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配属会議

 夏の始まりの月の最後の平日は、二十九日、碧の日だ。

 一ヶ月に及ぶ予備訓練を終えた新兵たちが安らかな眠りに就いた頃、魔法軍の幹部たちは人事課の会議室に集まっていた。


 魔法軍の人事は魔法支援部門下の人事課の扱いだが、成人能力検査や訓練に基づく草案作成はともかく、最終的な配属は各部門の幹部の合議によって決定される。

 出席者は詠唱魔法部門、記述魔法部門、そして魔法支援部門の各部門長、各部門下の正副課長とそれに準じる者たちだ。最終的な配属は当然のことながら魔法軍総帥の裁可を仰ぐことになる。


「先日の北東地区での騒動の件だが――」

「ああ、それそれ! さっさとレルデルクスの玩具を工房(うち)に引き渡してくんないかな? どうせ詠唱部門じゃ調査なんてしないんだろ? あ、それと新人は記述試験五位以内を寄越してくれよな」

「何を勝手なことを――」


 各部門の管理職が全員揃う機会はそう多くはない。必然的に話は部門間の勢力争い、もとい調整事項へと及ぶ。


「工房課長の気持ちはわかるが、記述試験の上位は詠唱士候補ばかりだ」

「ちっ……」

「たしかに詠唱能力のある者は詠唱部門に属するのが慣例ではあるが、機械兵の解析が急を要するのは明らか。つまらぬ慣例より適材適所の配属が重要であろう」

「うむ、ドルフリー殿の仰ることは尤もだ。であれば尚更、成績優秀者は詠唱魔法部門に来るべきであろう。なにせ記述魔法部門は職人の集団。古代ア・ネウリドル式の記述魔法であれば、詠唱士である我らのほうが余程詳しい」

「むむっ……いや、しかし……」

「動かすのは古代魔法でも、機構そのものはレルデルクス製です。ならば記述魔法部門のほうが詳しいでしょう。モルヴィラも私もなにも手柄を寄越せというわけではなのです。一日でも早く詠唱部門での解析結果を基に実地に検証をしてみたいだけなのですよ」

「フェン・ガラッハ研究課長の言う通りです、父上、ドルフリー殿。我らも啀み合ってばかりおらずに、こういうところは敵を見習って協力しあわねばなりません」


 フェン・ガラッハ研究課長も、物言いこそ穏当だが、詠唱魔法部門のやり方には内心忸怩たるものを抱えているようである。そして意外にも筆頭詠唱士であるドマシュ・カッリジョルドが、父である詠唱魔法部門長に意見した。

 その一方で魔法支援部門長のオレリクが嘆くが、記述魔法部門長のドルフリーが身も蓋もない言い方でばっさりと切り捨てる。

 

「魔法支援部門のことも忘れないでください……。詠唱魔法部門付きの機動補給部隊に配属された新人供給士は軒並み通常軍への転属願いを出すんで困っているのですよ。見習い期間が終る頃には半数以上が辞めてしまうんですから」

「定着率が悪いのはそちらの問題。供給士など所詮はただの兵卒。足りなくて困るなら、通常軍と併合してしまえばいい」


 単なる言い争いの様相を呈してきたところで、ドナレス人事課長が話を本題に戻そうと恐る恐る割り込んだ。


「そろそろ本題に入りたいのですが――」


 人事課により作成された配属案に基づき、部門毎の必要性や訓練兵個人の適性について検討する形で会議は進められた。


「以上、今季の詠唱士候補はパディヴァヌス上級詠唱士を除き七名。うち三名は成人能力検査では魔法が発動したものの、予備訓練では能力の発揮が不安定であったため、詠唱士としては不合格。従って今季の詠唱部門への配属は四名となります」

「ふむ、今季は思ったより数が少ないな」

「フィオメリカ・デュラレネル? 女なんぞを入れねば詠唱魔法部門も成り立たなくなったか。随分と落ちたものだな」

「そうか? ラララルウナは凄腕詠唱士じゃなかったのかい? それに部門長殿、あたしがあんたの部下だってこと、忘れたわけじゃないよな?」

「うぐっ……。忘れたわけじゃ……例外というかなんというか……。だいたいパディヴァヌス詠唱士は、結局、役に立たずに支援部門へ追い遣られただろうが。女なんて魔力樽くらいしか役に立たないぞ」


 ドルフリーの嫌がらせは、モルヴィラの怒りによって尻窄みとなった。さらにフェン・ガラッハが追い打ちをかける。


「お言葉ですがドルフリー殿、一般に魔法の能力に性別による差は無いとされております。その中で魔法支援部門の供給士という仕事は、魔法軍には珍しくも体力勝負の職種ですから、詠唱魔法部門や記述魔法部門よりも遥かに男性にこそ適性があるかと存じます。知的能力勝負の記述魔法部門や詠唱能力を有することが必須の詠唱魔法部門のほうが、女性兵士の働く場としてはより相応しいのではないでしょうか? デュラレネル訓練兵は詠唱能力に加えて記述試験の成績も上位で、身体能力に関しても訓練兵全体の平均を大きく上回っています。魔法軍の精鋭を集める詠唱魔法部門にこそ相応しい人材といえましょう」

「フィオメリカは学者肌というよりは孤高の戦士といった性格じゃ。記述魔法部門より詠唱魔法部門のほうが向いておる。それに負傷退役した弟御の代わりに応召したのじゃ。デュラレネル家も詠唱魔法部門以外は認めないじゃろう」

「デュラレネルの名には聞き憶えがあると思ったが、そうか弟がいたか。で、負傷退役というのはいったい……?」

「弟の名はリーヴィデ・デュラレネル。昨年夏季の入隊です。見習い兵として参加した討伐での負傷が原因で退役したのですが、細かな経緯に関しては……この場であれこれと言及することではないかと」


 ツィレリス補佐官が無表情のままにフィオメリカの事情を端的に述べる。大半は「それがどうした?」と疑問の表情だが、幾人かは気不味そうに沈黙した。

 不毛なやり取りが静まったその隙に、ドナレス人事課長が話を先へと進める。


「で、この四十八番のリュウト・オルディスですが――」

「おいおい、なんでこいつが魔力樽なんだよ? こいつは発想がいろいろと飛んでいて面白いし、絶対に工房課(うち)に欲しいって頼んだじゃないか、部門長?!」

「彼を狙ってたのはモルヴィラだけじゃないですよ。記述魔法試験も二十位以内なら合格圏ですし、魔法陣の不具合修正依頼の対応姿勢にも非凡なものを感じさせましたからね。こういう人材は是非とも研究課(うち)へお願いしたかったのですが」

「ドナレス課長? 適材適所で人員配置を行ったはずでは?」


 リュウトが嬉々として記述魔法部門の訓練を受けていたことを知るモルヴィラとフェン・ガラッハの両課長は人事の案に不満を申し立てる。その剣幕に人事課の上長であるオレリク部門長は目を丸くした。

 そして問われたドナレスもまた、心外だとばかりに口をパクパクさせながら懸命に言い返す。その説明は人事課や魔法支援部門以外の筋からの圧力を示唆するものであった。


「はい、もちろんそうでございます、部門長殿。四十八番の訓練兵については、その……ギデレス閣下からの……しっかりと鍛えてやってほしいとのお言葉で……」

「ギデレス閣下の……お身内ですか?」

「いえ、その……平民ですから。でも、その……閣下の関係者だからといって贔屓しないようにと厳命されまして……」

「だからって能力よりも下の扱いにするってのは変じゃないか!?」

「モルヴィラ殿、それじゃ供給士のほうが下だと言ってるようなものですよ」

「事実そうじゃねえか。供給士も詠唱士も設計士も、全部、()官待遇といいつつ、実際には供給士は兵卒扱いだし、中級や上級に昇格する道もないだろうが」

「モルヴィラ上級設計士、それは軍に対する批判か?」

「……ぐっ」


 ギデレス閣下なる名前の登場にオレリクが掌を返す。権力に阿ることを良しとしない性格のモルヴィラもまた、軍人である以上、最終的には上の決定に従わざるを得ない。


「まあまあ、そう熱くならずに。四十八番の訓練兵の能力が本当に高いならば、供給士の立場であろうがいずれは頭角を現すことでしょう。能力に応じた配属云々というのは、それからの話でもよいのではありませんか?」


 こうして夏季の訓練兵四十八名にフィオメリカを加えた全員の見習い兵としての配属が決定されたのだった。

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