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紫の休日:魔猫のめし処

 二度目の紫の日の昼食は、第十班全員が揃って外食をすることとなった。リュウトの強引な勧めで決まったその店は、街の北側、独立第一魔法師団から見て西側に位置していた。灰色の建物ばかりの通りにひっそりと溶け込む、一見しただけでは飲食店とは気づかないような造りだ。店の名前を〝魔猫のめし処〟といった。


「リュウトはいったい、いつこんな店を見つけたんだ?」

「工房課のモルヴィラが穴場と言っておったのう」

「俺、あんまり金持ってないんだけど……?」


 休日ということもあり、女性陣の服装はいつもと違う。ラララルウナは格子柄の上着と短いズボンを粋に着こなし、フィオメリカもかっちりとした形の膝丈ワンピースに長い脚を強調するような細身のブーツを履いている。現代日本を知るリュウトには珍しくもないが、ディルガとヴァルエスには少し刺激が強すぎるようだ。


 昼の混雑時を避けたので店の中は空いており、五人は他の席からは見えにくい柱の陰の席を選んだ。出窓にまるまる肥え太った錆猫が鎮座していたので、リュウトはさり気なくディルガをそちら側へと押し込んだ。


「ラララルウナはお守役は置いてきたのか?」

「うむ、ツィレリスは口煩いんでな、こっそりフィオメリカの部屋に移って撒いたのじゃ。のう、フィオメリカ?」

「あ、ああ……私の部屋は元々、二人部屋だからな。昨日は女子二人、相部屋で過ごしたのだ」


 部屋に押し掛けてきたラララルウナにフィオメリカは随分と振り回されたようで、服を見立てたのもラララルウナなのだ、と力無く微笑む。

 そんな会話をしていると、突然、ディルガが大きな声で叫んだ。


「わぁ! なんだ、これ! びっくりしたぁ!」

「駄目よミミュル! 降りなさい! こら!」


 窓際にいた猫がディルガの膝の上に飛び降りてきたのだ。注文を取りに来た店員が、慌ててディルガの膝の上から猫をはたき落とす。今度はその顔を見て、ディルガがまたもや驚きの声を上げた。


「あれ? リィリェだよね? なんでこんなところにいんの?」

「久しぶりね、ディルガ。ここはあたしたち夫婦の店なのよ。うふふ、リュウトったら意地悪して教えてあげなかったのね?」

「夫婦……? リィリェ、結婚したの? 嘘だろ……」


 みるみるうちに悄然とするディルガ。リュウトはディルガの姿に先日の自分を重ねあわせ、半分情けないような、半分は溜飲が下がったような妙な心持ちになった。

 昼の料理は肉と魚の二種類の選択肢しか用意されていなかった。ラウデリアでは魚料理は珍しく、魚料理を選んだのはリュウトだけだった。


「この猫って巨猫亭のマルルの兄弟か?」

「うちの看板娘のミミュル。マルルの娘よ。母娘揃って食いしん坊なのよ」

「それじゃ、魚を取られないように気をつけなきゃな」

「猫は魚なんか食わないだろう?」

「南の漁港の猫は食べるらしいわね。でもうちのミミュルはお肉が専門よ」


 料理が来ると、リィリェの言葉通りにミミュルは肉を注文した四人の皿を順に狙ったが、リュウトの皿に興味を示すことはなかった。魚料理は素揚げした魚に酸味のある野菜の餡を絡めた南蛮漬けに似たものだった。


「食事中に行儀が悪いかもしれないが、早速に話を始めよう」

「うむ、軍人が時間を無駄にすべきではなかろう」

「そもそも平民には行儀なんて関係ないさ」


 いつもの通り、ヴァルエスが会話の流れを仕切る。話題は班別対抗模擬戦についてだった。予備訓練も基礎的な内容は三週目までとなり、その集大成として魔獣討伐の模擬戦を行うのだ。


「実施要項は既に目を通していると思うが、取り敢えず概略を説明しよう。まず日程は来週の碧の日。つまり準備に費やせるのは今日を入れて五日だ。場所は魔法支援部門の演習場。用意された三種類の魔獣を討伐する速さを競い、仕掛ける側と討伐する側の攻守に分かれて対戦する形式だそうだ。つまり各班、攻めるのと守るのと二試合することになるな」

「ん? 十班あるんだから対戦相手は九つだろ? ええと、攻守交替で各班十八試合……って、いくらなんでも多過ぎか」

「リュウトの言う通りじゃ。すべての対戦を組んだらいくら時間があっても足りぬ。勝ち負けを決めるのが目的ではないから、攻守の双方を体験すれば良いという判断じゃ。尤も所要時間の差し引きで、結局、順位はつけることになっているがのう」


「攻守の攻はわかるけど、守備って何をするの? 魔獣を守るってわけじゃないよね?」

「守備側は魔獣を選択して召喚魔法陣を仕掛ける。それから攻撃側に対する妨害も許可されておるのじゃ」

「妨害は許されているが、銃や剣による攻撃は駄目だそうだ。召喚した魔獣に過って襲われた場合に備えて銃剣の携行自体は許されているが、人間相手に使ってはならない。魔法による攻撃も不可と書いてあるな」

「ということは妨害行為もその対処も素手による格闘ということになるのだろうか?」

「銃や剣による攻撃に限定してんなら、魔力は通さずただの鈍器として使うのはありなんじゃないか?」


 リュウトがヴァルエスの持つ要項を取り上げ、くるくると丸めて棒状にして振ると、フィオメリカもディルガも虚を衝かれたような顔をした。


「ほう、なかなか面白い考えじゃのう。うむ、銃や剣での攻撃と明言しているのじゃから、鈍器としての使用は問題ないはずじゃ」

「銃や剣とあれば武器全般と解釈してもおかしくない。ラララルウナは訓練兵の立場で参加するのだから、審判に駄目と判断されたらおしまいだ。敢えて危険を冒す意味はないだろう」


 規則と秩序を重んじるヴァルエスが正攻法を推めるのに対し、監督側の立場も兼ねているはずのラララルウナは平然と抜け道を認める。正式な訓練を受けたことがないからこその発想かもしれないが、戦場でわざわざ自ら取り得る選択肢を狭める必要はない。少なくともそういう考え方があると憶えておいて損はないはずだと、リュウトは思う。


「でもさ、すっごい強い魔獣……災厄級とかじゃなくてもさ、今の俺たちじゃ魔獣熊とか魔獣獅子とに勝つのは難しいよね? 守備側のほうが絶対に有利になんないかな?」

「その辺りは一応は考慮されているようだ。魔獣の種類は三種類で、大きさは中型以下に制限されている。つまり獅子とか虎はあるかもしれないが、大熊は駄目ということだな。それと最低、一種類は群れを作る魔獣を入れろとあるから、これは必然的に虫などの小型になるんだろうな」

「そもそも召喚陣自体はは教官側で用意するのじゃ。訓練兵の力量で倒せないほどの討伐難易度の魔獣は申請時点で却下されるじゃろう」


 ラララルウナの補足に、あからさまにほっとした顔を見せる十班の面々であった。だがそれだけで不安や疑問が解消されるわけでもない。

 魔法陣は召喚用の三種類に加えて、攻撃用の魔術具も申請すれば利用できることになっていた。記述魔法の知識は無くとも魔力さえあれば使えるのが魔術具なのだ。その一方で、詠唱魔法の使用は、事実上、不可能であった。


「ラララルウナはともかく、私はまだ詠唱魔法の発動呪文は知らない。ヴァルエスは知っているかもしれないが、他の詠唱士候補も大半は知らないだろう」

「つまり今回の目的は無魔法の時点で集団戦法に慣れておけということだろう。作戦については心配ない、これでも僕は父や兄から集団戦についても学んでいるからな。任せてくれたまえ」

「ほう、それは頼もしいのう。(われ)は単独での討伐ばかりしてきたから、正直、あまり集団戦は得意ではないのじゃ」

「幼くして単独討伐の技量を認められたということか。さすがはパディヴァヌス家の若き天才だな」

「ううむ……というよりは誰も吾と組みたがらないのじゃ。吾と一緒だと不慮の事故に遭うものが多くてな。〝不運を招く姫騎士〟などという有り難くない二つ名もついておる」

「不運を招く……?」


 ラララルウナの二つ名を耳にしたフィオメリカは、ぴくりと肩を震わせ軽く眉根を寄せて考え込んだ。しかし真横に座るラララルウナは、その様子にまるで気づいていない。


「魔法が使えるんだったら、作戦は自然と決まっちゃうだろうにね」

「設計士が罠を作り、供給士が仕掛けて、詠唱士が攻撃する。これが討伐の基本だろうな。だが使えないものは仕方ない」

「しかし、うちの班は部門ごとの人数比が出鱈目だよな。なにしろ貴重な詠唱士が三人もいるんだからな」


 初日のツィレリス補佐官の説明では、各部門の候補者が必ず含まれるように班分けしたはずである。実際、他班は支援部門が二人または三人に記述部門がひとりか二人で、詠唱士候補はひとりに限られている。供給士候補がディルガひとりしかいない第十班の構成は異常でしかない。

 リュウトの投げ掛けたこの疑問に、ラララルウナもヴァルエスも苦い顔をした。


「第十班は、なにかしら複雑な事情を抱えている者が集められたと父には聞いている」

「吾もフィオメリカも今季の成人能力検査を受けておらぬ。ヴァルエスの場合は、名門カッリジョルド家の子息ということで、特別扱いされないように隔離されたのじゃろう。要は問題の種になりそうな者、余り者が集められたということじゃ」

「え? じゃ、俺は? 俺とリュウトは単なる平民だよ?」

「半端者が都合よく五人集まるとは限らないから、埋草みたいなもんだろ」

「リュウトもどこぞの名家の代理人とやらから圧力があったと聞いたが……」


 ヴァルエスから不思議そうな視線を向けられたリュウトは、まるで心当たりがないと憤る。だが次の瞬間、縁を切った兄の存在を思い出し、苦い思いとともに言葉を呑み込んだ。


「なんだ、じゃあ正真正銘、巻き添え食らったのは俺だけ?」


 不満そうに頬を膨らませるディルガに、漸く皆の顔にも笑みが戻った。

 そこからは全員が食事を終えて満足するるまで、戦い方に関する討論が続けられた。


「結局、群れを作る魔獣には魔法陣で、それ以外には銃剣で対処するのが基本戦術であることに変わりはないのか」

「そうじゃな。ヴァルエスの提案のように、魔獣の種類でさらに細分化して攻撃陣形を複数用意するべきじゃろう」

「陣形のどの位置に誰が来ても動けるように、幾度も練習を重ねる必要があるじゃろうのう」


「で、こちらが選ぶ魔獣の候補は、この八種類でいいな?」

「最終的な判断は、来週の訓練で対戦相手の得手不得手を見極めてから、じゃな」

「朱の日に詠唱部門の下級詠唱士による模範試合があるそうだ。それも参考にしようではないか」


「攻撃用の魔術具も必要なものを選んで申請しなければならないな」

「一覧表を見ただけで、使い方もわからないのに選んで大丈夫であろうか?」

「吾に良い考えがある。食事が終わったら、吾と共に来るが良い」


 食後の茶を飲み終えると、紫の日にはまた訪れることをリィリエに約して、一同は店を出た。

 看板娘だというミミュルは彼らを見送りもせず、奥の座席の客にすっかりと餌付けられていた。その男がツィレリス補佐官であることに気づいた者は誰ひとりとしていなかった。

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