記述魔法部門:工房課
記述魔法部門の演習場では、二人の男が激しい戦闘を繰り広げていた。一方は第十班の訓練兵のリュウト。もう一方はチェデスコという名の入隊三季目の見習い供給士、通称魔法樽だ。
二人は木剣を持ち、兵隊服の上半身に攻撃回数を検知する魔術具の布切れを被って闘っている。予備訓練では新兵たちの水準が完全初心者のために使用しなかったのだが、物理的な直接戦闘機会が多い供給士の訓練には普通に用いられるものだ。
しかし剣の訓練は彼らの目的ではなく、主眼は彼らの足下の魔術具にあった。その魔術具とは魔力推進装置付き携帯式簡易移動機、リュウトが秘かにスケボーもどきと呼んでいるものだ。
「やあっ!!」
「おっとぉ……! そりゃ!」
剣を頭の上に振りかぶったチェデスコが、赤味がかった金髪を振り乱しながら、人の背の何倍もの高さから飛びかかってくる。地面すれすれを滑空していたリュウトは上体を反らしながら魔力を操作し、板の向きを左斜め上に変えて回避する。その動きの速度、角度、動いたあとの使用者への反動などを、下で見詰める下級設計士のアグダが逐一、記録していく。
勢いがつきすぎたチェデスコが制御を失いかけたところを、急旋回したリュウトの剣が叩く。
「待った! ちょっと待った! 参った!」
「また休憩ですか、チェデスコさん?」
板から転げ落ちたチェデスコは、片手を上げてリュウトの動きを止める。試合が止まったのを確認すると、工房課長のモルヴィラとラララルウナが連れ立って寄ってきた。
「やっぱり活きの良いやつがいると、いろいろと実験が捗っていいなあ」
予備訓練第五週目の朱の日。偶数班の新兵は記述魔法部門の工房課での実地研修が本格的に始まっている。
工房課の役割には大きく分けて二つある。ひとつは魔術具の作成、つまり魔法陣を様々な道具に刻み魔術具として完成させること。もうひとつは作成した魔術具の実験をして、その安全性を確認したり性能を改善することだ。
研修で新兵たちに課された作業は、召喚魔法や討伐用の各種攻撃魔法用の魔法陣を書写し、すぐに使用可能な状態に準備することだ。第八班は記述魔法部門棟にある工房課の部屋で、朝からイライモン課長の指揮下、その作業に勤しんでいる。
だがラララルウナを含めた第十班の五人は、モルヴィラに実験の手伝いを命じられ、演習場に集められていた。モルヴィラも一応は前日のイライモンの苦言を理解してはいるのだが、もともと細かいことは気にしない性格だ。「記述魔法の教育は研究課に任せた」のひとことで片付けてしまっている。
「リュウトのほうが操作が巧みなようじゃのう?」
「魔力量が相当に違うんじゃないんでしょうか。俺……私は魔法軍に入るのもぎりぎりでしたから」
詠唱士や設計士が魔法を使う際に魔力を補給するという供給士の職掌からすれば、供給士の魔力量は多いに越したことはない。だが実際には詠唱能力や記述魔法の筆記試験の点数によって、兵士たちの配属は決められている。そのため魔力量の少ない供給士という本末転倒な事態が起きているのだ。尤も、補給する魔力は供給士自身から直接ではなく、予め溜め込んだものであり、その観点からすれば供給士に必要なのは魔力量よりも魔力樽を担ぐ体力ということになる。
だから地上に降りたチェデスコの言葉は己を卑下してわけではなく、事実に基づく推測を述べているにすぎない。板を抱えて息を大きく切らしてはいるが、紅茶色の瞳には己の仕事に対するしっかりとした矜持のようなものが浮かんでいる。
記録をつけていたアグダも大きく頷いて、チェデスコの分析に頷く。
「リュウト君の魔力量は、新兵どころか魔法軍全体の平均よりかなり多いですよ。まあ、パディヴァヌス課長殿や詠唱士候補の二人には負けるでしょうけどね」
「ほう、アグダは魔力量を測ることができるのか? いったいどうやるのじゃ?」
「いや、そんなきっちりと測れるわけでは……ただ魔力樽の管理を担当しているうちに、多い少ないが大体見当がつくようになっちゃったんですよ」
「残念じゃ。測れるなら成人能力検査も魔力筆記具による魔力有無確認などではなく、もっと明確に合格基準を設けられると思ったのじゃがのう」
「だから言っただろ、アグダ。ちゃんと数値化できるような魔術具を作っちまえって。そうすりゃ中級を飛び越して、すぐにも上級設計士になれるぞ」
血の繋がりと魔力量にはある程度の関係があるらしいが、母ひとり子ひとりで育ったリュウトには比較対象がいないし、父方の繋がりなど知りたくもない。スケボーもどきの操作の巧拙は、魔力量よりも身体能力の差のほうが大きいようにリュウトには感じられる。運動能力や体力はチェデスコのほうが上だろうが、リュウトには元の世界でのスケボーやスノボの経験がある。一応の基本動作は習ったし、上級者の映像を見たことなら何度もある。
「身体の動かし方のコツを知ってるかどうかじゃないですか? 体重移動とか、慣性の法則とか……」
「慣性の法則? リュウトはレルデルクスの学問に詳しいのか?」
技術が魔法に依存している世界の言語で元の世界の科学技術を説明するのは、そもそもの知識自体がうろ覚えのリュウトには些か難しい。こちらの世界に相当する概念や用語があるのかリュウト・オルディスの知識を総動員するしかない。
そんなリュウトの苦労など真っ向から無視したモルヴィラに暑苦しいほどに迫られてリュウトが困っていると、ヴァルエスたちから助けを求める声が上がった。
「モルヴィラ課長殿、お願いですからこっちの実験も忘れないでください!」
「なにか別の方法を考えねば……このままでは埒が明かないようです」
「俺、ちょっともう疲れて来ちゃった……」
彼らの前の地面にはバラバラに分解された人形兵の魔術具が並んでいた。腕や頭など、いくつかの部品が骨組みだけなのは、実験に必須の部品だけを急遽作成したせいだ。随分と雑な造りではあるが、大きさといい形状といい、明らかに先日の捕物で鹵獲した機械兵を模している。
表面にはびっしりと細かな魔法陣が書き込まれた紙が何枚も貼り付けられている。本物の機械兵の装甲に刻み込まれていた魔法陣の一部の写しだ。
「やはり召喚詠唱で補う方法では、元の魔法陣との整合性が取れないようです」
「立ち上がるまでは成功したのですが……足を踏み出した途端に頽れてしまいます」
「召喚する魔獣が違うのか、魔獣と機械の合成方法に何か問題があるのか……」
「どんな具合か、ちょっと見せてみろ」
モルヴィラの指示に、早速、ヴァルエスとフィオメリカが詠唱を開始した。人形兵が薄っすらと青白く発光し始める。腕が上へと差し伸べられ、ゆっくりと胴体が起き上がる。見えない重機で持ち上げられたかのように、人形兵はまるで玩具のように空中に浮かび上がる。すっかり脚が伸びて爪先が地面に触れると、牽引が外れたように腕ががくりと落ちて、人形兵は地響きを立てて地面に直立する。
『我は求めん! 大いなる機巧の左の踵が、大地に揺るがぬ根を張らんことを!』
『我は求めん! 精妙なる機巧の右の趾が、大地に新たなる跡を刻まんことを!』
機械人形は左足を踏ん張り、右足を前へと踏み出す。しかし後ろ足に体重が残ったままのため、踏み出した足の行方が定まらない。右の爪先が地面に触れるか触れないかで、ゆらゆらと揺れていたが、やがて身体の平衡を保てなくなり、前へとのめるようにして倒れ伏す。
「やはり支えとなる左足の強化が不足しているのでは?」
「骸骨兵より知性の高い死霊兵を召喚するのはどうじゃ?」
「赤子を育てるように、最初は支えに掴まらせて練習させるのはどうでしょう?」
「アグダ! 全部しっかり書き留めておけよ!」
詠唱士も設計士も関係なく、誰もが次々と意見を出していく。人形兵が壊れるたびに並べ直すのに駆り出されているだけのはずの供給士までもが、臆することなく自分の考えを述べる。新人供給士であるディルガは気後れしたような顔つきだが、リュウトは逆に勇気づけられたような表情を浮かべる。
「この板切れの魔術具と一緒で、重心の移動が問題だと思うんだけど……」
「やっぱりお前、レルデルクスの学問ができるんじゃないのか?」
「別にそういうわけじゃ……」
「ああ! 別に詮索したり批難したりってつもりじゃねえ。知識があるんなら勿体ぶらずに出しやがれってんだ。ってか、お前、予備訓練が終わったら工房へ来い! あたしが引っ張ってやる!」
正直にいえばリュウトのロボット工学の知識などニュースで目にしたことがあるといった程度のものだ。レルデルクスの学問などといわれたら、なおさら、何も知らない。
それでも、だ。モルヴィラに勧誘されたということは、すなわち記述魔法部門への配属が内定したのと同等の意味を持つ。迫力満点のモルヴィラは上司としては怖そうだが、それに文句をつけられる立場ではない。
「是非、お願いします!」
リュウトは他の班員たちの目を気にすることもなく、勢い良く頭を下げた。




