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魔術具の試験

 見習い供給士の仕事は忙しい。機動補給部隊とは違って技術補助部隊が遠征や討伐などに参加するのは珍しく、新しく開発された魔術具のための実験、既存の魔術具の修正箇所の確認などの雑用とも言い換えられるような仕事がその大半だ。過酷な討伐で疲弊した機動補給部隊に代わって、余力のある技術補給部隊が供給士の象徴たる魔力樽への魔力貯蔵に協力することもある。


 スタキーノ工房から戻ったのは夕刻であった。まとまった仕事をもうひとつ片付けるほどの時間はない。魔法軍では無闇に長時間労働をすることは肉体疲労による判断力の低下を招くとして厳に戒められている。ブラック企業に馴致されたリュウトだが、戦時下ならともかく平時に自主的に無茶をする理由はどこにもない。


 この短時間に相応しい仕事は、魔術具の修正確認である。

 工房課配下の技術補助部隊の供給士には、アグダによって担当が割り当てられている。リュウトの作業一覧表には、優先順位の高いものが三件、中程度が二件、低いのが十件ほど載っている。高優先順位のうち二件はまだ修正待ちで、残りの一件は外出前に直っていないことを確認して修正担当者に突き返した。中程度の一件は修正を確認済み、一件は修正待ちだ。

 そうなると手を付けられるのは優先順位の低いものばかりになる。要望が少ないかあるいは重要性が低い、要は直しても直さなくても大差ないと判断されたものだ。元の世界では、そういったバグは「それは仕様です」と揶揄されたものだ。魔法軍でも似たような状況ではあるが、完全放置では不満が募るからと、定期的に見直しがされている。


 リュウトが記述魔法部門での予備訓練中に担当したナバフ供給士からの改善要求もそのひとつだった。広範囲に土塁を築くという単純な魔術具で、起動中の攻撃に対する自動反撃機能をつけろという要求だ。反撃機能の欠如ではなく待機時間が長過ぎるのが問題ではないか――そうリュウトが指摘してナバフ供給士とその上司の中級詠唱士を説得したという経緯がある。

 リュウトでは力不足のため修正には至らなかったが、夏の終わりから秋の始まりにかけての間に本職の設計士がこつこつと直していたらしい。


 リュウトの一覧表には要旨しか載せていないので、記述設計部門が使っている依頼書の写しを取り出して修正内容を確認する。記述魔法の初心者である彼には修正の詳細を理解するのはなかなかに困難だ。それでも修正を確認するにはどうすればいいのかを考える。

 時間短縮の確認だから、ストップウォッチに相当する計時の魔術具を使うのは必須だ。魔術具の起動と同時に計時を開始し、土塁の完成を以って計時を終了する。操作は単純だが、手動で行うので面倒だ。ずれる可能性はあるし、完成の判断にも揺らぎがあって計測は不正確になる。数回繰り返して平均を取ればいいが、それも手間がかかる。


「なんか時間を自動的に測る記述魔法ってないのかな……」

「計時の魔術具ぶら下げて、なにいってんだ?」


 誰ともなしに疑問を呟くと、間髪を入れずに答が返ってくる。計時の魔術具こそがリュウトの求める時間測定の記述魔法を用いた魔術具に他ならないという。

 ならば、試験対象の魔術具を起動・終了し、所要時間を計測する記述魔法を自力で書きあげることはできないだろうかとリュウトは考える。

 土塁の魔術具は投擲して使うが、投擲から着地までは修正の前後で変動がないので無視する。開始は着地点に自前の計時用魔法陣を設定することで測定できるだろうか? あるいは投擲せずに土塁の魔術具と計時用魔法陣に同時に魔力を流し始めることで代用できるかもしれない。では終了はどうか? 条件を揃えるために土塁の大きさは同じにするとして、完成はどのように判断するべきか? 高さか? 高さを直接測定する魔術具があっただろうか? いずれにせよ、所要時間を計測するだけで随分と大掛かりな仕組みが必要だ。手動測定のほうが、余程、楽そうだ。


「いい方法がないものか……」


 考えながら肩をぐるりと回して伸びをする。日勤の終わりを告げる鐘が鳴った。


               ○◎●○◎●


 朝、リュウトの最初の仕事は記述魔法部門研究課へと赴き、魔法陣の修正依頼の進捗状況を確認することだ。当初は自分の分だけを訊ねていたのだが、近頃はアグダの代わりに工房課からの依頼分を全部確認し、さらには研究課配下の供給士に工房課での作業状況を伝えることまでやっている。


「まったく……なぜ面倒ばかり持ち込む?」

「そうですか? 最初は手間と感じても、だんだん便利に思えてきますよ」

「進み具合の確認なら、この依頼書で十分だ。二重管理は混乱を招く」

「原本はアルヴァジエル殿が管理して、他の人間には写しを渡している時点でとっくに重複してるじゃないですか」

「ちっ、口の減らない……」


 苦々しげに舌打ちするのは中級詠唱士のアルヴァジエルだ。葡萄の皮色の髪と実の色の瞳という艶やかな彩りの容姿を、野暮ったい黒眼鏡が台無しにしている。訓練のときからリュウトに苦言を呈していたが、元の世界での社会人経験を以って年齢に似合わぬ働きをするリュウトを煙たく思っている節がある。

 尤もその指摘することは決して的外れではなく、重複管理が混乱の原因(もと)なのは事実だ。元の世界でのようにデータベース化できれば簡単なのだが、残念ながら今のリュウトには無理な相談だ。


「土塁の魔術具ってアルヴァジエル殿が対応したんですね――」


 リュウトは懸案である魔術具の起動時間の計測についての相談を持ちかけた。アルヴァジエルは嫌な顔をちらりと浮かべつつも鷹揚に頷く。

 優先順位の低い修正を担当したのはアルヴァジエルの能力が低いからというわけではない。元は荒唐無稽な要求でも問題の本質は実行速度の改善という魔術具全般に共通する重要課題であり、優秀な設計士でなければ対処は難しい。アルヴァジエルは他の設計士たちの作業の取りまとめを任されており、締め切りの厳しい仕事を多数抱え込まないように調整しているだけだ。


「起動時間って、どうやって計ったんですか?」

「どうもこうも……土塁を作り始めると同時に計時の魔術具を起動して計っただけだが? その他にどのような方法があると?」

「えっと、魔術具にちょっと手を加えて、現在時刻を出力するとか……例えば、始動の瞬間に時間を記録して、投擲後の着地か土塁の構築開始で記録、最後に土塁が完成したらまた記録するとか……」


 リュウトの発想は完全にIT技術者のそれである。デバッグコードを仕込んでステップ毎に経過時間やメッセージを書き出すものだ。だがその考え方をプログラムとは似て非なる機銃魔法に上手く当て嵌めることはできなかった。


「個々の部品魔法陣の合間に計時の魔法陣を組み込むということか?」

「ま、そういうことかなと……」

「土塁の魔法陣の先頭に計時の魔法陣を置くのか? その次は土塁の構築の左隣か? で、記録はどこに書き出す? それはいいとしても、完成まではどうやって計る? 土塁の構築を呼び出した時点で魔法陣は終了だ。構築にかかる時間など自分の目で見る以外に判定のしようがないのだが?」

「え? 地面を盛り上げ、高さを判定し、不足していればまた盛り上げるって流れになってるんじゃ……?」

「さあ? 土塁の魔法陣は旧王立魔法学院所蔵の軍用魔法陣群に登録されているものだ。内部の流れは不明だし、途中に別の機能を差し挟むことなどできない」


 アルヴァジエルが指し示すのは、大きな円で囲まれた複雑な紋様――魔法陣だ。着地の判定や土塁魔法陣の起動部分のように部品の魔法陣が連なっているのではなく、それだけでひと塊の紋様として完成していて、分解するのは不可能だ。魔法学院所蔵ということはネウリズマ製か、ことによればア・ネウリドルの時代に遡るかもしれない。要は、詳細が不明な外部のライブラリにすべての処理を投げているため、一切の手出しができないということだ。


「俺は……仕様をちゃんと理解せずに、無意味な試験を設計してたんだ……」

「無駄なことに血道を上げるのがお前の駄目なところだ」


 悄然とする彼の本意がアルヴァジエルに理解されることはなかった。

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