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とも喰い  作者: 園霧夢乃
1/2

脱獄

 

32年前、革命があった。

それまでヒトとまとめられていた種族が2つに分けられた。

牙を持つヒトと、持たないヒト。

それぞれをファング、ノーマルと呼称した。

革命により王となったラグナはそれまで共存していた2種に優越をつけて隔てた。

力、知能ともに優れ、寿命も長いファングが政権の全てを握り圧政が始まり、ノーマルは農耕民族として郊外に移住させられ、時には理不尽に殺され、淘汰された。

一部研究者や、権力者だったノーマルは名誉ファングとして王都での居住が許されたが名誉ファングとは言え、その差別がなくなるわけではなく、居住区は制限され、配当もファングに比べれば天と地の差だった。

それでも身の保証がされる名誉ファングの地位に、ノーマル達は縋った。

ゆえにノーマル同士での争いも醜く起こった。裏切り、告発、貢物。そのどれも名誉ファングになるには足らなかったが、覚えめでたくなることでファングから少々の優遇を受けることはできた。一方で幸運で名誉ファングに上がる者も少なくなかった。

ファングは両親がノーマルであっても生まれることがある。名誉ファングになるにはこれが最も手っ取り早い。

事実、門兵アレクスの両親はノーマルであったが、名誉ファングとして王都に住んでいる。街外れの末端であるが、疫病はなく道も整備されているし、物も揃いやすい。ファングからの迫害はあるが殺されることはない。王都の外に比べれば千倍はマシだ。

それでも暮らしは楽でない。外は特にそうだ。そういった現状をアレクスは知っている。両親から日々の苦悩を聞かされている。外の友人にその惨状も聞いている。だから今回の計画を決行するのだ。レジスタンスとして。

きっかけは政府内にいる協力者から得た罪人の話だった。

革命の大罪人ルーカス。小学生ですら知っている彼は、32年前までラグナの側近として数多くの戦績をあげた英雄だった。しかし革命の際に起きた大量虐殺の罪で投獄され、その後死刑にされた。というのが史実だ。しかし協力者が話すには、彼はまだ生きていて王宮の地下牢にいる。もし脱獄が叶えば力を貸してくれるはずだと。不確定要素の多い話だったが、アレクスにとってこの話の真偽を確かめるのは容易だった。

ファングはそれぞれ特殊能力がある。火が扱えるとか、風を吹かせられるといった物語的(ファンタジー)な能力は多岐にわたり、アレクスの場合は透明化だった。視覚から消えるだけではなく、あらゆるものをすり抜けることができる隠密に適したこの力で、王宮の地下に異常な警備の牢があること、その中に何かがいることも本当だった。仲間と相談し、囚人なら、件の消えた英雄でなくても手を貸してくれるのではと接触を図ることになった。

アレクスはいつも通りに門兵としての勤務を終え、その足で王宮に向かう。

先ほどまで並んで門の警備をしていた同僚はアレクスが王宮の門を超えたことすら気づかない。そのまま息を殺すこともせず、下調べの通りに地下牢に向かう。何度かここに来て、階段前に警備が2人いること、牢の前にも警備員がいてそいつが居眠りしがちなことは知っていた。階段前の警備の横を素知らぬ顔で通り、薄暗い階段を降りていく。

牢の前の警備員はやはり眠っていた。いつ起きるかわからない彼に睡眠薬を注射した。区切られた牢の中、唯一住人のいる牢の鉄柵をすり抜けてそれの前に立つ。

「貴方がルーカスですか」

見た目は黒い毛玉だった。おまけに匂いもひどい。32年間投獄されそのままなのだとしたらこうなるのも仕方ないが、それにしてもかつての英雄にしては小柄な毛玉だった。

「お前はなんだ」

答えるよりも毛玉が動くの早かった。

アレクスは首を掴まれ、地面に叩きつけられた。驚愕した。透明化を解いていないのだ。その状態で的確にこちらの場所、急所を捉えた。見えているかのように。

痛みが少しずつ薄れていく中で、首を掴む手が小さいことに気づいた。今自分を伸している体も異様に軽い。まるで子供ほどの重さ。それでも力は強く、首の手は解けず体を起こすこともできなかった。

「お前はなんだ」

毛だらけの二つ光が再度尋ねてきた。

アレクスは締められた喉でかすれがすれに自分がレジスタンスであると伝えた。

「反逆者?」

アレクスを締める力が弱まる。二つ光は乱暴に髪をかきあげて顔を見せた。彼にとっては視界を明瞭にするためだったのだろうが、その姿はアレクスが期待するより小さな、小さな光だった

「俺を助けにきたのか?」

ルーカスは子供だった。見た目からして12、3程。

「子供じゃないか」

アレクスは小さくつぶやいて絶望を噛んだ。

「子供じゃないか!」

決して大声を出さなかったが、怒りで拳に力がこもる。ルーカスはそれをつまらなそうに見ていた。

「ご期待の『ルーカス』じゃなかったみたいだな」

すっかり座り込んでしまったアレクスに向かい合って、ルーカスも腰を下ろした。

「なあ、お目当てでなかったとはいえ、幼気な子供がこんな地下牢で食事もろくに与えられず投獄されてんだ。助けてくれよ」

「お前は罪人なんだろ」

「でもその罪人に会いに牢に来たんだろ」

「俺は、英雄に会いに来たんだ」

その言葉にルーカスはケラケラと笑い始めた。それは次第に腹を抱えるほどのものになり、終いにはのたうち回って息も絶え絶えになっていた。

「英雄?ルーカスが英雄?人生で一番面白い冗談だ」

「史実じゃ大罪人とされてるが彼はノーマルのために戦った。俺たち(レジスタンス)にとっては英雄だ」

「違う違う違う。ルーカスは英雄じゃない同族喰(ともぐ)らいの化け物で、ノーマルは価値がないから喰わなかっただけ」

アレクスはルーカスの言葉が理解できなかった。この子供は誰の話をしている?もし英雄のことを話しているとして、なぜそんな突拍子もない話ができる?彼は英雄その人(ルーカス)でもないのに。

混乱した表情をしているとルーカスがニタリと笑い、鋭利な牙を見せた。

「そういえば随分腹が減っているんだ」

がぶりとアレクスの首筋にルーカスが噛み付く。噛んだ場所から血液が吸い上げられていく。ルーカスの喉が大きく5回ほど鳴って、ようやくアレクスは解放された。その間一切の抵抗はできず、その意思すら起きなかった。

「なるほど透明化か。便利な力だね」

口の周りを汚したまま、ルーカスは自分の体の一部を透明にして遊んでいた。

その光景を見たアレクスは呆けたままポツリと吐いた。

「先祖返り」

ファングの中でも特別な存在がある。それが角持ちと先祖返りである。角持ちは頭部に角が生え、大きさに比例して能力が強い。先祖返りは能力が牙に宿る者をそう呼んだ。

先祖返りはその力が他者の血肉を食んでその能力を使うため異端だった。嫌悪される共喰いを誘発する先祖返りはファングの間で、同族の力を借りなければ戦えない劣等とされていた。しかしアレクスはその今までの固定概念が嘘であったと確信した。

先祖返りが良しとされないのは、喰われることが恐ろしいからだ。同族の力を借りなければ弱いのではない。先祖返りである時点で強者なのだ。それが更な力を持たないように劣等種という刷り込みがされたのだと。目の前の少年が有り体で語っていた。

「貴方は本当にルーカスなのか」

「名前は確かにそれと同じだよ」


1時間後、アレクスはルーカスを連れて城下町を歩いていた。

今日は革命記念日のためか街の大通りではパレードがうねり、出店もやかましくとにかく人が多い。

とは言え人混みに紛れるには傍の少年は匂いが強すぎた。服もボロボロで布切れを巻きつけただけの様な出で立ちだ。加えてルーカスに噛まれた傷が一定間隔で大きな痛みを連れてくる。まともな透明化もできず2人は目立っていた。

「おい、大丈夫か」

ついには路地裏にうずくまってしまった。追手はそう遠くないうちにやってくる。一刻も早く王宮から離れたいが、身体が言う事を聞かない。

「こう言っちゃなんけど目立ってる。隠密が君の専売だろ」

「誰のせいで」

アレクスは首を抑えながら恨めしそうにルーカスを睨んだ。噛まれた傷は綺麗な歯型などではなく、ほぼ噛みちぎられた様なものだった。皮一枚、組織一本で繋がっていると言った有様で。不思議と血は垂れていないが痛みが何より堪え難い。自分の乱暴が原因だとようやく理解したルーカスはぼさぼさの頭を弄り始めた。

「慣れない食事の仕方をしたから、そんなにひどくなると思わなかったんだ」

 謝罪を述べつつも再び牙を出して近づくルーカスにアレクスは恐怖で心さえも抵抗をやめてしまった。

「そんな怯えるなよ。治すから」

べろりと、アレクスの首筋に今度は柔らかく濡れたものが這った。子犬が傷を舐める様なそれは数分続いて、ふうと言うルーカスの吐息で終わりを告げた。

「疲れたから連れてって」

痛みも傷も何もなかったかの様に消えていた。代わりにルーカスが先ほどのアレクスの様に力なく座り込んでいた。

 治癒の能力を使ったのだろうか。だとしたらいつその血を飲んだのだろう。いくつかの疑問が頭をよぎったが、自分が急いでいた事を思い出して、アレクスは軽々とルーカスを背負うと透明になって街を駆けた。

30分ほど建物を足場に飛び回り、ようやく目的地に着いた。入り組んだビル群の細い道の突き当たり、うすぐらい場所に拠点の入り口はあった。

周囲からはただのゴミも収集場だが、一番奥に積まれたゴミ袋をどかすと下に続く階段が現れる。ファング特有の夜目を頼りに長い階段を下ると、水の音とともに広い空間にたどり着いた。

短い合言葉を告げると、真っ暗なその場所に明々と明かりが灯る。並んだ扉からわらわらと先ほどまで気配も感じかなった人数が出てきた。

「アレクス!おかえり!」

腰ほどにも届かない幼い子供達がアレクスの元に集まり、容赦無く飛びつく。それを見た妙齢の女性が子供たちを諌めつつ、ねぎらいの言葉をかける。

「お疲れ様。それで英雄様は」

「リリー、とりあえず彼をどうにかしてやってくれ、長い事牢にいて、食事も手入れもされていないんだ」

アレクスは視線で背中の少年を指す。力なく弱り切っている様子に、リリーは慌てて人を呼び数人がかりでルーカスを奥の部屋へ連れて行った。

 一仕事終えたと、アレクスはその場に寝転んだ。子供達は自由にアレクスで遊んでいる。そこに大きな影が落ちて、低い声が降ってきた。

「収穫はガキ一人か」

「ガロ」

アレクスは子供数人引っ付けたままゆっくりと立ち上がり、ガロにここまでの経緯を話した。

牢には彼しかなかった事、彼が目当てのルーカスである事、自分もそれを疑っていない事、彼が先祖返りである事。

話を続けるに連れてガロの表情が険しくなっていく中でなんとか最後まで話し終えると、ガロは黙ってしまった。

ガロは頭が良くなかった。ノーマルゆえにファングの事情にも疎い。彼なりにアレクスの話を消化しまとめていた。

「つまりあの子供が『ルーカス』なんだな?」

「俺はそう思うよ。でなくても彼は特別だ」

「俺はノーマルで教養もねぇから先祖返りだ能力だはよく分からんが、同族のアレクスがそう言うんならあいつは特別なんだろ。あとはあいつが俺らに協力するかだな。お前みたいなファングは珍しいからなぁ」

「長くファングに囚われていたんだ。ファング全体でなくても政府や軍には恨みがあると思う」

「恨み辛み殺したい程あるね」

声の先に視線を落とすと黒髪で全裸の美少年がいた。

「ああー!ダメです!お洋服がまだでしょう!」

それを追いかける様にリリーがタオルを手に追いかけてきた。

「うるせー!女物しかねーんだろ!」

せめて下着をと半泣きで縋るリリーから下着だけひったくると、長い髪をうざったそうに避けながら半裸に着替えた。

「ルーカス?」

「なんだ」

ああ、ルーカスかとアレクスは先ほどまでの毛むくじゃらなルーカスから綺麗なルーカスに認識を置き換えていた。

一方ルーカスは呼ばれたのにそのまま黙ってしまったアレクスに腹を立てて、無抵抗なアレクスから上着を剥ぎ取った。

「見違えたな毛玉」

「黙れ筋肉達磨」

一連の流れを見ていたガロは悪気なく親しみを込めて皮肉を言ったのだが、ルーカスは冷たく突っぱねた。

牽制が始まりかけたところでリリーが食事の時間を告げる柏手を打った。

質素だが賑やかな食卓に半強制的に並べられたルーカスは、慣れない状況に戸惑いつつも目の前に置かれたパンに手を伸ばした。

一飯の恩ができたところで、アレクスの姿がないことに気づいた。

「あいつは?」

「あいつ?ああ、アレクスですか?彼は軍人ですから、宿舎に戻りましたよ。いないと不審ですから」

リリーからそれを聞いた時、この連中はなんと呆けた連中なのだと冷えていくのを感じた。あの能力を持った軍人を()()()が放っているわけがない。彼には少なからず監視がついていたはずで、能力を今日使ったことは把握されているだろう。合わせて牢から自分が消えていれば疑いはアレクスに集中する。その状況で軍に返した?帰るアレクスも大概だが、レジスタンスと名乗るにはこいつらは緊張がなさすぎる。ぼんやりとした意識の中でだが、ここの隠し方も大して厳重でなかった。子供ばかりで戦力になりそうな大人は数える程だけ。これでよく反抗など目論めたものだ。ルーカスは静かにその場を離れた。

地上に上がる階段に足をかけたところでガロに呼び止められた。

「アレクスのところに行くのか」

「お前は来るなよノーマルは邪魔だ」

「言っておくがな、あいつがどうなるか知らないわけじゃない」

「力がないから見捨てる、それで仕方ない。ノーマルだからな」

「あいつらもわかってる。わかってて悔しさを殺して」

「その感情で何ができる?あいつに特別な力が宿るのか?軍が壊滅するのか?王が死ぬのか?」

暗闇に赤い二つ光がさらに強さを増して鋭くガロに刺さる。

「願いなど無意味だ。感情など無意味だ。力を持て。意思を持て。だからお前たち(ノーマル)は淘汰されたんだ」

ルーカスは階段を蹴るとそのまま地上のゴミ捨て場も突き破って空に上がった。

手ごろなビルの上に着地すると、周囲を見回す。

夜も深いがパレードをしていた大通りは未だ賑やかに光っている。それとは別にまとまった光が動いているのが視界に入り、ルーカスはその光に向かって飛んだ。

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