4話 暴かれし 戦士の 素顔
しばらく経って、よく晴れた日曜日。
僕はいわゆる「オフ会」というものに参加するため、駅前の広場まで来てしまった。
そうなった事情はもちろん、ブラドさんが誘ってきたからなんだけど。
正直、ブラドさんに言われただけなら、僕はわざわざオフで彼らに会おうとは思わなかっただろう。
でも僕は来た。それはひとえに、次のような土下座衛門さんからのメッセージがあったからだ。
「実はブラドさんは俺の大学の先輩で、普段から世話になっている関係なんだ。俺はこんな急な話はどうかと思うんだが、強く断れない事情があってな。だがY平くんが、オフ会とかはちょっと、と言うなら、この話はもちろんなかったことになる。無理にあの人の話に合わせることはないぜ」
二人がリアルの知り合いだというのは聞いていたけど、どうやらかなり身近な相手で、しかも土下座衛門さんはブラドさんに逆らえないらしい。
承諾しても断っても、どちらにせよ土下座衛門さんには気を遣わせてしまうんだろう。
それならゲームを始めて以来、いろいろ面倒を見てくれてる二人に挨拶がてら、人生初のオフ会に参加してみるのも悪くないと思ったのだ。
高校の友人は大半がバスケ部の面子。だから彼らが練習している放課後や休日は予定が詰まっていない、というのも理由としては大きい。
特に日曜日は通院も基本的にないので、勉強くらいしかすることはない。いや、ホントは勉強しなきゃダメなんだけどさ。明日から本気出す。
「暑いなー。せめて待ち合わせ場所を屋内にしてもらうんだった……」
石でできた椅子型オブジェに座りながら、一人ごちる。
もともと住んでいる場所が遠くないことは知っていた。
なぜなら、ジェノサイドハンターのプレイヤー情報には大雑把な都道府県単位で、プレイヤーの現在地が表示されているからだ。
もちろんこの情報はプライベートに関するものなので、非公開にすることも、偽情報を書くこともできる。
僕はたまたまなにも考えず、バカ正直に自分の住んでいる県を書いていただけのこと。
そしてそれが、土下座衛門さんとの出会いにつながったのだ。
「たまたま同じ県のプレイヤーが、初心者丸出しのレベル1でウロウロ、ボケーっとしてたから」
ブラドさんと二人そんな話をして、僕に声をかけてくれたらしい。
困っている人を見捨てられない、義侠心のある漢なんだろう。
そんな経緯もあり、僕は彼を第一印象からある程度信頼していたので、会話の中で住んでいる街の話題を出したことが何度かあった。
あとで他人から聞いた話だと、そうやってネトゲでぽんぽんとプライベート情報を出すのはよくないそうだ。
それはともかく。
土下座衛門さんに会えるのは、正直なところ楽しみでもある。
その反面、どうせ会うなら僕が抱えている、今のどうしようもなく、自分で自分が情けない状況を乗り越えてから会いたかったとも思うのだ。
きっと彼は「ニカッ」という効果音の笑みが似合う、タフなナイスガイだと思う。
そんな彼とオフで会うなら、僕自身も心の底から屈託なく「ニカッ」と笑い返せるようなシチュエーションだったらいいなと、思っていたんだ。
「十分前か。土下座衛門さんはともかく、ブラドさん昼間に外出しても大丈夫なのかな」
目の前で灰になられても、どう突っ込んでいいのかわからないぞ。
暑さのせいでバーチャルとリアルが混濁気味だった。
「……あ、あの」
待ちながらスマホをいじっている間、なにか近くで小さい音、もしくは声が聞こえた気がする。虫だろうか。
まだ来ないのかな。時刻はちょうど。場所も間違いない。
メアドももちろん交換済みなので、遅れるなら連絡があるはず。
「その、えっと、すみませんっ」
二回目の声はちゃんと聞こえた。
「え、僕っすか?」
発したのは目の前にいる、日除けの麦わら帽子を目深にかぶった女の人だ。
白いサマーパーカー越しでも一目でわかるくらい、胸が結構大きい。ってどこを見ている僕。
身長、たぶん159センチ。バスケを長年やっていたからか、僕は他人の身長を誤差1センチくらいの範囲で目測できるという特技があるのだ。激しくどうでもいい。
「どうかしました?」
僕が見過ぎていたからか、彼女ははふいと僕から視線を外した。
きょろきょろして小声でなにか言っているけれど、聞き取れない。
「交番なら、駅の反対側っすよ。周辺地図は向こうのバス停近くにもあります」
こう答えておくのが安パイだろうか。
「わ、Y平さんっ!」
急に大声を出された。
その直後、彼女は顔を赤面させて、体をプルプル震わせた。
「……も、もしかして」
それ以上二の句が継げず、空いた口をふさぐことも僕はできない。
「は、はい。板垣です。板垣、土下座衛門です……」
頼りの兄貴は、女の人でした。
なにを言っているのかわからないだろう。僕にもわからない。
ネット社会にはびこる不思議の片鱗を味わった気分だ。