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6話 獣たちの 耽美な 黄昏

 夏の定期試験が終わった日の夜。


「俺の装備している『ノサダ』という刀だがな、これは現実の刀工、和泉守兼定がモチーフになっているんだ」

 板垣土下座衛門さんが、襲いかかる敵を自慢の刀でなで斬りにしながら言う。

「聞いたことないっす、名刀だったりするんですか」

 僕の操る狼は相変わらず地を走り回りバズーカを撃っていた。

「ある武将は家臣を三十六人斬り殺したり、またある武将は初陣で二十七人斬り殺したり、そんな業物を作ったのがノサダと呼ばれた二代目兼定なんだ。まあ、二十七人斬りの方は刀ではなく槍だがな」


 僕はゲーム画面の中で、板垣土下座衛門さんの日本史講釈を拝聴していた。

 日本史と言うより、日本刀の歴史しか聞いてない気がするけど。

「……ククク、血と鉄の香り、なんと耽美な」

 ブラドさんは相変わらず、おかしな動きをしながらおかしなことを言っている。


 記念すべき第一回のオフ会で僕と板垣さんが話した結果、板垣さんは僕の『ネット家庭教師』を務めてくれることになった。

 リアルの板垣さんは社会科目専攻の教育大生だ。

 だから当然、僕が受験科目として選択した日本史や現代社会の知識も持っている。

 僕は手元に参考書や用語集を開きながらゲーム中。

それらの本を板垣さんの話についていくために参照したりしている。

 いわば、ネットしながら雑談感覚でお勉強、と言うスタイルだ。

 もちろんパソコンを閉じているときはもっとまじめに試験勉強しているけど。

 ながら作業なので必然的にレベルの高いミッションやボス戦は避ける。

 主に僕のレベル上げとして雑魚狩りプレイをしている最中の、歴史談話タイムである。

「殺戮の歴史と言えば、十五世紀のルーマニア南部、ワラキア公国というところに」

「あ、世界史は今回の試験どうでもいいんで、あとにしてもらえます?」

 ブラドさんがなにか挟んできたけど、華麗に堰き止める。

「……ぐぬぬ。貴族たる我がかような仕打ちを受けねばならんとは」

 人のオフ会をファミレスから覗き見する貴族なんて嫌だよ。 

 

 結局のところ、僕と板垣さんはブラドさんの企みに乗ることにした。

 僕は勉強を教えてくれたり、進路相談に乗ってくれる相手が欲しかったし。

 板垣さんも、勉強を教えたり相談に乗りながら多少なりとも男との接し方を訓練する必要があったからだ。

 ただゲームをしているときは、僕ら以外の大多数プレイヤーに板垣土下座衛門が女であるということをバラしたくないそうなので、今まで通りの兄貴言葉。

 素の板垣さんを知った後だから不思議な感覚だけど、そのほうが彼女は会話がしやすいという。


「陽平のテスト、今日までだったっけ?」

 姉ちゃんが帰宅して、トイレから出てきた僕にそう話しかけてきた。

「そうだよ。休んでた授業の穴埋めみたいな感じで、まだこれからも補習とか追試みたいなの受けるけど」

 春先に僕は足の怪我と入院で授業やテストを受けられなかった日が続いた。

 症状が落ち着いてきた夏になって、その穴埋めを先生たちが段取りしてくれたのだ。

「そう言えばそうだったわね。まあいいわ、どんな問題だったのか見せてよ」

 言われて僕は、答え合わせが終わった英語の問題用紙を部屋から持ってきた。

 さっきまでゲームのチャットを使って、板垣さんの協力の下に答え合わせをしていたところだったのだ。

 板垣さんは英語も得意なようで、普段どれだけ勉強しているのかと頭が下がる。

「このテストって清美ちゃんが作ったやつ? 相変わらずわけのわかんない単語を文中に放り込んでるわね。答えを解くのになんの影響もないはずなのに、知らない単語が出てくるからパニックになるのよ」

 実は姉ちゃんも僕の高校を卒業している。

 そして一年生の頃、僕の担任である清美先生が受け持つクラスで委員長を務めていた。

 姉弟そろってお世話になっている縁があるのだ。

「真面目に勉強し始めてやっとわかったけど、清美先生のテストってすごく考えて作ってるよね」

 教科書的な基本問題に紛れて、冷静に読まないと問題の意味すら分からないようなトリッキーなものがいくつも隠れているのだ。実はドSなのかもしれない。

「そーね、受験向きって言うか。それに比べてさ、いくつかの問題集からそのまんま引用して終わり、なんてふざけたテスト作る教師もいたわ。そのことに気付いてからその教師の作るテスト、全部満点だったけど」 

 自慢うぜえ。


 姉ちゃんは勉強も運動も得意で、高校時代には陸上部のキャプテンを務めていた。生徒会長の経験もある。

 そのことに小さいころから劣等感のあった僕は、せめて運動だけでもと思ってバスケに打ち込んだ。

 プロになるとか全国優勝とか、正直自分がそこまでの選手でないことは自覚していた。

 それでも高校生活最後の夏の大会に向けて、一生懸命練習していたんだ。

 姉ちゃんは高校時代の部活動を、全国大会一歩手前で終えた。

 僕はそれをなんとしてでも超えてやるんだ、と。


 なんて愚痴とも弱音とも言える話を、ゲームに戻ってついブラドさんに漏らしてしまう。

 板垣さんは先に落ちていて、会話には加わっていない。

「……その人間、我の世界征服の野望に有益な駒となるか、はたまた強大な障壁となるか、ククク」

 この人に話すんじゃなかった。会話が通じないよ。

「ま、そういうわけで僕も勉強に集中するから、落ちますね」

「……少し待て。汝が心を開いて自己の懊悩をさらけ出したのだ。我もそれに応えよう」

 ブラドさんがそう言うと、僕のスマホがブルブル震えた。

 メールがブラドさんから僕に届いたのだ。本文はなく画像ファイルが添付されている。

 とりあえず開いて確認する。

「なんじゃこりゃ」


 そこには着流し姿の侍と、狼男にも見えるワイルドな、人物が、半裸で組んずほぐれつしているイラスト。


「なんじゃあこりゃあ!?」

 大事なことなので二回。思わず腹を撃たれた刑事のような叫び声を上げてしまった。

「これってどう見てもジェノハンで使ってる僕のキャラクターっすよね? そしてこの胸元の開いた青い着流しが似合うイイ男は明らかに板垣土下座衛門その人っすよね!? どこでこんなピンポイントな嫌がらせイラストが出回ってるんすか!?」

「我の手による」

「あんたが描いたのかよ!!」

 ダメだこの吸血鬼、腐ってやがる。ネット仲間をネタにしてBL描くな。

 いや、板垣さんの中身は女の人だけど。

 それにしてもこのイラスト、少女漫画と青年漫画の中間のような、繊細さと力強さを併せ持っている。

 認めたくないけどかなり上手い。

「ちなみに受け攻めの体勢や構図の意見を出したのは、板垣本人であるぞ」

「はいィ!?」

「そしてこの画像はイラスト投稿サイトにアップロード済みで、すでに見ず知らずの何十人かがブックマークしている。諦めることだな……」

「消せーっ! 今すぐに!」

 なんだろうこの、僕、汚されちゃった感は。

「……ククク、そう憤慨するな。なにが減るというものでもあるまい」

「そういう問題じゃねえっす。でも板垣さんって、自分では男キャラを演じているしBLも好きで、それでも現実には男が苦手なんすかねえ。そういうのよくわかんないんすけど」

「古来より言われ続けているではないか。それはそれ、これはこれ、と」

 知らねえよ。誰だよ言ったの。


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