2話 凡庸なる 白亜の 学園
「陽平、ご飯できたからさっさと食べちゃいなー」
初夏の朝。ゲームで夜更かしをして寝不足気味の頭に、姉ちゃんの声が響いた。
這うようにしてベッドを出た僕は、のろのろと朝の準備をして食卓に。ベーコンエッグと食パンだ。
「また夜中までゲームしてたの?」
「……勉強しながらね」
姉ちゃんの問いに、小声で嘘をつきながら答える。
「どっちでもいいけど、あんまり無理するんじゃないわよ。今日はどうする?」
朝、学校まで車で送って行こうか、と姉ちゃんは聞いているのだ。
その必要はない、という意思表示に僕は軽く首を振った。
「最近暖かくなってきたおかげかな。痛みも軽くなった」
「そう。ま、無茶して悪化したら元も子もないんだし、気をつけな」
自宅を後にして、僕と姉ちゃんはそれぞれの学校に向かう。
姉ちゃんは隣の市にある大学へ。
僕はぎこちない足運びで自分の通う高校へ。
今年の春休み中のことだ。僕は交通事故で左足を骨折した。
原因の大半は自分がマヌケだったせい。
あれは本格的に春が来る前、冬の最後の悪あがきともいうべき寒波が町を襲っていた日だった。
僕は自転車で移動しているとき、路面の一部が凍っていることに気付かずブレーキをかけた。
そのまま自転車がスリップして、交差点に侵入してきた車に突っ込んでしまったのだ。
当たり方が悪かったから骨折したのか、むしろ運が良かったから死なずにすんだのか、混乱していたからよくわからない。
はっきり耳に残っていることは、松葉杖ナシで歩けるようになるまで二、三ヶ月かかるということ。
小走り程度のことができるようになるまで、早くても半年。
そんなお医者さんの言葉だった。
小さいころにバスケを始めて以来のあこがれだった「高校三年生、最後のインターハイ」を、僕は自分の不注意から諦めざるを得なくなった。
「山田くん、ちょっといいかな? 進路希望のことなんだけど」
帰りのHRが終わった時、担任である清美先生が僕を呼び止めた。
「……それなら、進学って書いて出した気がしますけど」
「そうなんだけど。もう少し具体的に県内とか県外とか、私立とか国公立とか、第一希望はどことか……」
僕がジト目を向けたまま黙っていると、清美先生の語尾が小さくなった。
いつも真面目で生徒想いの清美先生を困らせるつもりじゃないだけど、いかんせん寝不足で。
「わかりました。家族と相談して決めてみるっす」
「うん。他にもなにか困ったことがあったら、なんでも言ってね」
清美先生は僕が一年生のときからずっと、たまたま僕の担任に三年連続で当たっている。
だから僕が怪我をしたときもすぐにお見舞いに来てくれた。
高三の大会を諦めて、僕が部活を辞めたときには、本当に沈んだ表情をして。
いい先生なんだ。だけど今の僕には、その優しさがとても重い。
後ろめたい気分のまま、僕は重い頭と痛む足を引きずって下校した。
姉ちゃんが自分の貯金を切り崩して、中古の軽自動車を買ったのも、怪我をした僕を学校や病院に送り迎えするためだった。僕の親は共働きで朝が早いので、その代りに。
「別に陽平のためってだけじゃないわよ。大学のサークルとかゼミとかで車が必要なことも増えたし」
そんなことを言ってたけど、予算の都合で全然姉ちゃんの趣味じゃない車を買ったことを、僕は知ってる。
自分も大学とかバイトとかが忙しいのに、僕が怪我をしたせいで僕を中心にした生活リズムに変えざるを得なかったんだ。
清美先生も高校三年の担任は初めてらしく、授業に補習に進路指導に、加えて生徒会の顧問にと、いつもあたふたしながら仕事をしている。見ていてたまに痛々しい。
いろんな人に迷惑をかけながら、その人たちの期待と助力に応えられず、なんの希望も見出せない自分が、僕は嫌いだった。