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記述魔法部門

「「「記述魔法部門へようこそ――」」」


 第五週目の記述魔法部門での現場研修は、居並ぶ設計士たちによる、そんな歓迎の言葉で始まった。もちろん全員が心からの歓迎を示しているわけではなく、恥ずかしげだったり面倒そうだったり、中には苦々しげな表情を隠そうとしない者もいる。それでも前週の詠唱魔法部門では差別的ともいえるほどの詠唱士たちの傲慢な態度を見せつけられただけに、訓練兵たちは一様に戸惑いの色を隠せない。


 歓迎の言葉の中心は記述魔法部門に属する工房課と研究課の二人の課長たちだ。片や工房課の課長は、髪も服も真っ赤、背丈も性格の豪快さも腕っ節までもが男顔負けの女丈夫モルヴィラ。片や研究課長は痩身に細縁の眼鏡で文官風の印象のフェン・ガラッハ。どちらも軍人らしからぬ見た目である。殊に戦闘訓練の教官だったフェン・ガラッハは、元々あった外見と戦闘能力の相違による違和感に、軍の知性派の第一人者としての肩書が加わり、訓練兵たちは困惑の度合いを深めている。


「戦闘訓練はモルヴィラの仕事だったのですよ。美人の教えのほうが皆さんは嬉しかったでしょうから、残念でしたね」

「美人だなんて! 褒めてもなんにも出ないぜ!!」

「モルヴィラ相手では新人たちの体が保たなかったじゃろう。フェン・ガラッハが代わってくれて助かったのじゃ」


 記述魔法部門での経験は十分ということで本来の職務を優先していたラララルウナも、今週は訓練に戻ってきていた。


「ドルフリー部門長殿はお忙しいため、本日はお出でにならないそうです。新兵諸君が精一杯訓練に励み、知識と技術を身に着け立派な魔法軍兵士となることを期待する、とのお言葉を預かっています――」


 記述魔法部門の最高責任者であるドルフリーもまた、詠唱魔法部門の長であるトルレニアト・カッリジョルドと同じく、次期魔法軍総帥の候補である。尤も本命はあくまでもヴァルエスの父のトルレニアトであって、ドルフリーの場合は経歴的にも能力的にも当て馬に過ぎないのは衆目の一致するところだ。元々は上級詠唱士で、上級設計士は記述部門長の役職と共にお情けで与えられただけのお飾りだとの噂が絶えない。


「皆も知っての通り、記述魔法部門には二つの課があります。新人諸君にはその両方で訓練を受けてもらいます。明日と明後日は二、四、六班は工房、八と十は研究課で。翠と碧の二日間はその逆とします。今日の午後は、それぞれの課に行って明日からの準備をしてください――」

「ちょっと待った、その順番、逆にしてもらえねえか?」


 幼年学校の教師のように懇切丁寧に、噛んで含めるように説明するフェン・ガラッハ。それを押し止めて割り込んだのは、常日頃から秩序や権威など微塵も意に介さないモルヴィラだ。


「工房じゃ実際に機械兵の動くところを目にした奴らの話を聞きたくてウズウズしてんだ。北東地区に出張った十班を先にこっちに回してくれよな」

「気持ちはわかりますが、新兵の仕事は訓練ですからね。機械兵に関しては実際に出動した詠唱士の方から報告を受けているはずでしょう?」

「お高く止まった詠唱士の連中が、まともな報告なんて寄越すわけねえよ」


 噛みつかんばかりにしてフェン・ガラッハに詰め寄ったモルヴィラ。緑色の斑点の浮かんだ金茶色の目は、燃えるような赤髪にも劣らずぎらぎらとしている。その勢いに負けたのか、フェン・ガラッハは両手を上げて降参の意を示した。


「わかりましたよ、モルヴィラ。では明日から二、四、六は研究課、八班と十班は工房課で研修ってことでいいですね」


               ○◎●○◎●


 互いの紹介と研修内容の説明が終わると昼食時となった。詠唱部門の研修では討伐のために外へ出ていることが多かった十班は、久しぶりの食堂で、それも全員が揃っての昼食だ。


 紅の日の軍食堂の料理は豚肉だ。週明け早々は時間的余裕があるせいか軍食堂を利用することが多く、彼らが軍食堂で食べるのは豚肉料理である確率が高い。今日の料理は豚肉の薄切り肉に衣をつけて焼いたものである。リュウトの頭にはピカタという名前が過ったが、それが本当に料理の名前だったのか記憶は定かではない。


「それで結局、そのネウリズマ人らしき男には逃げられちまったわけか?」


 新兵だけで息抜きをするつもりの十班の面々だったが、先週の捕物に興味津々のモルヴィラが、ちゃっかりと仲間に混じっていた。強引に巻き込まれたフェン・ガラッハまでもが同席している。こうなると他班の新兵には近寄り難く、記述魔法部門の上級職、それも役職付きばかりが集まることになった。


「レルデルクスとネウリズマが組んでいるという噂は、強ち間違いとはいえないようじゃな」

「ひとくちにレルデルクスとネウリズマと言いますが、国家同士の結びつきなのか、たまたま他国の犯罪者同士が組んだのかで違いは大きいでしょう。ラウデリア内に連中に与する者がいる可能性も完全には否定できませんしね」

「政治的な話をこんな場所で堂々としないでください、フェン・ガラッハ殿」

「吾が訓練兵に混ざっておるのが悪いのじゃ。どうかフェン・ガラッハを責めないでやってくれ、イライモン殿」


 さり気なく会話に紛れ込んできたのは、工房課副課長のイライモン上級設計士だ。設計能力より管理能力を買われて出世した人物なのだが、髪と目の色が通常軍の軍服と同じ灰緑色なのを気にして、ほとんど坊主に髪を刈り込んでいる。この場にはモルヴィラが羽目を外し過ぎないようにと、不機嫌そうにしながらも無理矢理同席している。


「詠唱を封じたはずだったのに……なぜ逃げられたんでしょうか?」

「あの男の詠唱呪文は不完全だった……」

「……まあ、そのあたりは詠唱魔法部門が調査してくれていることでしょう」


 逃げられたときのことを思い出したヴァルエスとフィオメリカが口々に疑問を発するが、それは同時に詠唱部門に対する批判とも受け取られかねないものだった。イライモンの言ではないが、これもまたある意味政治的な話題である。苦笑しながらフェン・ガラッハが、さり気なく話を流してしまう。

 話題が変わったところで、嬉々とした様子でモルヴィラが口を開く。空気を読んで黙っていたわけではなく、口の中に詰め込んだ料理を咀嚼し終わるのを待っていただけだ。


「あたしが興味あるのは、あの機械兵のことだ。原型を留めた状態で鹵獲できたのは一台だけだし、水中駆動型はネウリズマ野郎が乗って逃げちまったんだろ? 仕組みを調べようにも碌な手掛かりが残ってねえんだよなあ」

「僕らは陸戦用と水中用の両方を直接目にしましたが、どちらも巨人種のように見えました。巨人型の魔獣と同系種の水棲魔獣を召喚したのではないのですか?」

「巨人のような外見の魔獣はいても、そっくりな見た目の水棲魔獣は残念ながらいないんですよ。それと君たちが目撃したのはネウリズマ人のようですが、捕らえられた一味の他の連中はレルデルクス人ばかりで召喚魔法の使い手はいませんでした。それにモルヴィラがさっきから言っている通り、鹵獲したのは飽くまでも機械兵(・・・)であって魔獣でないのは明らかなんです」

「ふむ、つまりは機械兵とやらはレルデルクスの非魔法技術によって生み出されたということじゃな?」


 国民の大多数が魔力を持つラウデリア人にとって、大きな力を発揮する道具や機械、兵器などは押しなべて魔術具、そうでなければ魔獣の召喚という認識が一般的だ。技術立国であるレルデルクス産の機械を見ても、無意識に魔法の力で動くものと考えてしまう。逆に魔法を否定され科学技術に基づくものと言われると、いきなり思考停止に陥り、すべてをまるごと信じ込んでしまう面もあるようだ。

 だがラウデリア人とは異なる常識を持つリュウトの場合は、考え方が根本から異なる。うろ覚えながらも元の世界の技術や歴史の知識と、ついつい照らし合わせてしまう。


「二足歩行って技術的に随分と難しそうな気がするんですけどね? 倒れそうになったら自動的に姿勢を修復してとか、障害物を避けるとか……人間乗せて走ってましたからね。相当に知能が賢くないと……」

「え、そりゃ魔法がない国なんだから、魔法のある国に負けないように必死になったってことだよね?」


 ディルガは無邪気にレルデルクスの努力の結果に帰着させてしまったが、そう簡単な話でないことはリュウトにだけはわかっている。二つの世界の朧気な知識を総動員して、必死に整合性の取れそうな考えを捻り出す。


「召喚魔法……機械の一部が魔術具とか魔法陣だったら可能なのかな?」

「理屈の上では……可能ですね。ああ、そういえば動力はレルデルクスでよく使われる魔力抽出済みの魔石炭――燃料石炭ではなかったようですよ」

「ああ、走るとか攻撃とか大きな力の源は燃焼機関だが、他に魔力を流し込んで動かしている部分もあるみたいだ」

「ですが魔力と燃料の混合利用の研究は我が国が最先端なのですよね? それでもまだ研究途上で、軍用車も未だにレルデルクス製を使っていると理解しておりましたが」


 真面目な顔で話に聞き入っていたフィオメリカが、不思議そうに首を傾げる。


「その理解で大筋は間違っていませんよ。漸くのことで魔石炭から抽出処理を省略して燃料と魔力の両方を同時に利用する目処が立ったといったところです。今後、軍用車にその技術を応用して成功した暁には、国内輸送の大動脈である鉄道もレルデルクス製の蒸気機関車から置き換えることになるでしょうね」

「ま、細かいことが知りたければ、お前らも設計士になって工房に来い」

「希望したからって配属されるもんじゃないでしょうが……」

「いやいや、お前、リュウトだったっけか? 連射銃といい、お前はなかなか面白い発想をするじゃないか。鍛えてやるから、明日からはあたしと一緒に外の工房へ来い」


 ひと足早く食べ終えたモルヴィラは、リュウトの背後に歩み寄り、背中をばんばんと勢い良く叩いた。記述魔法部門への勧誘とも取れるその言葉に内心喜ぶリュウトだったが、黙って会話を聞いていたイライモン副課長が水を差す。


「モルヴィラ課長、正規の新兵は工房に配属されるとは限らないのですから、外部に訓練を委ねるわけにはいきません。そもそも訓練は実践よりも記述魔法自体の学習が主眼だということをお忘れですか?」

「そりゃそうだが、発想の飛んでいる奴は伸ばしてやりたいじゃないか」

「基礎もまともに身に着けていない人間が、常道から外れたやり方だけを真似ても無意味ではありませんか」

「うっ……」

「うむ、正論じゃな。モルヴィラ、そもそも其方の口癖ではなかったか? 其方の負けじゃ、潔く諦めよ」


 副官であるイライモンに窘められ、ラララルウナにやり込められたモルヴィラは、髪にも負けないほどに顔を赤くして悔しそうにした。

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