表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

再認識

 それから二人は、アデルの自室へとやってきた。客間よりもゆっくりできるからだ。


 部屋に入って早々、セリスがアデルに頼みごとをする。


「すみません、アデル。服を貸してもらってもいいですか?」

「服? 構わないが……」

「ありがとうございます。アデルには一度、私自身を見てもらいたいなと思いまして」

「……そ、そう、か」


 アデルは思わず頬を掻いた。


(そういえば、セリスは女装と同時に魔術を使っていたんだった……)


 アデルはもともと男性的なこともあり魔術を使うことはないが、コルセットを使い胸を絞ってはいる。

 しかし、セリスは男だ。ある程度魔術に頼らねばいけないだろう。


(セリスがどんな感じなのかをみるのは、少しドキドキする)


 そう思いながらも、アデルはセリスに自分の服を貸した。そして寝室に案内する。


「着替えはここでやってくれ」

「ありがとうございます。少し待っていてください」

「ああ」


 ドアを閉めた後、アデルはそわそわしっぱなしだった。


(ど、どうしよう……心の準備が……!)


 座っていることもできず、アデルは部屋の中を行ったり来たりする。かつんかつんと靴が鳴る音がした。

 しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。セリスの着替えが終わる前に落ち着かなくては。


 なんとかソファに腰をおろしたアデルは、精神統一のために目をつむり気持ちを落ち着かせることにした。


(大丈夫、大丈夫大丈夫……どんな相手が出てきても、セリスはセリス)


 しかし可愛らしい姿のセリスがアデルにとってのセリスだったので、別の姿になったセリスを見たら動揺してしまうかもしれない。セリスの性別が変わろうと一緒にいたい気持ちは変わらないが、やはりアデルも人間である。表情に出てしまうかもしれない。


 だがそれは、セリスに対してとても失礼だ。


(そういうのが顔に出ないように、今から準備をしておこう)


 そう自分に言い聞かせていたときだ。かちゃりと、ドアが開く音がした。


「お待たせしました、アデル」


 聞こえてきたのは、低くて艶のある男の声。それは、キスされた際に聞いた声と同じものだった。アデルの緊張が一気に膨らむ。

 アデルは努めて平静を装い、そちらを振り向いた。


「セリス」


 そう名を呼び、セリスを見る。

 そこには、白皙の美男子がいた。


 すらりと伸びた手足なのに、肩幅はしっかりと男性のものだ。顔は女性だった際のようなまろやかさはなく、しゅっとしている。ウサギのように丸かった赤い瞳も、切れ長なものに変わっていた。


 アデルが貸した白シャツと黒のズボンも妙に似合っていて。襟から覗く首筋に喉仏があることを確認し、「セリスは男だったのだな」と認識してしまう。


 変わっていない点といえば、その柔らかな雰囲気と長く伸びた髪だろうか。しかしどこか色気があり、頭がクラクラしてくる。


 それを見た瞬間、アデルの心臓が早鐘を打ち始めた。


(え……セリス……なんだよな?)


 こんな美男子がとなりにいたとは思わなかった。思っていたよりも男らしい。

 思わず顔を逸らすと、セリスが首をかしげた。


「アデル?」

「……す、座ったらどうだ?」


 目を合わせないようにしながら、アデルはセリスにとなりに座るよう促す。それを聞いたセリスは、素直に従った。


 ぎしりと、ソファが軋むのを聞き体が緊張で固まる。


(ど、どうしよう……座るように言ったはいいけど、距離が近い……!)


 男性として生きてきたせいか。アデルは男性のことを異性として見るのではなく、同性として見てきた。そのせいか、特に何か思ったことがない。女性に対しても同じようなものだ。可愛らしいと思う心はあっても、触れたいといった恋愛的な感情を抱くことはなかったのである。


 しかし今回初めて、セリスを異性として。また自身の婚約者として意識してしまった。

 それもあり、自分でもどうしたらいいのか分からなくなっているのである。


 そんなアデルの心情を知ってか知らずか、セリスは笑った。


「アデルの服が入って良かったです。身長はあまり変わらないので、大丈夫であろうと思ったのですが」

「そ、そうか……なら良かった」


 顔を合わせることができず俯いていると、セリスが近づいてくるのが分かった。


「アデル。私のこと、見ました?」

「あ、ああ。もちろん」

「どうです?」

「それは……か、かっこいいなと。そう、思うよ」

「……本当にそう思ってますか?」


 ……え?


 そう口にすると同時に、とんっと押された。アデルの体がかたむく。

 気づけばアデルは、ソファの上に仰向け寝そべっていた。


 慌てて起き上がろうと思ったが、セリスが上に乗っかってきたため身動きが取れない。

 アデルの両手首を、セリスは片手のみで封じてしまった。力では敵わないことを悟り、アデルは驚く。


 見上げればそこには、美しいセリスの顔があった。

 心臓がひときわ大きく跳ねる。


「セ、セリス。何をして……」


 抗議の意味を込めてそう言えば、セリスは目を細めた。


「やはりアデルは……女の人なのですね。こんなに華奢だとは思いませんでした」

「それは……」

「そんなあなたに守られてばかりで。本当に情けないです」


 空いている方の手で、セリスはアデルの頬を撫でる。

 するとセリスは、ふふ、と妖しげに微笑んだ。


「ですが、アデル。これからはちゃんと覚えておいてくださいね?

 私は、男なのです。あなたの婚約者なのです。近いうちにあなたと夫婦になる者なのです」

「それが、どうしたというのだ……」


 頬が赤くなることを自覚しながら、アデルはきゅうっと眉を寄せる。

 そんなアデルを見下ろしながら、セリスは目を細める。その瞳が獣のようで、アデルは背筋がゾクゾクするのを感じた。


(誰だろうか、この人は)


 アデルの知っているセリスではない。

 なのに、どうしてこんなにも心が揺さぶられるのだろう。

 セリスが男だからだろうか。いつもと違うからだろうか。

 いや、そんなことではないはず。


 混乱するアデルに向けて、セリスはそっと口づけを落とす。それから、耳元でそっと囁いてきた。


「アデルを女として見るのも。アデルと結婚できるのも。これから先、いろんなあなたを見るのも。すべて私だけ。そうですよね、アデル?」

「セリ、ス……」

「ああ、アデル。今までどうして気づかなかったのでしょう……あなたは本当に可愛らしい」

「ん、うっ!?」


 先ほどよりも深く口づけをされ、アデルの肩が跳ねた。舌と舌が絡み、背筋がビリビリと痺れていく。


(こ、こんなの、しら、ない……)


 頭にモヤがかかるのを感じながら、アデルはそう思った。今まで知らなかった女としての感情が、じわじわと胸に染み込んでくる。それが、アデルは嫌ではなかった。


 そう、だってこれは、セリスにだけしか見せない自分。

 セリスのことが好きで好きで仕方がない、アデルなのだから。


 好きであることを許された気がして、アデルの頭の奥が痺れていく。そのせいか、自分からも舌を絡めた。


 今までの思いをぶつけるかのように口づけを交わしていた二人は、しばらくすると口を離しともに横になる。

 セリスのことを眺めていたアデルは、笑いがこみ上げてくるのを感じ肩を揺らした。


「ふふ……あは、あはは」

「……どうしたのですか、アデル?」

「いや……セリスを好きになってもいいのだと、そう許された気がして。すごく、ホッとした」

「私は、性別なんて関係なくアデルのことが好きでしたよ?」

「私も好きだった。セリスを困らせるから、言えなかったが。それでも……隠し事があるのとないのとでは、全然変わるのだな、と。そう思ったのだ」

「それは、そうですね」


 頷くと、セリスはアデルのことをぎゅっと抱き締めてくる。


「だったらこれからはもう、遠慮しなくていいんですね」

「……そうだな」

「皆の前でべたべた触れても?」

「……節度があるなら許そう。うん」

「その言葉、忘れないでくださいね? 私だけのアデル」


 セリスの言葉を聞きながら、アデルはずるいなーと思ってしまった。


(たった一言なのに、私の心をこんなにも掻き乱してくるなんて……ほんと、ずるい)


 ぎゅっと目をつむりながら、アデルは口を開いた。


「セリス」

「なんです?」

「これから先、何があっても一緒にいよう」

「……もちろん。もう二度と、婚約破棄したいなんて言えないくらい愛します」

「それは……少し怖いなあ」


 セリスの心臓の音を聞きながら、少しだけ笑ってしまう。




 アデルはその日初めて、自分が女であることを自覚した。

 それが幸せだと思えたのは――おそらく、セリスのおかげなのだろう。


 そう思いながら。

 男装貴族は、幸福な時間を過ごしたのだった。

本編完結。

番外編数話(今のところ3話を予定)挟んだ後、最終話に移ります。

番外編は過去話です。どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ