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発声の記述魔法(1)

・サブタイトル変更

・誤記訂正

 軍食堂で昼食を済ませ再び魔力板乗りの練習に演習場に戻ろうとするフィオメリカを、リュウトは強引にスタキーノ工房へと引っ張ってきた。彼女にはひとりでの練習は時期尚早と考えたのと、身体を動かしていないと己を責め続けてしまいそうな彼女の精神状態に不安を覚えたのが理由だ。


「だからなんで儂のところに面倒を持ち込むんだ、小僧!?」


 スタキーノ工房の親方であるスタキーノはドワーフも斯くやという強面である。その彼が髭面を震わせ怒鳴り散らしてもリュウトは意に介さないが、面倒事の当事者であるフィオメリカには堪えたようだ。濃緑色の瞳に涙を滲ませ、長身を折り曲げるように縮こまっている。

 その様子をドマシュが静かな眼差しで、じっと見詰めている。


「ルフラ詠唱士が斃れたのは、未熟な私に感けていたからであります……」


 屍霊討伐にはドマシュを頂点とした三角形の陣形で臨み、フィオメリカはその一翼を担うルフラ詠唱士の配下であった。ところがルフラが女であるフィオメリカを甚振るのに夢中になり、フィオメリカ以外は全滅した。それにより作戦が崩れ討伐隊自体が壊滅したのは、自分のせいだとフィオメリカは己を責める。


「るふらヲ選抜シタハ討伐戦闘課長ノじゅがるデアリ、ソレヲ受ケ入レタノハ私ダ。るふらノ愚カサモ、じゅがるニ疎マレテイルコトモ知リナガラ、何ノ手モ打タナカッタ我ガ責任デアル」

「でも……私は盾としてすら役に立たなかった……。私が身を挺して屍霊を防いでいれば、筆頭詠唱士殿が怪我を負うこともなかったはず」


 ひたすら謝り倒すフィオメリカにドマシュがゆっくりと(かぶり)を振る。


「オ前ノ守リガナケレバ、アノ場デ私ハ死ンデイタ。詠唱士ノ役目ハ攻撃。上位ノ詠唱士ノ援護ハシテモ、護衛マデ求メテハオラヌ。自ラノ役割ヲ存分ニ果タシテオルノニ、ソレ以上ノ責メヲ負ワセル気ハ毛頭ナイ」

「ですが私がもっとしっかりしていれば……」

「小娘、お前は自分が筆頭詠唱士と並び立つほどの腕だとでもいうのか?」

「そんなつもりは……」


 スタキーノの台詞は少しばかり的外れではあるが、己を卑下し続けるばかりで堂々めぐりするフィオメリカに、職人気質の短気な性格が耐えられなかったようだ。びくりとフィオメリカが肩を震わせると、執り成すようにタルチェナが割って入った。


「あなたの手当てが的確だったからこそ、ドマシュさんの負傷が治るのが早く、すぐに義顎の装着にも取り掛かれたんですよ」

「ソノ通リダ。私ヲ救ッテクレタノハオ前ダ」


 そういってドマシュは深く頭を垂れる。以前、ドマシュはフィオメリカの弟の負傷に関わったと噂されるラララルウナを不運の姫騎士と評したが、己のほうがよほど酷い災厄をフィオメリカにもたらしてしまったと自嘲する。

 重くなった空気を払うように、リュウトはタルチェナに話を振る。


「魔力板のほうの進み具合はどう、タルチェナ?」

「魔力板は順調。仕様変更がなければ紅の日には五十台納品できるわ」

「それよりもタルチェナ、あれだ、あれを持って来い」


 スタキーノの言葉にタルチェナは立ち上がり、作業場のほうへと向かった。その後ろ姿をフィオメリカの視線が追う。タルチェナは髪を男のように短く刈り込んではいるが、その立ち居振る舞いは意外に女性らしい。軍という男社会で悪戦苦闘するフィオメリカには、工房という男社会に自然に溶け込むタルチェナが気になるようである。


 作業場からタルチェナが持ってきたのは義顎の試作品だった。ドマシュが通常使っている義顎とは異なり、顎の骨格部分だけで構成され、歯や歯茎などの部分はついていない。咀嚼や嚥下の機能は省略し発声機能の再現に特化した試作品である。

 試着はせずに、代わりに頭蓋骨を模した型に嵌めて使う。ドマシュが立ち上がり頬の部分の裏側の魔法陣に魔力を流す。


「ヴァヴァヴァ……グォグァグォゥ……グァヴィィ」


 義顎がカクカクとぎごちなく動き、雑音のような声が漏れる。魔物か機械か、そういった人間以外が発した声とにしか聞こえない。滑らかさがあまりに足りないし、そもそも言葉になっていない。

 それでもドマシュとタルチェナの顔には、素直に成功を歓ぶ小さな笑みが浮かんでいる。


「なんて言ったんですか?」

「我ハどましゅナリ――トテモ聞キ取レタモノデハナイナ」


 ドマシュの返事は、普段使っている筆談の魔術具によるものだ。慣れによりほとんど違和感のない速度で会話が成立するようになったが、物凄い勢いで筆記具を動かすドマシュは、やはり大変そうではある。


「実際に装着して舌や歯の動きが加われば、もう少し聞き取りやすくなるはず」

「ってことは、やっぱり人間の発声器官をそのまま真似したんだ?」

「そうともいえるけど……厳密には違うわ。元は遺跡で発見された魔法陣らしいんだけど、詳しいことは……」

「ポルパが持ち帰った遺跡の呪文集にあった機械兵に喋らせるための記述魔法がもとだな。だが古代言語とラウデリア語では、発音にも言語体系にも差があっての、その調整に苦労しとるんだ」

「え? まさか魔法陣生成の魔術具が完成したんですか?」

「古代言語の呪文から生成するほうはな、どうにかそれらしい物はできとる。現代魔法言語からってのは無理だがな」


 遺跡から持ち帰った魔術具に関してポルパを問い詰めたスタキーノは、自分の目的に必要な部分を優先的に再現しようと試みたそうだ。ポルパも部分的であれ改良が進めばそれで良いという考えで、優先順位について文句をつけなかったらしい。


「古代言語での書き方も、まだよくわかっとらんでな。ポルパにさっさと解析しろといったんだが、野郎は検索の魔術具で呪文を分類したりなんだりってほうが面白えらしい。あの野郎はなんでもは軍人にならなければ魔法社会学だか魔法歴史学だかをやりたかったんだとよ」


 頭が良すぎておかしくなっちまったんじゃねえか、とスタキーノは毒づく。尤もスタキーノとポルパの間柄は腐れ縁とでも呼べるような仲らしく、その言葉は決して悪意による中傷ではないのはリュウトにも最近わかってきた。スタキーノの不機嫌な呟きをリュウトなりに精一杯好意的に解釈すると、ポルパの本来の専門は呪文や魔法陣の改良ではなく、それらの使われ方や創り出された背景の研究ということらしい。


「それじゃポルパ課長に、義顎の魔法陣の改良をお願いするのは無理ってことですか……?」

「あんな奴は最初っから宛になんぞしておらん。それよりも、ほれ、そこに希代の天才様がおられるじゃねえか」


 スタキーノは顎の先でしゃくるようにドマシュのことを指し示した。


「天才ナドトハ面映イ。タダ己ノタメニ努力シテイルマデノコト。ソレニコウイッタコトハふぇん・がらっは殿ノ得手、協力ヲイタダイテイル」

「お前さん、随分とまた謙虚になったもんだな……」

「ドマシュ殿……?」


 常に自身に満ち溢れていたドマシュとは思えない発言に、スタキーノが少しばかり意外そうな顔をした。リュウトは詠唱能力を失い懲罰人事で降格されても腐らずに魔力樽に魔力を補給する仕事を淡々とこなしているドマシュの姿を目にしているが、それを初めて知ったフィオメリカはスタキーノ以上に驚いたようで濃緑の瞳を瞠ったまま固まっている。


「ま、要するにだな、現代ラウデリア語をちゃんと喋れるようにするには、天才の頭脳を以ってしても一朝一夕には行かねえってことだ」

「魔法陣生成ノ魔術具ハアッテモ、生成用ノ古代語呪文ノ作成ニハ試行錯誤ガ必要トナル。ダカラ――」


 ドマシュが先刻から走らせ続けていた筆談の魔術具を止めて、真正面からリュウトの目を覗き込んだ。


「りゅうと、済マヌガ協力シテモラエナイダロウカ」

「あっ? え、ええと……」


 すっと頭を下げられてリュウトは慌てふためく。身分制は建前上は廃止されているし、降格されたからには職種も階級もほぼ同等の立場ではある。連日、行動を共にして、だいぶ慣れてきているとはいえ、圧倒的に力の差のある相手に下手に出られるとリュウトも落ち着かない。

 困って他の面々を見回していると、タルチェナがふっと微笑んだ。


「魔力板の性能確認の項目を洗い出して地道に試験するの、あなた得意じゃない。モルヴィラ課長からも聞いてるわ、工房課の作業管理の方法もあれこれ提案してるんでしょ?」

「ポルパが言ってたぞ、検索や魔法陣生成の魔術具の使い方を発見したのもお前さんなんだろう? その妙な嗅覚というか勘のようなものは役に立ちそうだ」

「は、はあ、興味もあるし協力するのは一向に構いませんが……ああ、モルヴィラ課長になんて言い訳しよう?」


 リュウトが情けない声で付け加えると、皆が一斉に笑った。日頃は表情の硬いドマシュまでもが破顔している。


「今ノ私ニハナンノ権限モナイガ、もるゔぃら殿ニハ私カラモシッカリト話ヲ通ス」

「心配するな。儂が今までどれだけあの小娘の失敗の尻拭いをしてやったことか。頼みごとのひとつやふたつ、聞いてもらわにゃ困る」


 女豪傑ともいうべきモルヴィラ工房課長も、元先輩であるスタキーノにかかれば小娘呼ばわりだ。そもそも魔術具に関することならば工房課や技術補助部隊の供給士の職務とも決して無関係ではないし、スタキーノやドマシュの口添えがあれば、いきなり殴り飛ばされることもないだろうとリュウトは胸を撫で下ろした。


「ドマシュ殿、リュウト。微力ながら私にも協力をさせてほしい――」


 やり取りをずっと黙って聞いていたフィオメリカが、何事かを決意した様子で切り出した。


「謝罪は不要とドマシュ殿は仰られたけれど……それでも私にできることがあるのならば、やらせてほしい」

「しかし……討伐戦闘課のほうはいいのか?」

「どうせ私に討伐の仕事は回ってこないさ。ジュガル課長には目の敵にされているし、機動補給部隊からも敬遠されている。魔力板の練習をしていたのだって、独りで討伐に出るためというのは建前で、本当は日がな一日やることが無かったからなんだ」


 ならばいいか、とリュウトは肩を竦めて受け入れた。

 それに、と付け足しフィオメリカは言い淀んだ。声にならない小さな呟きを、ドマシュが拾い上げる。


「弟御ノ怪我ニ役立ツコトモアルダロウ。謝罪ナラバ受ケヌツモリデアッタガ、ソレモ含メテノコトデアレバ断ル理由ハナイ。ふぃおめりか詠唱士、ヨロシク頼ム」

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