02
「…魔王なんて居なかった」
呆然とつぶやくのは意気揚々と町を出てきた暫定勇者のルイスである。
「魔王なんて居なかったんだよコノヤロウ!家に帰らせろ!」
元がニートで引きこもりなので家の外に長時間居ることが耐えられないのである。なんとも悲痛な叫びだが場所は既にユレイクスの町から少し離れた所にあるチェルフィーニオという町に着いていた。
「よ、ようこそ。ここはチェルフィーニオの港町よ」
町の入口で案内をしてくれる女性もルイスの叫びに顔が引きつっている。
こんな姿で勇者などと触れ回っては勇者のネームバリューにも関わる。ルイスは慌ててきりっとした表情を取り繕うと案内役の女性に向かっていった。
「ハローワー…じゃねえや。酒場はどこにありますか?」
「ギルド?ああ、冒険者の方ね。この町のギルドは教会の隣にあるわ」
「ありがとう、お姉さん」
うっかり求職者時代の呼び名が出てしまいそうになったが、求職者の言うハローワークというのは冒険者たちの酒場という職業別の人材派遣組合だ。
ルイスは今暫定ではあるが勇者という職業に就いているためギルドへは魔王討伐パーティを組むための人材を紹介してもらいに行くのである。
「おや、君か」
「げっ!てめえは俺んちでいっつもタダ飯食ってくハゲオヤジ!」
ギルドのカウンターでそれっぽくコップを拭いていたのはなんとルイスの家でしばしばタダ飯ぐらいをしていく男だったのだ。
ルイスと同じ町の出身なのだが仕事を探しに各地を転々としている間に自分の家が勝手に貸家にされていたというなんとも間抜けな男だ。
男はコップをカウンターへ置くとにやりと笑った。
「ハゲではない、この髪型はファッションガーデンなのだよ」
「ファ…?お洒落庭って意味わかんねえよ!フワッとさせた言い方で頭の惨状ぼかすんじゃねえ!とっとと人材紹介しろハゲ!」
「そんな口を聞いていいのかなルイス君。おっとこんなところに遊び人の大量雇用計画書が」
「職権乱用!」
「安心したまえ。さすがにそんなに遊び人ばかりを斡旋したりはしないさ。というか寧ろ私を連れて行かないか?もちろん正規雇用で」
「連れて行かない」
「そこをなんとか」
「……無給でも?」
「遊び人3人紹介入りまーす!」
「待て待て待て待て!何ふざけたこと言ってんだこのハゲ!」
「ハゲではない。私の頭はファッションガーデンなのだと何度言ったら」
「くだらねえ造語作ってねえで仕事しろ!今すぐ僧侶と魔道士と賢者連れてきな。できるなら経験者で」
「私のおすすめは武闘家と騎士と狙撃手だよ」
「悉く呪文使えねえメンバー編成推してくるんじゃねえよ!」
「やれやれ…困った坊やだ」
「その言葉をバットでそのまま打ち返してやりたい」
ギャーギャー騒ぐのでいつの間にかルイスは周りの注目を集めていたがそれどころではなかった。この男は良くも悪くも有言実行なのだ。つまり、本当に遊び人を3人斡旋してくることだって大いにありえるのである。
「頼むよオヤジ、さすがにふざけてられねえんだ」
魔王討伐パーティは少なくても多くても危険である。最も適した人数は4人だ。遊び人3人を連れて魔王討伐できるほど旅は楽ではないし何しろルイスは今でこそ勇者なんて立派な肩書き付きだが数時間前までニートだったのである。体力的にも無理だ。
ルイスが本当に困っているのを見て男はやれやれという風に肩をすくめた。
「では紹介しよう。さすがに冒険者初心者の君を見捨てるのうなパーティを斡旋など、君の母さんにも悪いからね」
「オヤジ…!」
「僧侶と魔道士、それに遊び人だ。バッチリ経験者も居るから安心したまえ」
「オイコラハゲェェ!」
ルイスのストレートがオヤジの腹に決まった。大げさな吐血をしながらオヤジは説明する。
「はじめから賢者なんて上級な職の冒険者がこんな町に居ると思うのかね?ハハッ、愚問だ」
「なんだろうこのイライラは」
「安心したまえ。この先ずっと冒険が進めば転職をさせてくれる神殿があるだろう」
「なあ、コレ結構マジなんだよ。…ほかの紹介は?」
「それはほかの職業ということかね?」
「ああ」
「残念なことに海の向こうの王国の有志で今全員出払っていてね。今ギルドに登録しているメンバーがこれで最後なのだよ」
「マジかよ…」
ルイスは自分の顔がひきつるのがわかった。
元々ルイスの計画では、僧侶にバックアップを任せて、自分と賢者で接近戦をして魔道士に呪文攻撃を任せるつもりでいたのだ。賢者といえば武勇と英知を極めた者であるのでどのみち冒険には手馴れている者が多い。
まだまだ初心者のルイスと組むには絶好の相手だと思ったからだ。
それがなんだ。賢者の代わりに遊び人がやってきたではないか。装備品がまだ初期のままなので誰がどの職業が全くわからないが。
ただ、経験者がこの中に居ればある程度はやっていけそうである。それにパーティが3人しかいないよりは戦力はひとりでも多い方がいい。転職できるギルドに着くまでの辛抱だしなんとかやってみよう、そう決意したルイスであった。
「それじゃあこのメンバーで頼む」
「わかった。そして紹介料だが…まあいつも君には世話になっているから特別にサービスしてやろう」
「なんだろうこの見下されてる感じは」
そんなこんなで晴れてルイスは魔王討伐の一部隊のリーダーとなったのであった。
2019/10/21 転載
2019/10/21 加筆修正