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索引の魔術具

「おい、小僧! ついでに、こいつをポルパの野郎に持って行ってくれ」


 紅の日。スタキーノ工房から魔力推進装置付き携帯式簡易移動機の最初の納品の日だ。当然ながら納品のための人手はスタキーノ工房から出されるので、リュウトやアグダが肉体労働をする必要はない。それでも搬出作業の確認や今後の打ち合わせのため工房を訪れたリュウトに、工房長であるスタキーノがひと抱えほどもある包みを押しつけた。


「えっと、その、これは賄賂……とかじゃないですよね?」

「んなわきゃないだろ。頼まれてた砂漠の遺跡とやらの魔術具の再現品だ」


 魔法軍に戻るとリュウトはその足で災害対策課に篭もるポルパへと渡しに行った。受け取ったポルパは、リュウトをその場で待たせたまま、満面の笑みを浮かべて包みを開いていく。

 中身は遺跡で呪文の検索に使われていた装置を簡略化した魔術具だった。大きさの割に軽いのは、木を使った試作だからだ。箱の蓋部分には古代語で『汝の求むる言葉を記せ』と書いた焼き印が押されている。その下の白く塗装された枠は、検索語を記入する部分らしい。


「リュウト・オルディス供給士、少しばかり手を貸せ」

「えっ? お、俺……私は工房課に戻らないと……」

「心配するな。モルヴィラとアグダの了承は取ってある」


 そういわれてリュウトに否やはない。納品の確認ならアグダがいるし、遺跡調査に参加したトヘルストのように魔力板に詳しい供給士も増えているので、リュウトがいなければ絶対に駄目ということもないのだ。なによりリュウト自身、遺跡の魔術具への好奇心が抑えきれない。


 リュウトが箱の裏側に魔石をひとつ嵌め込むと、枠の中の塗装部分が仄白く光り始めた。ポルパに促されるままに魔術具の筆記具で適当な古代語の文字を適当に書き込む。結果は『問いへの答には至らず』――なにも見つからなかった。


「そもそも中身(データ)が空っぽ……?」

「ああ、そうだった。中身はこっちに用意してある、これを登録してくれたまえ」


 そういってポルパは包みの中から箱型の魔術具にすっぽり収まりそうなくらいの量の紙の束を取り出し、リュウトに向かってひょいと放り投げた。意外と重みのある紙の表面は魔力の篭った塗料で薄っすらと光っている。


「これは……もしかして遺跡の壁の呪文ですか?」

「君らがせっせと写して保存した魔術具から出力したものだ。全部ではないがね」

「遺跡の魔法は呪文も魔法陣も我々が使っているのとはかなり違うんですよね? じゃあ、この箱の魔法陣はどうやって書いたんですか?」

「それはもちろん、遺跡の装置で出力した」


 とはいえポルパは遺跡にあった装置を強引に取り外して持ち帰ったわけではない。調査の最中に装置の有用性にいち早く気づいたポルパは、装置自体の呪文を検索して特定し、装置から出力することで魔法陣に変換していたのだ。戻ってからは図面や設計書を写し取った呪文集から機動補給部隊に手作業で探し出させ、スタキーノ工房へと製作を依頼した。

 ちなみに依頼先が工房課ではなく民間工房なのも、技術補助部隊ではなく機動補給部隊の、それも非番の供給士を駆り出したのも、モルヴィラが「工房課(うち)はお前の雑用係じゃない!」と怒ったのが理由だ。尤もリュウトに手伝いを命じた段階では、モルヴィラの激怒などすっかり意識の外だ。


 リュウトは机の上でとんとんと紙の端を揃え、丁寧に箱の中へと収めた。紙の表面の塗料が一瞬だけ発光したのを確認すると、蓋を閉め、筆記具を手に取る。先ほどと同じ文字を書き込み検索してみると、入力枠の下に結果が二行に亘って折り返して表示された。

 その行には指定した語句も含まれているから、検索自体は動いているのだろう。リュウトは遺跡の装置を思い出し、光っている部分に触れてみたが、なにも起きなかった。魔法陣の石版を出力するのは無理でも、せめて該当する呪文を記した紙を光らせるくらいはしてほしい。


「まだ試作段階だから、あまり高度なことはできん。なに、呪文に振った番号さえわかれば、束の中から見つけるのも容易い」


 ならばと今度は別の語句を検索してみると、今度は三件引っかかった。折り返しも含めて五行のうち最後の行は、肝心の検索語句が途切れてしまって正しいという確証がない。該当する呪文を直接確認するのは簡単だが、蓋を開けようとしてリュウトは気がついた。そもそも検索結果が三件とは限らないのだ。

 ポルパが言う通り試作品なのだから制限があるのは仕方ない。だが検索語句に合致する呪文が過不足無く抽出できているか、これでは判定できないのではないか。

 部分一致や完全一致などは当然として、ブランクや未指定、入力不可能な文字列や長過ぎる検索語句への対処も検証が必要だろう。ワイルドカード指定のような機能も、もしかしたらついているかもしれない。適当にそれっぽい(・・・・・)記号や文言で試すことはできるが、それよりも機能仕様書――この場合は装置自体の呪文だろうか――に目を通すべきだろう。検索データのほうも既存の呪文集の一部を適当に使うのではなくて、専用のテストデータを作成したほうがいいかもしれない。古代文字の一覧表があったはずだから、それを複写してどうにかできないだろうか――。


「とにかくこれが動かないことには、入手した呪文の数があまりに膨大で、当該呪文を見つけるだけでも時間がかかり過ぎて困る」


 そんな作業を他所の非番の供給士にさせるなと苦情を言われた、とポルパは嘆く。魔法軍の中で最も肉体疲労度の高いのが機動補給部隊であり、彼らにとって非番は休養のための大切な日だ。災害対策課に専属の供給士がいないのは、魔法に対する深い学識が必要だからというのが表向きの理由だが、ポルパが教育を面倒がったというのも大きい。

 そんな裏事情はリュウトの与り知らぬところではあるが、ポルパは少しでも早くこの検索の魔術具を使えるようにしたいのだと強調した。


「今回の遺跡調査では人形兵に守護獣とすぐに使えそうな物が発見されている。お蔭でどこの部門からも、すぐに情報を出せ、物を渡せと急き立てられて敵わん。こちらとしては魔石油の輸送や配管の保守点検といった大規模魔法の研究をしたいのだが、呪文集の中から必要箇所を探す暇もないのだよ」

「えっとそれは……この検索の魔術具があれば解決するってことですか?:


 はっはっは、と態とらしい笑い方をするポルパ。はっきりと口に出すわけではないが、リュウトの推測を肯定しているのはわかった。

 つまりポルパは検索の魔術具自体の機能や性能を調査したいわけではなく、その他の呪文を調べるための道具として使えるようにすることを望んでいるのだ。それもできるだけ早期に。少々バグ(・・)があったり、検索された呪文を紙束から手作業で抜き出すなどの手間がかかったとしても、呪文集を頭から読むよりはましだというわけだ。前世もとい前職でいえば、顧客に提供する製品としての完成度は不要で、社内ツールとして多少の制限事項には目を瞑っても使いたいということだ。


「これって……工房課への作業依頼の管理にも応用できますよね?」


 取り敢えず、表面上は検索が期待通りに動いているらしいことを確認した上で、リュウトはポルパに訊ねた。

 厳密な動作確認は棚上げした代わりに、ポルパが求める最低限の機能を満たすために欠けている項目をまとめるのは、いつの間にかリュウトがやらされていた。

 スタキーノ工房宛の要求仕様の書類が手際よく仕上げられるのを感心したように見物していたポルパは、その書類の一枚を取り上げ、リュウトに向かって進捗管理の要求仕様について問うた。


「ふむ、可能か不可能かでいえば、可能だ。だが……扱う項目数や管理票とやらがひとつの作業に一枚と考えると……ううむ、随分と大きな魔術具になりそうだな」

「ええとそれって……このくらいですか?」


 スタキーノ工房が作った()は、リュウトの感覚でいえば大きめのノートパソコン程度だろうか。それより大きいということで、デスクトップ型や、さらにひと回り大きいのを想像し、リュウトはポルパの執務机を指差す。


「いや、そんなものではすまないな。この部屋くらい、下手したら詠唱魔法部門(ここ)の部門棟くらいかもしれん」

「そ、そんなですか!?」


 想像以上のとんでもない予測が出てきてリュウトは悄然とした。そんな大きさでは前世(・・)の知識で業務改善をして認められようという彼の目論見は、頓挫したにも等しい。

 そんなリュウトを半ば憐れむようにポルパが付け加える。


「尤もこの見積もりは、ひとつの項目を管理するのに索引の魔術具を一台使い、それをいくつも連携させる効率の悪い手法を採った場合の話だ。あの装置のように呪文を直接に魔法陣へ変換する仕組みが使えれば小型化も不可能ではないはず。それどころか、あの遺跡のように建造物全体を回路に見立てた魔法陣を作れば、どれほどの強大な魔法が実現できるか――」


 狂科学者(マッドサイエンティスト)のような恍惚の笑みを浮かべるポルパに怯えながらも、リュウトは深く頷き、できうる限りポルパの研究に協力しようと心に決めた。

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