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5話 暗躍する 狂気の 爪牙

 暑さから逃げるために場所を移動した僕たち。

 しかしどの店も満席で、コーヒースタンドのテラス席に落ち着いた。結局暑い。

 そこで土下座衛門こと板垣さん(苗字で呼んでほしいとリクエストされた)が言ったことは、僕の混乱を上塗りするという素敵な効果をもたらした。

「ブ、ブラドさんは、来ませんっ。私たちは嵌められたんです」

「なんですかそれ!?」

「はぅっ」

 思わず声を大きくして、板垣さんを驚かせてしまった。

 けれど、僕が大声を上げても仕方のないことだ。だってこのオフ会を召集したのはブラドさんなのだ。

 あの人が買ったジェノハンのグッズを、僕たちがこうべを垂れて恭しく賜るイベントじゃなかったのか。

 いらないんだけど。

「すみませんびっくりさせて。でもどういうことっすか、嵌められたってのは」

「……いえ。ええと、ブラドさんは、最初から私を独りでY平さんに会いに行かせるつもりだったんです」

 うつむき加減で板垣さんは続けた。

「あの人と私は同じ教育大の学生で、お互いに教師を目指しています。でも、私に大きな欠点があるのをブラドさんは知っているので、荒療治でそれを克服させようと思っているんです。それで……」

 ブラドさんが教師とか、それはひょっとしてギャグで言ってるのか。まあいい。

「欠点を克服って?」

「……はい。ありていに言うと、私は男の人が苦手なんです。そんなに深刻ではないんですけど。教師の採用も厳しい時代なのに、そんなことじゃダメだって」

 だから目を合わせてくれないのか。なるほど。

「それで僕とのオフ会に、一人で放り出されてしまったわけですか。慣れるためってことなんすかね」

「だと、思います。なんかごめんなさい、色々と」

 板垣さんの力になれるなら喜ばしいことではある。

 しかしブラドの奸計が原因だというのは、なんだか癪に障る僕であった。

「謝らないでくださいよ。板垣さんが悪いわけじゃないんだし。しっかし、いったいどんな人なんですか、ブラドさんって。まさかリアルでアレじゃないでしょう」

「え、ええと、それはまだ、秘密にしておけ、とのことです。ばらしたら私がひどい目に遭います……」

 なんか泣きそうになってる。どんな弱みを握られてるんだ!?

 ただ、実際に会って話したおかげでいろいろな疑問が解けた。

 板垣さんはネットで男キャラを演じているけれど、ボイスチャットを使うと女であることがばれてしまうから文字チャットを使っていたんだな。

「幻滅、しましたか?」

 小さい肩をさらに小さく縮ませて、板垣さんがポツリとつぶやく。

「なにがですか?」

「私、ネットでは気さくな風を装ってるのに、その、実際はこんなだから……」

 テーブル上の紙ナプキンをいじりながら、極小音量で話す板垣さん。

 確かにどこからどう見ても気弱な女の人である。

 笑うと前歯が光るような色黒のタフガイを想像していた僕としては、大いにギャップがあった。

「女性だってのはもちろん驚きましたけど。人生初のオフ会相手がおっかない人じゃなくて、安心したっす」

 なんだか、騙すような形で板垣さんに試練を与えたブラドさんの気持ちが、少しわかる。

 ネットでの振る舞いを見る限り、やっぱり板垣さんは善意の人なんだと思う。

 男が苦手と言いながら、僕を炎天下の中で待ちぼうけさせず、ちゃんとこうしてオフに来てくれたし。

 いい加減な性格の人だったら、このオフ会をすっぽかしているはずだ。

 ただ、リアルでは男が苦手で緊張したりオドオドしてしまい、上手く立ち回れないだけだろう。


「でも板垣さんは教師志望なんだ。僕どうもここ最近、勉強に身が入らないんすよね。足折って部活辞めちゃったんで、ホントはもっと勉強に熱入れないとダメなんすけど」

 会話の中。初対面の相手なのに、思わずボヤキが出てしまった。

「……怪我、大変そうですね。それで気晴らしかなにかで、ジェノハンを始めたんですか?」

 板垣さんの問いに、僕はその時の状況を思い出しながら答える。

「もともとパソコンは姉ちゃんのだったんす。でも怪我をしてからは僕の方が家にいる時間が長いんで、お下がりみたいな感じで僕の部屋に置くことにしたんすよ。その中にジェノハンがインストールされてて」

 姉ちゃんは気まぐれで買ったかなにかして、そのまま放置してたんだろう。

 だから僕はこのゲームのことがよくわからず、ログインしてもちんぷんかんぷんだった。

 そこを板垣土下座衛門と名乗るイケメン侍に助けてもらい、今に至るわけだ。

「こ、声をかけてみろって、最初に言ったのは、ブラドさんなんですけどね」

 素人をからかって遊びたかったからに違いない。実際そんな扱いだし、僕。

「板垣さんは、どうして男を演じているんです? なりきり遊びの一種なんでしょうか」

 今度は僕の方が、疑問に思っていたことを率直にぶつける。

「は、半分は、そうです。単純に侍キャラが好きなので。もう半分は、その、女性プレイヤーであることを正直に表明して遊んでいると、ネ、ネットナンパのようなものが……」

 そういうのあるんだな。相手がネカマだという可能性を考えずにナンパするんだろうか、その手の人たち。

「いろいろ大変なんですね……っと、どうかしました?」

 話の途中、板垣さんが道路の向こうを凝視していた。

 彼女の視線は、車道を越えたところにある大きなビルに向けられている。

「……あ、あのビルの二階にファミレス、ありますよね」

「ありますね」

 バスケの大会帰り、たまに使った店だ。

「窓際の席に、ブ、ブラドさんがいました。私が見てるのに気付いたみたいで、今はもう移動したみたいですけど。私たち、い、今まで観察されてたんです……!!」

「はぁ!?」

 血相を変えて自分のバッグから携帯を取り出す板垣さん。

 そして誰かに電話を掛けた。誰か、なんて想像は着くけど。

 しかし電話の相手は出ないらしい。

「……あー、もう! すみませんY平さん、私ちょっと捕まえてきます!」 

 ドタバタとあわただしく席を立ち、通りの向こうに走り出した板垣さん。意外と力強いストライドだ。

 取り残された僕はその様子を目で追いかけながら、アイスコーヒーの氷をかじっていた。

 

 最後の氷を噛み砕き、飲みこんだところで板垣さんが帰還。

「すみません、見失いました……」

 汗だくである。 

「な、なんか、Y平さん初めてのオフだって言うのに、こんなんで、本当に、ごめんなさい」

「いえいえ、楽しんでるっす、これでも」

 そんなこんなで、記念すべき人生初めてのオフ会を経験した僕であった。

 


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