ゴミを捨てるな
「こんなものに価値はない」
監査主任はそう言い放つと、桜木の目の前でライターでメモ帳に火をつけた。
呆気にとられている周りとは異なり桜木は無表情で燃え始めるメモ帳を見つめていた。
「悔しかったら、ちゃんと書類にするんだな」
半分ほど燃えたところで、海へ投げ捨てられるメモ帳。
その瞬間、桜木は走り出し、海へ飛び込んだ。
「きれいな飛び込み…」
そう呟いたのは植村だった。
まさか、海へ飛び込むとは思っていなかったため、監査主任も含め、他の者たちは驚いた。
十数秒のうちに桜木は戻ってきた。
「…はっ、そんなに大事だったか…」
バカにする監査主任。
すると、桜木は監査主任を睨み付けた。
植村以外は初めて見るその表情に寒気が走った。
「ゴミを海に捨てるな」
桜木の低い声が響く。
正直“そこかよ!”と突っ込みたくなる言葉だったが、誰も発言できないほど桜木は怒っていた。
「海は人間なんかが汚していいものじゃない」
「訳のわからんことを!
お前みたいな人間、必ず、海軍から追い出す。
覚えておけ!」
話の流れをおかしくしたのは桜木だったが、桜木の迫力のせいで最後の監査主任の言葉は悪あがきにしか聞こえなくなってしまっていた。
「私が出て行くのを、あなたは見ることができないと思いますけど…」
小声でニヤつきながら放たれたその言葉を聞いた者たちは、その意味の理解に苦しんだ。
しかし、明らかにその言葉は監査主任を黙らせる効果が有ったようだった。
夕食。
今までに無かった空気が船内に流れていた。
いつもは食事時、桜木と植村の楽しげな会話があったが、今日はそれが無かった。
「そう言えば、塩谷少将って、渚の同期だよね?」
なんとか、植村が探して話し出した内容は更に空気を重たくした。
「まあ、そうだけど…」
桜木の同期は相馬と塩谷しかいない。2人の年は桜木より上だし、桜木は最初から本部配属。2人は支部配属だったため深い関わりはないだろう。それでも、研修期間は一緒だったから、同期ということは知ってるはずだ。
ただ、他の同期はもういない。みんな死んだか、辞めたか。桜木の同期たちは桜木をいじめていた。しかし、そんな桜木が一番先に昇進していった。辞めていったものたちはそれに耐えられなかったのだ。
「ごめん私、変なこと聞いた」
慌てて話を終わらせようとする植村。
「別に。
さほど思い出はないけど、塩谷はいいやつだよ」
その言葉にどんな意味が有るのか、この時の甲上にはわからなかった。




