事実確認
「……どういうことですか。父上」
「ま、まぁ落ち着いて。アデル」
「落ち着いていられますか……!」
セリスの爆弾発言があった後、アデルは父親を客間に呼び出した。
アデル同様の色彩を持った父は、凄まじい剣幕のアデルにたじろぎながらもハハハ、と笑う。
そんなエルヴィンス候を責め立てるように、セリスがにこりと微笑んだ。
「エルヴィンス候。私も聞きたいのですが」
「もう少し後が良いと思っていたのですが……分かりました。お話します」
アデルとセリスの向かい側に座ったエルヴィンス候は、一つ息を吐くと話を始めた。
「この婚約はもともと、性別が逆転していることを前提に結ばれたものなのです。セリス様のお母上であられる第二王妃様から、持ちかけられたお話でした」
「母が?」
「はい。第二王妃様は、王の横暴さに巻き込まれたお方です。そのため、男児を生みたくなかったのだとか。セリス様に女装をさせたのは、王位継承権を放棄させたかったからだそうです」
それを聞き、アデルは「強かな王妃殿下だな」と思う。前々から思っていたが、今回その思いがさらに強まった。
それからも、エルヴィンス候たる父は淡々と話を進める。
曰く、第二王妃はもともと女官を目指していた者らしい。そのためとても聡明だった第二王妃を見初めたのが、今の王というわけだ。
しかし、第二王妃はその王にちっとも好意を抱いていなかったのだとか。それに腹を立てた王が無理矢理関係を結んだ結果子ができてしまい、結果として王妃になることになってしまったようだ。
子が生まれたとき、第二王妃は焦ったそうだ。
なんせその当時、第一王妃には王女しかいなかったのだ。このままではセリスが王位継承権第一位を得ることになってしまう。そうなれば、第一王妃に面目をつぶすだけでなく、命まで危ぶまれてしまう。
そう危機感を抱く程度には、第二王妃の扱いは悪かったようだ。
実際、今第一王妃の座に就いているのは、裏で悪事を働いていると言われている侯爵家の娘である。子ができたという段階で、何度かちょっかいをかけてきていたらしい。
身の危険を感じた第二王妃は、セリスを女として育てることにした。
幸いというべきか、セリスには魔力があった。姿を変えることができる魔術を使えば、なんとかなったようだ。
しかしそれでも不十分だと思った第二王妃は、第一王妃とは逆の派閥に入っているエルヴィンス候に助力を求めた。
それが、アデルとセリスの婚約理由らしい。
性別逆転だということは、婚約を結ぶ前に互いに明かしたそうだ。
性別を隠し続けたい第二王妃と、世継ぎが欲しいエルヴィンス候の利害が一致し、今に至るということであるようだ。
そこまで聞いたアデルは、思わずセリスを見てしまった。アデルの視線に気づいたセリスは、にこりと微笑む。
「そうですね。毒物が入っていることは何度もありました。アデルの婚約者に選ばれてから、そういうのも減りましたが」
少女の声でそう言うセリスを見て、アデルは眉を寄せた。
「すまない……私は、何も知らなかった」
「いいんです。私も、知って欲しくありませんでしたから」
「だけれど……」
「アデル。あなたが悪いわけではないのですから、そんな顔しないでください。ね?」
「……分かった」
二人のやり取りを見ながら、エルヴィンス候は言う。
「というわけなので、性別に関しては同意の上での婚約なのです。外に出る際は窮屈なままですが……屋敷の中でしたら、自由にしてくださって構いませんので」
「良いのですか? 父上」
「ああ。事実を知った今、そこを変える必要もないだろう。……すまないな、アデル。お前には苦労ばかりかける。親戚問題さえなければよかったのだが……」
それを聞いたアデルは首を横に振る。
「その件に関しては、私もよく分かっています。彼らに、侯爵家の主導権を握らせてはいけませんから」
アデルは、自身の親戚たちに問題が多いことをよく知っていた。アデルに対しひどい物言いをしてきた従兄弟を、完膚なきまでに叩きのめしたこともある。
甘い汁をすすっていたせいか、貴族がなんなのか忘れているのだ。民を苦しめる貴族など、いらないのだから。
その親戚をどうにかしようと、父が動いていることも知っている。だから、男装を続けることを嫌だとは思わなかった。
なんだかんだ言って、楽しいのである。ドレスに憧れることはあったが、男装は楽でいい。剣術や魔術を習うのも好きだ。不満はない。
不安要素であったセリスの幸福も、アデルが叶えられると知った今、懸念すべきことは第一王妃とエルヴィンス家の親戚くらいだった。
頭が現状を理解し始めたせいだろうか。じわじわと、胸に何かがこみ上げてくる。
アデルは思わず、口元を抑えてしまった。
(どうしよう……すごく嬉しい)
まだまだ気にしなければならないことは、山ほどある。しかしこれからもそばにいられると分かった今、喜びのほうが溢れ出したのだ。
セリスが男だとか、そういうのは正直どうでもいい。性別が女であったとしても、アデルはセリスが好きだったろう。
ただ自分が正常な感覚でセリスに好意を抱いていたと知り、なんだか気恥ずかしくなる。
そんなアデルを見て、セリスはにこにこと笑った。
「どうしたのです、アデル」
「いや……セリスと離れないと分かって、嬉しくて」
「私も良かったです。アデルがあんなこと言い出したときは、どうしたものかと思いましたが」
「それはわたしも同感だな、アデル。いや、この年齢になるまで、言わなかったわたしも悪いが」
「それは……だって、セリスの幸せを潰してしまうと思ったから……」
セリスだけでなく父親からもそう言われ、アデルはむくれる。そんなアデルの手を、セリスがそっと掴んだ。
「それはわたしも同じです、アデル。いつかは打ち明けなければいけないと思っていましたが……あなたと過ごす時間を少しでも引き伸ばしたくて、言わずにいたのです」
「セリス……」
「ですが、良かった。アデルがそう言ってくれて」
セリスが柔らかく笑う姿を見て、アデルの頬が赤くなる。こう言ったらなんだが、とても可愛らしかった。天使だろうか。
そうやって二人で見つめ合っていると、ゴホンという咳払いが聞こえてくる。アデルはハッとした。
見れば、アデルの父が気まずそうに目を逸らしている。
「えーあー……そういうのは、わたしのいないところでやってくれ」
「も、申し訳ありません、父上……!」
「いや……娘が幸せそうで、わたしは嬉しいよ」
エルヴィンス候はそう笑うと、スッと席を立つ。
「積もる話もあるだろう。ゆっくりしてくれ」
そしてそう言い残すと、部屋を去っていった。