どんぐりの音色
冬童話2019に参加です!クリスマスを祝うお話です。お人よしのキツネに登場してもらいました。
冬だというのに明るい日差しがふりそそぐ、あたたかい日のことでした。逆さ虹の森の中で1匹のウサギがひょこひょこっと、はねていました。春と夏は茶色い毛皮でしたが冬になってすっかり白くなっていました。雪と同じ色です。森にはすっかり雪がつもり、友達のくまさんも秋の間にたくさんご飯を食べて、今は洞窟の奥で冬眠中です。
初めて見た雪に夢中になって、ウサギは森が途切れて人が通る場所までやってきました。森の中では滅多に見かけない人が、数人集まって木を切り倒しています。ウサギは木が切り倒されるのを、ドキドキしながらじっと眺めていました。
「これで今年も立派なクリスマスツリーが飾れるぞ」
「早く家に戻ってやらんと、子どもたちから怒られてしまう」
陽気な声をあげる人間が去ってしまってから、ウサギがひょっこり顔をのぞかせました。小さいな鼻をひくひくとさせて、人間が遠くへ去って行くのを確認します。切り倒されてしまった木のそばで、小首をかしげました。
「一体、クリスマスツリーって何だろう」
「クリスマスツリーってね、モミの木にたくさんの飾りをつけるんだよ。クリスマスをお祝いするのに欠かせないんだ」
得意そうな顔をしているのはお人よしのキツネ。キツネはたまに人の住む町に行って、色んなものを見てきます。
「クリスマスって何?」
ウサギが耳をぴんっとたててキツネの話に聞き入ります。キツネはちょっと困ったなと思いました。クリスマスがどういうものか、よくわからなかったからです。
「そうだね、クリスマスの前の晩。クリスマス・イブっていうんだけど、みんなでごちそうを食べたり、踊ったりするんだよ」
キツネは自分が知っていることを話すと、ウサギが赤い目をきらりと光らせました。
「いいな~。他には何かあるの?」
「他に?他には…」
キツネは白い雪の上で何度か足踏みして考えました。人間はたまに町で集まってお祭りをしたり、ごちそうを食べたり不思議なことをします。何のためにやっているのかわかりませんが、楽しそうにしいてるのを見ているとこっちまでウキウキします。
「そうだな。あとは、サンタさんって人が子供たちにプレゼントを配るらしい」
クリスマスの夜、ごちそうを食べ友達や家族と騒いだ後は、子どもたちはベッドの中に潜り込みます。靴下を暖炉のそばやツリーのそばにつるすと、サンタクロースが夜中にやってきてプレゼントを入れていってくれます。その様子を想像すると何とも楽しそうで、ウサギはとっても羨ましくなりました。
「いいな~。サンタクロース、私たちのところにも来ないかしら?」
「僕たちは無理なんじゃないかな。だって、人間の子供たちに配るんだもの。それも、良い子のところにしか来ないんだって」
ウサギの耳がしゅんとたれました。せっかくの楽しそうなお話は、自分にはまったく関係がないのです。ちょっとつまらないと思いました。
「それじゃあ、クリスマスツリーは作れないかな」
「クリスマスツリー?」
「私、見てみたい!」
キツネはすっかり困ってしまいました。クリスマスツリーの作り方も、よくわからないからです。
「ぼく、よくわからないよ」
弱ったような声を出すキツネに、ウサギがぴょこぴょこっととびはねました。
「クリスマスツリーって、モミの木に何か飾るんでしょう?それだったら、できるかもしれない」
キツネににっこり笑うと、ウサギは森の奥に何かないか探してくると行ってしまいました。
ウサギがクリスマスツリーの飾りになるようなものを探しいてる間、キツネはあるものを必死に探していました。
「雪ばっかりで見つからないな」
ため息をつきつき、切り株の根元やや倒れた古い木の下を探し回ります。この森の奥には不思議な池があります。どんぐりを泉に放って願い事をいうと、どうやら叶うらしいのです。誰が呼ぶようになったのか、どんぐり池といわれていました。キツネは今まで願い事をしたことがありません。それに、叶えたいような願いがあまりありませんでした。
「クリスマスツリーはなんとかなっても、サンタさんは、どうにもならないよ」
ウサギのキラキラ輝く赤い瞳を思い出して、キツネは森の奥の池のそばにやってきました。そろそろ日が沈み夜がやってきます。夜中中探し回っても、見つかりっこないような気がしていました。
「秋だったら、たくさん見かけたのにな」
リスが冬を越すためにちょろちょろ走り回り、ドングリや木の実を集めているのを知っていました。一つぐらいとっておけば良かったのかもしれません。キツネは池のそばに行くとこっそりささやきました。
「どんぐりはないけど、お願い叶えてくれないかな。大好きなウサギがクリスマスツリーを見たいって言うんだ。それにサンタクロースも」
大好きなというところで、キツネは恥ずかしそうに声を低くしました。誰にも言ったことがありませんが、キツネはウサギが大好きでした、できれば願いを叶えたいやりたいと思ったのです。
「お願いを聞いてください」
そう言ってはみても、池の水がゆらゆら揺れるばかりで何の変化もありません。
「やっぱり。ダメか」
肩を落として去って行こうとした時、キツネの足元から小さな木の実がころりと池の中に落ちました。すごすごと池から離れて森の中へ行ってしまうキツネの後ろで、池が波立ちキラキラと青く輝きました。
ウサギはウサギでがっかりしていました。冬の森の中では飾りになるようなものが見つからなかったからです。低いけれども丈夫なモミの木を見つけて雪を払い、松ぼっくりや枯れ枝をもっともらしく飾ってみましたが、どうもクリスマスツリーではないように思えます。困ったようにモミの木を眺めていると、おおいと誰かの声が聞こえました。ぴくんっと耳を傾けてウサギはにっこり笑いました。友だちのキツネです。
キツネはウサギのそばに寄って来て、モミの木を見上げました。あまり大きくないモミの木の雪ははらわれて、ウサギが飾り付けて松ぼっくりがちらちら揺れています。
「どうかしら、クリスマスツリーに見える?」
キツネはうなってしまいました。町で見たものとどうも違うような気がしたからです。ウサギはキツネが両手に抱えているものに目を向けました。何本かの枝を交差させ、つるでしばった妙な形をしたものをしげしげと眺めます。
「キツネさん、それは何?」
「これはね、クリスマスツリーに絶対必要なものさ」
「必要なもの?」
「モミの木のてっぺんに飾るんだ」
キツネは苦労してモミの木のてっぺんに飾る星型の飾りを作りました。やっぱり町で見たものとは違うし、ぶかっこうです。キツネはモミの木をするするとのぼって、てっぺんに枝で作った星を飾りつけました。良く晴れた空には星が光り、冬の澄んだ空気の中で輝いています。その中の一つがきらりと光りました。
「あ、流れ星!」
ウサギが見上げる方をモミの木にいたキツネは見つめました。ひゅんっと消えてしまう星を、キツネは見ることができませんでした。流れ星を見るのをあきらめて、用心しながらおりていると、またウサギが叫びました。
「流れ星がこっちに近づいてくるわ」
「なんだって?」
キツネは急いでモミの木から降りて、ウサギの隣に立ちます。大きく輝く星は金色で、どんどんこちらに近づいてきたかと思うと、キツネが枝で作った星にほんわりと灯りました。
「わあ、きれいね」
赤い瞳を輝かせるウサギの横で、キツネはあんぐりと口を開けます。金色の星がモミの木のてっぺんで輝くと、まるで星の輝きに引き寄せられるように、いくつもいくつも星が降ってきました。降ってきた星はモミの木のあちらこちらにくっついて、銀や赤や緑、橙に黄色、いろんな色がさんぜんと輝いて辺りを照らします。
「あら、今度は何か空からやって来るわ。面白い音がする」
キツネはウサギほど、耳が良くはありません。そっと耳をそばだてていると、しゃんしゃんしゃんと音がしました。その音はどんどんどんどん大きくなって、頭の上に広がる木々の合間から、トナカイがそりを引いて降りてきました。そりには大きな白い袋と真っ赤な服を着たおじさんが座っています。おじいさんは、真っ白なひげを生やして、陽気に笑っていました。
「メリークリスマス!」
おじいさんが大きな声で言うのを、キツネとウサギがぽかんとして眺めます。キツネとウサギの様子を気にすることなくクリスマスツリーの下に降り立つと、白い袋をどっこいしょっとそりからおろします。
「さてさて、君たちにクリスマスプレゼントを渡したいが、一体何が良いかな?」
茶目っ気たっぷりにに笑うサンタの前で、キツネは身動き一つできません。そのキツネの横でウサギが大きな声で叫びました。
「ごちそう!」
ほうほうとおじいさんは、うなづきます。ウサギはクリスマスがどんなものか知りません。みんなでごちそうを食べて踊って、サンタからクリスマスプレゼントもらう。それがクリスマスだと思いました。
「踊りたいなら、音楽も必要だね」
サンタの白い袋から小さな小人がわらわらと出てきました。何もない雪深い森の中に、大きなテーブルがどこからともなく現れて、ケーキや果物、美味しいスープ、サラダを山と並べ始めました。モミの木を踊るように、白い鳥がひゅんひゅんっと飛んで、小さな少年少女のような姿をとります。彼らの口からはクリスマスを祝う讃美歌や陽気な音楽が途切れることなく流れてきました。
この騒ぎを森中の動物たちが気にして、木々の間からこっそりのぞいています。サンタさんはその様子に気がついて、キツネとウサギの方を向きました。
「森のお友だちが仲間に入りたいみたいだが、どうするかね?」
キツネとウサギはそろって、隠れている森の動物たちを見てから顔を見合わせました。
「クリスマスはみんなでお祝いするものです」
「だから、みんなと一緒に祝いたいわ」
キツネとウサギの言葉に満足そうにうなづくと、じっとうかがっている動物たちに声をかけました。
「メリークリスマス!メリークリスマス!みんな、出ておいで!」
困ったように見ていた動物たちは、あまりに楽しそうな様子にゆっくりキツネとウサギがいる方へ近づいていきました。たくさんのごちそうを食べて、陽気な音楽を聞いているうちに、みんな踊りだします。楽しい楽しいクリスマスのお祝いは夜通し続き、気づけばみんな疲れてその場で眠り込んでしまいました。
太陽がすっかり顔を出したころ、キツネが一番に目が覚めました。モミの木を見上げると、キツネが枝でつくった、ぶかっこうな星がちょんとついています。昨夜のように輝く飾りは一つもなく、歌を歌っていた少年少女もいません。大きなテーブルもごちそうもなくなっていました。すべて夢だったのではないかと思うほど、何も残っていませんでした。
「サンタさんにお礼、言ってなかった」
ぽつんと呟くとキツネの前足に何かがあたりました。りんという澄んだ音がして、キツネはドキドキしました。
「どんぐり?」
どんぐりの形をして、りんと音が鳴るものが鈴だと知るのは後のことです。鈍く金色に光るどんぐりを揺らして、キツネは鈴の音色を楽しみました。
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