
さすが、中将を長年務めている人間の迫力は違う。
「寛容なご配慮に感謝申し上げます」
深々と頭を下げられ、甲上は少し恐縮した。
「何かお調べですか?」
「ちょっと昔のことを…」
甲上は桜木や13年前のことを聞くか迷った。
忙しい藍沢中将と2人きりなんて機会は滅多にない。
しかも、明日にはまた、甲上は強鷲号に乗船してしまう。
思いきってみることにした。
「朝、桜木中将との話に出ていた、13年前の罪について教えて頂けませんか?」
藍沢は不思議そうな顔をしたあとで、甲上に近づき、机の上の資料を眺めた。
「桜木の昇進の謎に気づいてしまいましたか?」
僅かな表情の変化だったが、困っているようだった。
そして、遠い目で窓の外を見つめながら、落ち着いた口調で話し始めた。
本宮元帥。
彼が元帥になる前の海軍は、まとまりがなく、個々が個々の役割を果たすだけで、船単位でいがみ合っていることも珍しくなかったという。
そんな海軍を人望と実績で一つにまとめたのが彼だった。
現在の海軍の中核にいるメンバーのほとんども、本宮元帥を慕い憧れた。
そんな本宮元帥の命が狙われていることに最初に気づいたのが桜木だった。あくまでその情報を手にいれたのは、たまたまだったらしい。当時の桜木はまだ階級も低く、女で子ども。同じ船のメンバーはもちろん、当時の中核メンバーも彼女の話を本気で聞くことはなかった。やっと、桜木の話を聞く宗谷の耳にその話が入ったたときには、手遅れだったという。
藍沢は当時から中将だった。
「階級や年齢、性別関係なく、桜木の話を真剣に聞いていれば、少なくともあのタイミングで本宮さんを失うことはなかった。
桜木の話を聞こうとしなかった人間、全員の罪だ」
藍沢は強く握られた拳を机に叩きつけた。
行き場のない自分への怒り。
感情を表に出す藍沢を甲上は初めて見たのだった。




