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見習い供給士の不安

 魔力推進装置付き携帯式簡易移動機、通称魔力板の製造状況を確認するのはリュウトの役目だ。朝の走り込みの後や昼食の前後、あるいは夕方の業務終了後。時間は日によってばらばらだが、日々、スタキーノ工房に顔を出してタルチェナから直接報告を受けている。タルチェナの針金のような短髪も義手も、だいぶ見慣れた。


 秋の中の月が始まる頃には、タルチェナによる試作と改良も一段落した。魔法陣の位置は工房課の試作では板の前方だったが、印章を使用することで想定以上の縮小に成功したため、板の裏側、足を乗せる位置の脇辺りに変更された。これで左右どちらの手でも容易に操作ができる。工房課では魔力樽での魔力補給は乗り手の動作を阻害するとして断念したが、タルチェナは板に小石大の魔石をはめる凹みをつけることで解決した。引き続き魔力樽からの直接供給も試行錯誤するそうだ。


               ○◎●○◎●


「――ってことで、無事に魔力板も製造が始まったよ」

「そちらもいろいろと苦労というか、頑張っているのだな」


 リュウトたちが見習いになって一ヶ月が経過する。ヴァルエスの口調にも、詠唱士らしい尊大な雰囲気が混じってきた。

 そろそろ同期で集まる機会も減っている。ラララルウナはもちろん、フィオメリカとディルガも遠征討伐で不在だ。


「第一弾の納品は来週初めだ。受け入れ試験の手順を考えなくちゃ……」


 リュウトは大きく肉を頬張った。碧の日の献立は鳥、月始めの今日は鶏肉ではなく山鳥かなにからしい。照り焼きによく似た味付けは醤油ではなく、リュウトもよく知らない香辛料を使っている。醤油や味噌の作り方など知らないから、和食に近い味がこちらの世界にもあるのはリュウトにとっては喜ばしい。


「もう少し早く完成していれば兄上の遠征にも間に合っただろうに……」


 ヴァルエスも歳相応に食欲は旺盛だが、食べ方は元貴族階級らしく優雅だ。たっぷりと頬張りながらも、憂いの表情が崩れることもない。


「……あの噂、本当なのか?」


 ドマシュの遠征は予定外に長引いていた。連絡が途絶えているだの、戦死者が多いようだなどと不穏な噂も囁かれている。討伐にはフィオメリカとディルガが参加しているだけに、リュウトが不安を覚えるのも不思議ではない。


「まさか! ただ遠征先が泥炭地で足下が悪いからな。宙に浮ける魔力板があれば楽だっただろうにと思っただけさ」


 昂ぶった声に周囲の注目が集まると、ヴァルエスは慌てたように声を潜めた。リュウトも曖昧な笑みを浮かべて、なにごともなかったように装う。

 詠唱士の遠征の内容は軽々に口にするべきものではないが、かといって厳重に秘匿される筋合いのものとも限らない。国家やなんらかの集団、個人など明確な()が存在するならともかく、今回のドマシュ筆頭詠唱士の遠征先は北西の泥炭地であり討伐対象は屍霊だ。屍霊は魔獣の一種に過ぎない。


「もう魔石炭は採れないんじゃなかったか?」

「そうだ。我が国がネウリズマの属国だった頃が最盛期で、その後、北部泥炭地のほうが優良だということで放棄された」

「屍霊って大した魔獣じゃないはずだろ? 無人ならば筆頭詠唱士を投入するなんて随分と大袈裟じゃないか」


 普通ならその通りだ、とヴァルエスも大きく頷き、リュウトの顔を探るような目付きで正面から覗き込む。


「魔石炭や泥炭ってのはどうやってできてるのか知っているか?」

「動物だか植物だかの屍骸が長い年月をかけて変化して、とかじゃなかったか?」

「まあ、ごく大雑把にいえばそうだな。で、屍霊は?」

「屍霊は人とか動物とか、そういった生き物の屍骸が長期間魔力に曝されて魔獣化して……って、そうか!」

「そう、泥炭地は屍骸と魔力の宝庫だ。完全に石炭化していれば問題ないし、泥炭も屍霊化するより早く採掘し続ければいい。だが北西泥炭地は放棄されてしまった。その結果、泥炭の屍霊化が進み、巨大化して災厄級、それも屍竜に変化する兆しが顕れた」

「それで筆頭詠唱士のお出ましか……」

「そういうことだな。ただ泥炭地が思いの外広く地形も複雑でな。詠唱魔法の効力の及ばない箇所があると危険だということで大規模討伐隊が組織されたわけだ」


 詠唱魔法部門の詠唱士は、数人の災害対策課を除き、全員が討伐戦闘課に所属する。詠唱士の総数は決して多くはなく、討伐戦闘課の全員を合わせても五十人もいない。大規模討伐隊といっても総数は二桁にも満たないのが常だ。


「兄の他に中級詠唱士がひとり、下級詠唱士と見習いが二人ずつの計六名だ。兄だけでも、あるいは兄抜きでも戦力的には今回の討伐には十分対応可能だ」

「なら少しぐらい帰還が遅れても、心配することもないか……」


 そうだ、とヴァルエスは自信ありげに頷く。尤も彼の説明には同行している供給士のことは含まれていない。それに経験が浅く、仲間内から疎まれているフィオメリカが、不測の事態に独力で対応できるかも不明だ。

 ふと不安になったリュウトはそれをヴァルエスに訊ねる。返ってきたのは「もちろん大丈夫だとも」という心強い答だった。ただ自信に満ちた声と裏腹に、ヴァルエスはリュウトと目を合わせようとはしなかった。


               ○◎●○◎●


 その日の午後は、記述魔法部門の専用演習場で人形兵の実験だった。対象は遺跡で手に入れた人形兵に、北東地区で鹵獲した機械兵、それに加えて工房課で実験を重ねていた人形兵の試作品も含む。

 リュウトの知る範囲では、北東地区の機械兵の解析は思うように進んでおらず、研究課の自信作である召喚魔法も上手く働かなかったはずだ。今回は遺跡で入手した人形兵の魔法陣と、さらにはリュウトたちが遺跡の壁から写し取った呪文集の中から人形兵に関するものの抽出が完了したということで、それらを実物で試してみようということらしい。

 この場には工房課のモルヴィラ、研究課のフェン・ガラッハ、そして詠唱魔法部門災害対策課のポルパと三人もの課長が立ち会っている。この実験が彼らの合議のもとに為されているのか、それともさらに上からの命令なのかまでは、リュウトたち下っ端供給士の与り知らぬところだ。


 技術補助部隊の供給士が総出で人形兵や機械兵を並べる。鹵獲する際の戦闘で破損している物もあるが、それには関係なく、押収品の管理番号順に置いていく。


「まずは、こちらの魔法陣からだ!」


 課長以外の設計士も勢揃いしているが、作業指揮自体は手慣れたアグダが執る。実際に動くのは供給士たちだ。指示された魔法陣が正しく設置されているかを確認し、人形兵の反応を具に観察して記録をつけるのは設計士の役目だ。


「管理番号〇二六、反応あり!」

「管理番号〇一八、起動を示す魔法陣の点滅あり。即時に消滅」

「次の魔法陣!」


 遺跡の壁の呪文を魔法陣化する装置は持ち出せたんだろうか? ふと疑問に思うが、あの時、豹の守護獣に助けられた後のリュウトの記憶は曖昧だ。そういえば守護獣は石版に戻ってしまったが、あれも誰かが回収したはずだ。


「次は歩行の魔法陣だ!」


 ふと集中力を欠いていたことに気づき、リュウトは意識を切り替える。壊れ方の少ない遺跡の作業用人形兵は、一応なりとも二足歩行ができるようだ。魔法陣化された内容は容易く読み取れないが、平衡や安定の魔法陣には興味がある。ポルパと話すのは面倒だがフェン・ガラッハやモルヴィラ経由で魔力板の改良のためということで頼めば、少しぐらい情報を回してもらえないだろうか?

 直截的に魔力板の改良には結びつかないかもしれないが、リュウトにはスタキーノ工房から納品される魔力板の最終受け入れ確認という仕事も待っている。関連する魔法についての知識を増やして損はない。

 それどころか、リュウトが平衡や安定の技術に造詣が深ければ、工房課での魔力板の試験だってもっと効果的に手早く進められたかもしれない。ひいては魔力板の開発時間自体が大幅に短縮できたかもしれない。ドマシュたちの遠征にも間に合ったかもしれない。そうすればディルガやフィオメリカが危険に晒される可能性だって、少しは低くなっていたかもしれない――。


「ボサっとするな! リュウト・オルディス!」


 怒号と共に、尻に衝撃が走る。次の瞬間、転がったリュウトの顔をモルヴィラの真っ赤な鬣が覗き込んでいた。


「気を抜くな! 真面目に仕事しろ!」

「は、はいっ!!」


 お前が思い悩んだところで過去が変えられるわけでもなければ、友を助けに行かれるわけでもない――そう叱られた気がして、リュウトは今度こそ己の仕事に集中した。

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