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戦闘訓練

 兵役が始まって最初の休日である紫の日、慣れない体錬に座学にと疲れ果てた新兵たちの誰ひとりとして外出して遊ぶ気力は残っていなかった。

 そして座学の教官の予告通り、翌週から戦闘訓練が始まった。


 二週目に入っても基礎体錬の内容は変わらず、朝一番は詠唱、記述、支援の各部門の演習場を周回する持久走だ。訓練開始当初は毎朝三つの演習場を三周ずつが日課だったが、身体が慣れるのに合わせて罰則とは別口で夕方の訓練終了前の周回が追加されている。


 武器を使用しない格闘訓練は前の週の碧の日から既に開始していて、簡単な組手が行われている。定まった技や型があるわけではなく、蹴ったり殴ったりしても、あるいは文字通り組みついても構わない、素手での格闘という一点だけが決まりの単純なものだ。

 当初、四人だった第十班は体格順にヴァルエスとリュウト、ディルガとフィオメリカで組んでいたが、指導教官からは強いのはヴァルエスであり、巧いのはリュウトであると評価された。特に投げ飛ばされたり突き飛ばされたりしたときのリュウトの身の処し方は素晴らしいと賞賛された。杉村龍翔が中学の授業で受け身を練習した記憶がリュウト・オルディスの肉体にも影響したのだろうとリュウトは考えている。


 すっかり得意になったリュウトは、先輩気取りでラララルウナと対戦して、あっさりと手首を捻られ転がされた。「訓練は受けてないが、実戦で鍛えられたからの」というのが彼女の言い分であった。

 その後、ラララルウナはフィオメリカと女性同士で組んでいる。ラララルウナの強さは本物で、小柄なディルガだけでなく、体格に優れるヴァルエスでも勝負にならなかったからだ。フィオメリカも決して組手は得意ではなかったが、同じ女性であるラララルウナと組むのを歓迎していた。女性であるフィオメリカの相手はやり難いと零していたディルガもまた安堵した。

 男性陣は奇数の三人となったので交替で対戦するか、他班は元から奇数なので、余っている者同士で組んだりしている。


               ○◎●○◎●


 武器の扱い方の指導は、組手と同じく魔法支援部門の演習場の片隅にて行われた。

 初日は魔獣を使わず藁苞を相手に基本的な武器の使い方を学ぶという。演習場に集められた新兵たちは、教官や助手の指示で人の背丈ほどの藁苞を何本も並べさせられた。


 魔法軍の制式武器は銃剣であった。ただし形状は銃にも剣にも似ていない。短剣より少し長めの、一見したところ握りのついた真っ黒な棒状の武器だ。杉村龍翔の認識では、大きさも形も特殊警棒によく似ている。重さは鈍器として十分に用を成す。

 銃と名はついているが棒状の部分は筒ではなく、剣だというのに刃も鞘もついていない。その代わりに、棒の全体に魔法陣がびっしりと刻まれている。


「ラウデリア魔法軍兵士たる者、己の魔力を以って戦うことを本分とすべし。ラウデリア国軍兵士たる者、武器を取り己の身を以って戦うことを厭うべからず。この二つの理念を満たすために魔法軍制式銃として選ばれたのが、この魔力供給切替式銃剣併用型武器です。

 自らの魔法だけで敵と戦う能力を持つ詠唱士の中には武器に依る攻撃を軽んじる者もいますが、それは大きな誤りです。詠唱士の魔力による強大な攻撃は作戦対象たる大型魔獣や、敵の主力部隊にのみ向けられるべきもの。群がる眷属魔獣や戦線を突破してきた敵兵を捌くには、こういった直接攻撃が可能な武器のほうが相応しいのです」


 武器取り扱いの教官の背はあまり高くなく、貧弱とまではいかないがかなりの痩身だった。鮮やかな朱色の髪は丁寧に整えられ、細縁の眼鏡を掛けた姿は武人というより学者然としている。文官寄りの印象だが、意外にも上級詠唱士であった。尤も体力や武力よりも魔力や魔法知識が重んじられる魔法軍に於いては、こういった類の人物も決して珍しい存在ではない。


「銃と剣は、このように魔法陣を起動することで切り替えることができます――」


 教官が手慣れた様子で黒い棒を取り回すと、半透明な銀色に光る刃が現れる。細身ではあるが刺突剣ではなく斬撃用で、教官の無造作なひと振りで藁苞の先端が斬り飛ばされた。

 もう一度魔法陣を撫でれば、今度は剣身部分が黒い筒状に変化し、柄は一気に太くなり肩に当てる銃床になる。引き金らしき装置はないが、銃床の一部には微細な魔法陣が刻まれた突起がついている。その突起を教官の指が軽く握ると、鈍い音がして残りの藁苞の上半分が弾ける。


「銃弾は自動的に供給されますが、生成の魔法陣によって銃身を削って産み出していますから、使用した銃弾分の補充が必要になります。万が一、戦闘中に魔力の使い過ぎで銃弾が補給できなくなったら――」


 銃を元の黒い棒状に戻し端を両手で捻ると、中から仕込杖のような短い金属の刃が出てくる。教官はそれを残っていた藁苞の天辺にぶすりと突き刺した。


 訓練兵たちは教官や各班の指導担当の指示の下、まずは銃と剣および魔力無しの状態での仕込み剣の切り替えを練習した。銃弾を発射したり、剣の切れ味を試すようなことはまだしない。

 武器の取り扱いというよりは簡単な魔術具の練習の感覚であり、この段階で戸惑ったり操作できないような訓練兵はいない。


 藁苞相手の攻撃訓練では、ディルガやフィオメリカのように小柄で非力な兵は、斬撃が弱いと何度かやり直しを命じられていた。

 銃については、初日は至近距離からの魔力を使った発射訓練のみであって、遠くの的を狙う射撃(・・)は必要とされなかった。ヴァルエスのように個人で剣術を習えるような階層の出身者ですら射撃経験のある者は少なく、誰しもが初めての射撃に不安を抱きながらの訓練となった。


 問題だったのは、射撃自体よりも、二日目から始まった魔獣相手の訓練であった。ひとりずつ順番に、弱い魔獣を退治するという課題が与えられたのだ。


 最初は蛙の魔獣であった。教官助手が記述魔法で召喚した、猫ほどの大きさもある巨大蛙を、銃を使って撃ち殺せというのだ。

 濃緑に毒々しい黄色の斑点を持つ魔獣蛙は、ぐずぐずしていると毒液を吐きかけられたり氷魔法で攻撃されるので、皆、嫌な顔をしつつも躊躇いはしなかった。


 だが次の魔獣鼠に対して、魔力による剣で斬るなり突くなりして殺すことが要求されると、そう簡単にはいかなくなった。

 魔獣とはいえ温かい血の通った生き物を殺すのは、虫や蛙に対するよりも心理的な抵抗は大きい。中産階級以下の生まれなら害獣である鼠や魔獣鼠の退治経験を持つのも珍しくはないが、普通は薬品や罠を使ったり魔術具に頼るもので自らの手で命を絶つことはしない。特に、平民育ちのリュウト・オルディスはまだしも、杉村龍翔は強い忌避感に苛まれた。


「や、やあ〜! え、えぃぃぃ!」

「魔力を流すのを止めてはいけません!」


 代表して全員の前で実演させられた訓練兵は、情けない声を上げながら剣を突き出したが、魔獣鼠には剣先すら届かなかった。魔力を途切れさせてしまうから剣先が消えてしまうのだと教官が繰り返し注意を与える。どうにか通常よりも短く細い刃で斬りつけることに成功したが、魔獣鼠の紫がかった背中にかすり傷を負わせたところで、ふらふらと倒れてしまった。


「魔力切れですか? 魔石で補給したらどうですか? それとも血が怖いですか? まあ、いいでしょう。では代わりにそこの紅色の髪のあなた、デュラレネル訓練兵、やってごらんなさい」

「教官殿、僕がやり――」

「彼女が倒せなければ、カッリジョルド訓練兵、次は君を指名しましょう」


 教官に指名されたフィオメリカは、軽く手を振りヴァルエスを押し留め、立ち上がった。微かに頬を引き攣らせてはいるが、それは飽くまでも上手くできるかを案じた故であり、怯えや躊躇いによるものではない。その証拠に軽く手を震わせながらも、しっかりと魔力の刃を形成することに成功したフィオメリカは、「やあっ!」という短い気合とともに一突き、あっさりと魔獣鼠を倒してみせた。


「す、凄い……」

「女の癖に……」

「ひとりでやったわけじゃない。前のやつの一撃が致命傷だったんだ」


 少女が一撃で魔獣を屠る姿を見て、訓練兵の多くは賞賛の念を抱くよりも嫌悪を覚えたり業腹に感じているようだった。第十班も、男性陣は複雑な面持ちであるが、同性であるラララルウナは特にフィオメリカに与するわけでもない。

 教官はそんな新兵たちの動揺など一顧だにすることなく、班毎に順番に全員が実技をこなすように命じた。


 難癖つけはしたもののフィオメリカの成功を目にしたからか、他の訓練兵たちも一撃は難しくとも数回の突きや斬撃で倒し始めた。

 ヴァルエスがフィオメリカが助けを借りずに成功したことに衝撃を受け固まっている隙に、ラララルウナは微塵の躊躇いもなく魔獣鼠を一刀両断した。ヴァルエスも慌ててそれに続いた。


 周囲が次々と成功していく様子に、リュウトは漸く逃げられないと諦め、覚悟を決めて立ち上がった。魔獣鼠は毛色こそ不気味な紫色だが、犬猫ほどの大きさなので、リュウトには愛玩動物のように見える。それを殺すのだと考えると身動きができなくなりそうで、魔力の刃を造り出すことにひたすら集中する。

 魔獣鼠の位置だけ目視で確認するとリュウトは視線を逸し、頭の中の記憶に従って勢い良く剣を突き出した。

 皮と肉をずぶりと刺し貫く感触に目を開けると、白目を剥いてひっくり返った魔獣鼠の姿がまともに目に入る。あまりの気持ち悪さに身を引こうとしたリュウトだが、剣が魔獣鼠の身体に深く刺さってしまっている。


「ぬ、抜けない……。えっえぃ!」

「慌てるな、落ち着け、リュウト!」

「ど、どうして……!? なんで抜けないんだよ!?」


 恐慌状態(パニック)に陥りかけたリュウトは、剣先に魔獣鼠がささったまま剣を持ち上げようとして、さらに慌てふためくこととなった。それを宥めて的確な忠告で救ったのは、ラララルウナと教官だった。


「リュウト・オルディス、肩の力を抜け! 息を吐き出すのじゃ!」

「オルディス訓練兵、落ち着いて剣に魔力を流すのを止めなさい。魔力が止まれば抜けます」


 言われた通りにリュウトは深呼吸をひとつして、止めどなく流れていた魔力を止めた。それによって魔力の刃が消えると、剣先にぶら下がっていた魔獣鼠の骸はぽとりと地面に転がり落ちたのだった。

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