メモ帳
ある夜、甲上が部屋に戻ると伊竜しかおらず、目上の人がいる前では口数の少ない伊竜が珍しく質問をしてきた。
「解答盗難事件、なぜ監査官たちは犯人を絞って捜査しているんですか?」
「伊竜副船長」
「わかっています。自分のような立場の人間が質問するべきではないことは。
しかし、どうしても気になります。
なぜ塩谷少将を疑わないのですか?」
塩谷少将。
事件の日、海軍本部内にいた少将だが、キャリア組の彼の犯行とは考えにくいという監査主任の考えで、容疑者から外されている。
正直、甲上も塩谷のことは気になっていた。
しかし、そのことを伊竜に話すことは甲上にも許されていないため黙り込むしかなかった。
それ以上、伊竜も察して聞くことはなく、寝る準備を始めた。その後ろ姿をしばらく見ていたが、気まずくなった甲上が部屋を出ると、桜木が目の前にいた。
月の光がまるでスポットライトのように桜木を照らす。
「なんで、伊竜の質問に答えてあげないの?」
「それが、互いにできないことぐらい、わかるでしょ?」
冷たい海風が2人の間に流れ込む。
真夏でも、夜になれば涼しくなる。
「…じゃあ、監査主任って、どんな人?」
唐突な質問に一瞬何も考えられなくなった甲上だったが、桜木は黙ったまま話し出すのを待っていた。
「素晴らしい人ですよ。
自分が陸軍兵の頃に受けた教育に納得がいかず…まあ、当時はもっと陸軍にも海軍にも気性の荒い方や、犯罪に近いことをする方も多かったと言いますし、納得いかなくて当然ですよね。
手柄を横取りされたことも有ったそうです。
ですから、国に使える一人として、一律の正義感を持ち、礼節をわきまえた人材を育てることが信念だと、おっしゃっていました」
甲上は監査主任に様々なことを教えてもらった日々のことを思い出していた。
「つまりは、同じ人間を作っていきたいってことね…」
聞いてきたにも関わらず、素っ気ない態度をされた挙げ句に、尊敬する上司をバカにされ文句を言おうとしたが、言葉が出るより桜木が去ってしまうほうが速かった。
2人から質問を受けた次の日、また事件が起こった。
食糧調達のため立ち寄った島に停泊した際、島で待っていた監査主任が乗船してきた。
「どうされたんですか?」
そんな甲上の言葉を無視し、監査主任はまっすぐ桜木のところへ行った。
「桜木渚中将だな?」
「そうだけど?」
桜木は監査主任を目の前にしてもいつもと様子を変えることはしなかった。
「甲上からお前の話は聞いている。
この船を沈めようとしたそうだな?
それに、中将として不適切な言動ばかりだとも。
まあ、その服装を見ればそうか…」
今日の桜木の服装はワイシャツと軍服のズボン。ただ、足元はサンダルだった。今までの中では一番ましな格好だったが、それでも中将の正装からはほど遠かった。
「そして、これはなんだ?」
そう言って胸のポケットから取り出したのは一冊のメモ帳だった。
「私のメモ帳ですね。
元帥に提出した…」
「提出した?
メモが書類だとお前は言うつもりか?」
桜木はなるほど、と言うかのような表情をしながら頭を掻いた。
「では、提出し直します。
返して頂けますか?」
と手を伸ばす。
「こんなものに価値はない」
監査主任はそう言い放つと、桜木の目の前でライターでメモ帳に火をつけた。




