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対抗戦:講評

 〝魔猫のめし処〟の客には魔法軍の関係者が多い。場所が近い、料理が美味いなどは食事処として当然のことはもとより、個室があるので多少の込み入ったができるというのも人気の理由だ。尤も個室といっても、それほど厳重な防音設備などが整っているわけではない。店の奥に小部屋があり、衝立があるので外から覗かれにくいといった程度のものである。軍議などの機密性の高い話には適していない。


 班別対抗戦の翌日、魔猫のめし処の個室に、七人の男女が集まっていた。目的は対抗戦の評価。曜日は紫なので全員が軍服ではなく私服姿だが、全員が中級以上の士官ばかりである。

 休日の昼下がり、そろそろ食事も終わりに近づいてきた頃合いだ。オレンジ色の髪を後ろにひっつめた若い娘が、手際よく食べ終わった皿を片付けていく。


「いつまで食ってるんだ、ラララルウナ。珍しがって魚料理なんて選ぶから失敗するんだよ」

「先週、リュウトが魚の酢漬けを食しておって、気になっていたのじゃ。実に美味なのじゃが、パイはやはり熱いのう」

「まったく……。紫の日でも、あたしは忙しいんだ。さっさと食い終わらないんなら、帰らせてもらうぞ。だいたい、なんであたしがここにいなくちゃいけないんだか」

「吾らを見かけて奢ってもらおうと擦り寄ってきたのは、其方のほうであろう、モルヴィラよ」


 燃えるような赤毛の巨躯の女――記述魔法部門工房課課長のモルヴィラが、威勢のいいガラガラ声を張って文句を言う。砂色の髪に独特の肌色をした少女――魔法支援部門教育課課長のラララルウナは、迫力満点のモルヴィラの脅しにもまるで動じることなく、店の名物魚料理である鱸のパイ包み焼きをゆっくりと食べ続ける。


「そもそも戦闘訓練はモルヴィラの役目だったでしょう。私に押しつけたのだから、後始末くらいはつきあってください」

「わかった、わかった。悪かったよ、フェンガラッハ。逃げないから、とっとと始めて、とっとと終わらせようぜ。あたしゃ、早いとこ工房に戻って実験の続きをしたいんだ」


 今にも暴れだしそうなモルヴィラを宥めるのは、鮮やかな朱色の髪を綺麗に撫でつけ細縁の眼鏡を掛けた学者風の男――フェン・ガラッハ、記述魔法部門研究課課長だ。新兵の予備訓練で制式武器の使用法を指導した教官でもある。教育課に制式武器を指導できる教官がいなかったため、制作担当の工房課課長であるモルヴィラに任されたのだが、実験が忙しいからと当日に姿を現さなかったのだ。その穴埋めをしたのがフェン・ガラッハというわけである。


 食後の茶を持って店の給仕のリィリェが戻ってくる。その後ろについて、丸々と肥え太った鯖猫のミミュルが、にゅるりと衝立を回って小部屋へと入り込んだ。

 個室は円卓になっているため、どこが上座なのか判別がしにくい。漸く食べ終えたラララルウナの左隣にはツィレリス補佐官が座り、さらに教育課の予備訓練の主だった担当者が続く。ひとつ空席を置いてフェン・ガラッハ、次もまた空席でモルヴィラ、そしてラララルウナへと戻る。鯖猫ミミュルはフェン・ガラッハとモルヴィラの間の席に狙いを定め、巨体に似合わぬ軽やかな動きで椅子に飛び乗った。


「まずは討伐時間の長短に基づく順位について説明せよ」


 ひとつ咳払いをして、教育課長の補佐官であるツィレリスが話を進めるよう指示した。応ずるのは得点集計を担当していた教育課所属の中級設計士である。支援部門の中でも教育課は他部門からの移籍組がほとんどで、その階級や職種名は支援部門固有の供給士ではなく原隊に倣って呼ばれる。若葉色の髪の集計担当者は、元々は記述魔法部門出身ということだ。


「ええと……評価する項目は攻撃側としての討伐所要時間がいかに速いかと、守備側として相手に討伐時間をどれだけ長く掛けさせたかとなります。従って両方の値の差分を並べて順位付けしました。結果は七班、五班、四、九、六、二、一、八班の順となります。三班は攻撃側として討伐が完了しなかったために失格が確定しています。対戦相手の十班は、計算不能であり、また討伐不能になった責任を問う声もあり、この場での順位の検討の対象です」

「ううむ、吾の班は午前の部が終わった段階では暫定三位だったのじゃ。このまま失格というのも、無念じゃのう……」

「順位は時間以外に何を基準に決めるのですか?」


 質問を投げかけるフェン・ガラッハの横で、猫のミミュルが香箱を組んで瞑目している。フェン・ガラッハの手がそっとミミュルへと伸ばされ背中をひと撫ですると、立派な太い尻尾がフェン・ガラッハの手の甲をぴしりと打ち据える。


「守備側としては選択した魔獣の種類、妨害行為の有効性。攻撃側としては妨害や魔獣への対処方法、攻撃の連携はどうだったか、などになります」

「魔術具の使い方の評価ならできるけどさ、攻撃法だの連携法だのってのは、あたしは専門外だよ」

「それはもとより承知の上。是非、魔術具の用法について、工房課長としてのモルヴィラ殿のご意見を伺いたい」


 ツィレリス補佐官が表情の読み難い顔で淡々と告げる。モルヴィラは一瞬苦い顔になって軽く舌打ちすると、慰めを求めるように、隣の席に陣取るミミュルへと手を伸ばす。


「詠唱部門に採点は依頼していないのですか?」

「詠唱部門の方々は、他部門を見下しているんでなかなかご協力いただけなくって……って、あっ!」


 フェン・ガラッハの問いに答えようとして、ついつい本音を暴露してしまった集計担当者は、赤面して口籠りつつも「不穏当な発言でした。取り消します」と頭を下げた。


「ドマシュには吾からも頼んでおいたのじゃが、それでも嫌な顔をされたか?」

「いえ……ドマシュ筆頭詠唱士殿は他部門に限らず、詠唱士にも、ご自分自身にも厳しい方ですから。言葉はきついですが、ちゃんとお答えはいただきました。ですが他の方は……」

「中下級詠唱士にはドマシュの名声を同じ詠唱士である自分に対する評価と同一視している輩もいますからね。困ったもんですよ。彼が役職に就けば少しは違うんでしょうけど、あれだけの戦力を現場から外すわけにもいきませんからね」

「詠唱士であろうと設計士であろうと、支援部門に移籍しているとなおさら下に見られますからね。ま、いずれにせよ、対抗戦をご覧になった詠唱部門の方はほとんどいらっしゃいませんでした。災害対策課の方の観戦は皆無、討伐戦闘課の方からは詠唱魔法を使わないのでは評価のしようがない、ということでした。筆頭詠唱士殿からは、通常軍のように非魔法戦闘に特化して練度を上げているならともかく、新人に付け焼き刃の教育だけで同じ成果を得られるわけがない、とご意見いただきました。それと制式銃で連射を行った新兵を専属供給士に欲しいと……」


 話が自分から離れたと察したモルヴィラは、一層、気を入れてミミュルを構い始めた。指先で耳の付け根を弄び、口の端をなぞり、頭頂部と顎の下を交互に擽る。ミミュルの目が細められ、顎が持ち上がり、顔が扁平でふにゃりとしてくる。首を捻って堪らないとばかりに頭をモルヴィラの器用な指先にこすりつける。その様子を羨ましそうにフェン・ガラッハが見詰める。


「正論……じゃな。ああ、それとリュウトは設計士候補じゃ」

「なにも供給士が設計士や詠唱士に劣るというわけでもないでしょう。供給士として中級、上級を目指すというのもいいではないですか」


 フェン・ガラッハの述べるのもまた正論であり、理想論である。魔法軍の階級は基本的に上級、中級、下級の三種類でのみで、職種である詠唱士、設計士、供給士の間に優劣はないというのが建前ではある。だが生得的な能力が必要な詠唱士と、一定水準以上の知性が求められる設計士とは違い、両者の選に漏れた兵士が供給士となる。そして元々の潜在能力が低く目立った成果を上げにくい供給士は、中級の数は極僅かで、上級に至っては皆無というのが現状だ。


 個人の能力評価に話が逸れたものの、ツィレリスが卒なく軌道修正をして話し合いが続けられた。

 個人の能力が全般的に高く偏りの少ない第七班は、魔獣の選択も戦術の組み立ても基本に忠実で、その堅実さが評価される。討伐時間に基づく数字上の評価も最上位であり、文句なしに全会一致で総合一位と認められた。

 第四班は攻撃戦術に加えて蔦の魔獣の選択が高評価であったが、対戦相手の第十班が苦戦しつつも思いの外素早く対応したために所要時間評価に繋がらなかったと惜しまれた。

 そして確定している第三班の失格に対しての、第十班の評価へと話題が及ぶ。第三班を失格に追い込んだ点を評価すべきか、討伐できない魔獣を持ち込んだ責任を問うべきかが論点である。


「自分の班だから擁護するわけではないのじゃが……吾らが選んだのは茸魔獣、化け茸じゃ。討伐難易度の違う上位種など選ぶわけなかろう」

「ならば召喚陣を手配した我々教育課の手違いか、それとも記述部門から渡された時点で間違っていたか……」

「おいおい、こっちに責任を押しつけないでくれよ!」


 若い教育課員が迂闊に口を滑らせると、モルヴィラがむっとした顔で抗議する。そもそも可能性を挙げていただけの中級設計士は、モルヴィラの迫力に押されて口籠る。それを庇うように別の教育課員が口を差し挟む。


「用意した召喚陣に間違いがなかったのであれば、途中で誰かが書き換えたのでは? 通常と上級の魔法陣には、さほど大きな違いはありませんから」

「たしかに魔法陣の要素に大きな差はありませんが、その違いは補助魔法陣ではなく主機能部分にあります。入隊してひと月も経たない新人には無理でしょう」

「カッリジョルド家のご子息ならば、入隊前に十分な教育を受けているでしょう? それに第十班には変わり種の設計士候補もいることですし――」

「うーむ、可能性としては否定できませんが、動機も含めて考え難いですね。それよりはラララルウナ、あなたに対する一連の嫌がらせのひとつと考えるほうが自然ではありませんか?」

「吾に対する……?」

「不運を招く姫騎士の噂の信憑性を高めたい勢力の仕業という可能性ですよ」


 フェン・ガラッハは「この場で話すことではないでしょうが」と断りつつも、ラララルウナに対して現実を突きつける。ラララルウナが考え込む一方で、反応したのはツィレリスだった。


「残念ながらその可能性は高い。そうでなかったとしても徒に騒ぎを大きくすれば、その噂に結びつけようと考える者は増えるはず。であるならば教育課で用意した召喚陣に手違いがあったとするほうが害は少なかろう」

「そ、それでは……」

「それもまた悪手でしょう。なによりそう発表するなら、第十班の成績を最高位にしなければ誰も納得しないでしょう。するとなおさら、騒ぎは大きくなる」

「ではどうすれば、いいのじゃ? なにか考えがあるのか、フェン・ガラッハよ?」

「召喚陣の中には流す魔力の量で簡易的に召喚する魔獣の種類を切り替えるものがあります。今回は通常種と上位種が切り替わる召喚陣を用意したところ、慣れない新人が想定以上の魔力を注ぎ込んでしまい、上位種に変化した――この辺が落とし所ですかね」


 特定の人物や部署に責任を全面的に擦り付けないために、全員が少しずつ不満の残るこの言い訳を受け容れざるを得なかった。それに伴い、第十班にも責任の一端が負わされ、対抗戦での失格が決定した。


「ということで、来週からは各部門を回っての基礎研修じゃな」

「パディヴァヌス課長殿は詠唱士ですから来週の詠唱部門研修に参加する必要はないでしょう。代行の私では処理できない仕事も溜まっておりますから、来週は課長としての務めを果たしていただきたく存じます」


 無表情を崩さずにラララルウナに対して厳しい宣告をするツィレリス。その様子を見て、ある者は同意を示し大きく頷き、ある者は小さく笑みを浮かべる。


「いつまで経っても堅苦しいやつだな、ツィレリス。あんただって上級詠唱士なんだから、ラララルウナと階級は一緒じゃないか。もう少し砕けた喋り方をしたらどうだ?」

「階級が同じなのは魔法軍の階級区分が少ないというだけの話だ。それにパディヴァヌス課長殿は上司、私は部下の立場だ。敬語を使うのは当然であろう」

「今日は紫の日だぞ。仕事の話はしてるが、一応、この場は私的な集まりって建前のはずじゃないか。もっと気楽にしろよ。な、ラララルウナ、フェンガラッハ?」


 モルヴィラは長い手を伸ばし、ラララルウナ越しにツィレリスの肩を遠慮なしにばしばしと力強く叩きまくる。モルヴィラの傍若無人な剛腕に顔色ひとつ変えることなく、ツィレリスは答えた。


「休日で軍務を離れた立場でというならば、ラララルウナ様とお呼びしなければならぬ」

「ああ、まったくお前って奴は!!」


 天井を仰ぎ見て呆れ果てるモルヴィラを見て、俯き笑いを噛み殺すフェン・ガラッハ。モルヴィラが赤い髪を振り乱し、どさりと椅子に座り込むと、驚いた鯖猫のミミュルが椅子から飛び降り逃げていった。

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