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詠唱魔法部門(1)

 独立第一魔法師団に於ける詠唱魔法部門の位置づけは少数精鋭の花形部隊である。魔法軍で最少の構成人数でありながら、その戦力は通常軍の大火力部隊をも含めたラウデリア国随一を誇る。

 その勢力は軍の施設の割当てにも、如実に表れている。例えば所属する兵士の宿舎は、他部門の宿舎が旧魔法学院の生徒用の寄宿舎であるのに対し、詠唱部門用は身分の高い教授や研究者向けの宿舎が割り当てられている。詠唱士たちが軍務に勤しむ建物は、魔法師団の敷地の最も奥まったところにある。少人数故に面積こそ最大ではないが、軍事施設とは思えないほどの贅を凝らした造りの建物だ。


 夏の始まりの月の第四週目、十九日、紅の日。予備訓練の後半は各部門での現場研修となる。奇数班と偶数班に分かれて、一週ずつ交替で詠唱魔法部門と記述魔法部門を巡る。魔法支援部門は、詠唱部門および記述部門の実務支援がその主な仕事であるため、敢えて時間を取らずとも両部門の研修中に自ずと目にすることができるとの判断だ。

 偶数班である第十班は、第四週目は詠唱部門での研修に参加する。他班は五人全員が揃っているが、第十班だけは一名、ラララルウナを欠いている。


「――以上、第十班四名であります。なおパディヴァヌス訓練兵は、教育課長としての業務のため、当研修には不参加であります」


 訓練を受ける新兵たちは、詠唱士たちとの顔合わせのために、詠唱部門の建物でいちばん大きな部屋へと集められていた。宮殿の中の一室のように、絨毯の毛足は長く、照明の飾りは繊細かつ豪奢だ。

 赤い絨毯の上に居並ぶ高名な詠唱士たちを前にして、訓練兵たちは、皆、緊張の色を隠せない。代表して班員を紹介する班長たちもそれは同じだ。殊に身内の前での晴れ舞台ともいうべき状況のヴァルエスは、いつになく高揚した表情だ。


「うむ。パディヴァヌス上級詠唱士は、元は当部門所属であったのだから問題はなかろう。それでは訓練兵諸君は、この一週間、精一杯励むように」


 重々しく頷いたのはトルレニアト・カッリジョルド。詠唱部門の部門長であり、ヴァルエスや筆頭詠唱士のドマシュの父親である。息子たちよりはやや濃い目の青紫の髪に、同系色の菫色がかった瞳をしている。長身で痩せているところも息子たちと似ているが、年齢のせいか、やや恰幅が良くなりかけの兆候が見て取れる。

 職掌柄に加えて次期魔法軍総帥候補であるトルレニアトは激務に追われ、部下たちの前に直接姿を現すことすら珍しい。この場も軽い挨拶と激励を済ませると、あとは自らの直属であるドマシュに任せて急ぎ退出していく。


「お父さんやお兄さんも、みんなカッリジョルドだよね? どう区別すればいいの?」

「カッリジョルドといえば、普通は父のことを指す。役職をつければ区別は明らかだし、僕はヴァルエスで構わない」


 場を弁えないディルガの問いに失笑が漏れた。ドマシュは律儀に返答する弟の顔を冷たく一瞥したのみで黙殺し、話を進める。


「皆も知る通り、詠唱部門には二つの課がある。ひとつはジュガル課長率いる討伐戦闘課で、魔獣や犯罪者の討伐を行う。国境地帯などでの他国との紛争で通常軍が対応できない場合に出撃を求められることもある。筆頭詠唱士である私も討伐戦闘課と共に出撃することが多い――」


 ドマシュの言葉に、討伐戦闘課課長のジュガルが一歩進み出て新兵たちを見回し、軽く頷く。中肉中背よりもやや小柄で、やや太め、薄くなりかけの金茶の髪に焦げ茶の瞳と、いまひとつ冴えない印象の男だ。


「そして災害討伐課を率いるのがポルパ課長だ――」

「ポルパだ。皆、災害対策など興味はないだろうから、今日はこれで――」

「ポルパ殿、貴殿がそんな調子だから興味が薄れるのではないか?」

「はあ、そんなもんですかな……うむ。災害対策課の仕事は、天変地異の未然・已然の対応であるな。要は予知や予報の研究と、古代遺跡から発見された復興開発用大規模詠唱魔法の研究だ」


 ポルパ災害対策課課長は白髪の知的な風貌だが、中身は研究以外に無関心そうな人物だ。その狂科学者的な態度に、リュウトはポルパが詠唱試験の試験官であったことに気づいた。


「えっと……予知の研究とは、天変地異の発生状況や被害状況を統計的に調査したりするってことですか?」

「おお、天変地異の研究に興味があるかね。是非、災害対策課へ来給え。近々、遺跡の調査も予定しておる。若い者は大歓迎だよ」

「いえ、その、俺……私は詠唱士の適性はなかったはずなので……」

「問題ない。遺跡調査にも予知の研究にも詠唱能力は必須ではない。それよりも学術的な好奇心ほうが重要だ。それに詠唱能力だって――」

「ポルパ殿! 今、ここで話すことではなかろう」

「それもそうだね。ではこれで――」


 リュウトがうっかり発した問いに意外なほどの食いつきぶりを示したポルパだったが、ドマシュがさり気なく止めに入ると用事は済んだとばかりに、いそいそと自室へと戻っていった。新兵たちは唖然としたが、正規の詠唱士たちはいつものことだとばかりに気にする素振りも見せない。


「では新兵の指導は下級詠唱士が現所属の班から外れて行うように。下級詠唱士の抜けた穴は、見習い詠唱士が埋めよ――」

「ドマシュ殿、討伐戦闘課の人員配置は課長たる私の専権事項だ。余計な口出しは無用に願う」

「それは失礼した」


 ドマシュが指示を出すと、ジュガルが職分を侵されたと抗議する。ドマシュが引き下がったため、ジュガルは嬉々として割り振りを決め、満足気に解散を命じた。だがその指示は途中で遮られたドマシュの指示をただなぞっただけであり、訓練兵たちは次に何をすればいいのかわからないまま取り残された。結局、後始末はドマシュに手に戻った。


               ○◎●○◎●


 広い演習場もまた、詠唱魔法部門の優遇ぶりを表している。支援部門の演習場がリュウトの感覚で市営球場程度であるなら、詠唱部門のそれはちょっとした遊園地並みだろうか。


 その広々とした演習場の一角で、下級詠唱士たちが魔獣を討伐する様子を見学することから、新兵たちの訓練は始まった。

 先日のドマシュ筆頭詠唱士による模範試合は一方的な蹂躙であったが、今回のそれは少し違っていた。詠唱士の攻撃力が魔獣の防御力を大幅に上回っているのは同じだが、供給士との連携を見て学べるという点では訓練兵にとって大きく意義のあるものだった。


 訓練は詠唱士が二人、供給士が六人の編成で行われた。本来なら詠唱士ひとりに対して防御役と攻撃補助役の供給士が二名ずつ以上、最低でも合計四人以上の供給士がつくのだが、簡略化した訓練だということで少人数だ。残りの三人の詠唱士は訓練兵の傍につき、解説や質疑応答を行う。編成に含まれない供給士が二名、召喚陣の配置を担当する。


 魔獣の討伐は、まるで流れ作業のように淡々と行われた。

 まず召喚陣が光り、魔獣が召喚される。それと同時に防御役の供給士が、物理的な盾や魔術具の防護陣を持って詠唱士と魔獣との間に割って入る。

 詠唱士は魔獣の種類を見極め、それに相応しい魔法の詠唱を開始する。詠唱している間の魔獣からの攻撃は、すべて防御役の供給士が身を以って防ぐ。攻撃補助の供給士は、銃剣や簡易的な攻撃用魔術具を用いて魔獣に牽制攻撃を加えたり、必要に応じて詠唱魔法の効果を高めるための魔術具や魔法陣を展開していく。

 詠唱が終われば、ただちに強力な魔法が放たれ、魔獣は消え失せる。供給士たちは攻撃や防御をする間にも、詠唱呪文を聞き逃すことはなく、魔法の発動直前にしっかりと魔法の射線上から逃れている。


 詠唱や予備攻撃の間に、召喚陣担当の供給士は、着々と次の魔獣の準備を整える。魔獣が倒されたときには既に次の魔法陣が起動し、新たな魔獣が召喚されているのだ。


 それは訓練だからというだけでなく、討伐手順や連携方法が明確に決まっているからこその、滑らかさであり洗練であるといえよう。ただその洗練を作り出しているのは、すべての流れを見通し、呼吸を読んで的確に動く供給士であって、ともすれば詠唱士は何も考えずに強力な魔法を放っているだけにも見える。


 討伐の手本が一段落すると、次は詠唱魔法の指導が始まる。


「詠唱魔法とは『我は求めん』で始まる一連の呪文によって構成される。この『我は求めん』こそが発動を司る語句だ――」

「ええっ? 俺は詠唱士じゃないのに発動呪文を教わっちゃっていいんですか?」

「問題ない。幼年学校で習う詠唱言語は基礎のみだし、詠唱士になれなければ兵役が終わる頃にはそれも忘れている」


 規則上、発動呪文の教示は詠唱士として正式採用された後と決められてはいる。しかし詠唱士として採用されるには詠唱能力が必要であり、その見極めには発動呪文を唱えることが必要だ。制度に矛盾があれば、現場でその運用が緩くなるのも無理はない。


 下級詠唱士の付き添いの下、訓練兵たちはひとりずつ順に藁苞を標的にして詠唱魔法を放っていく。


『我は求めん、熱き炎が敵を焼き尽くさんことを!』

『我は求めん、疾き風が悪しきものを切り刻まんことを!』

『我は求めん! 凍てつく嵐よ魔を封じ込め給え!』


 詠唱士候補に数えられている者たちの詠唱は宙に青い魔法陣を描き出し、次々と魔法となって藁苞を破壊していく。その一方で、詠唱士候補以外の者たちがいくら呪文を唱えても、塵のひとつ、髪の一筋すらも動きはしない。


「『我はー求めんー』って、はぁ面倒。俺、どうせ魔力樽なんだけどな」

「ディルガ、もう少し気合入れて唱えろよ」


 建前上は詠唱士候補もそれ以外もなく、訓練兵はすべて所属未定の立場である。詠唱士候補という明確な自覚を持つ者を除けば、記述試験の結果がわからない以上、全員が設計士候補と言い換えることもできる。どうせ魔力樽だというのは、現時点ではディルガの勝手な思い込みに過ぎない。


 設計士候補と自認するリュウトの詠唱は、他の設計士候補たちとは少しだけ様相が違う。何度も繰り返し唱えると、時折、薄青い光が中空に浮かび上がる。

 下級詠唱士たちは詠唱士候補の訓練兵にかかりっきりになっている。放置された格好の他の訓練兵たちは、リュウトの詠唱を見物してすっかり怠けている。


「どうやってるんだよ、リュウト?」

「さあ……? 気合? それとも発音? 御伽話の詠唱騎士様になったつもりでやってみれば?」


 新兵たちは巫山戯半分のリュウトの提案に乗って、再び詠唱を始めた。ある者は大声で叫び、ある者は歌うように唱え、ある者は役者のように演じる。


『我はっ! 求めん! 激しきぃ雨が! すべてを! 押し流さんことっをっ!』

『我は〜求めん〜。猛き焔が〜、地を〜走りて〜』

『我は求めん! 轟く雷鳴よ、岩をも砕け! あっ、光った」


 雷魔法の詠唱をしていたディルガが、驚いたように叫んだ。ぱっとディルガに目を向けたリュウトは、そこに微かな白い光を見た。


「冗談きついぞ、ディルガ」

「錯覚だよ、錯覚!」


 他の兵士たちは誰もディルガの言葉を信じようとはしなかった。ディルガ自身もすぐに「昼間っから寝ぼけちゃった」と、笑いに紛らわせてしまう。

 しかしリュウトの瞼の裏には、白い光の残像がしっかりと映っていた。

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