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対抗戦:守備

 午前の五試合が終了した段階で、途中経過が発表された。単純に所要時間を比較しただけの暫定順位であり、評価を含めた最終結果は全試合終了後に発表される。

 第十班の成績は、最後の蔦の魔獣での遅れが響き、五班中の第三位であった。


 どの班も軍食堂で昼食を摂りながら、午前の試合を省みる。第十班もその例に漏れない。


「やはり基本に忠実であるほうが、結局は早道ということなのであろうな……」

「そうかなあ? 地面を掘り返し過ぎちゃったのが拙かっただけでしょ?」

「すまん……」

「その通りじゃ。基本通りに銃剣での攻撃に徹しておったら、どれだけ時間が掛かったかわかったものではないぞ」

「そういう意味では、僕らは四班の作戦に見事に嵌ってしまったということだな」


 少しばかり不本意であったと試合を振り返る彼らに、午前の対戦相手である第四班の班員たちが近づいてきた。先頭に立つ鮮やかな黄色い髪が、代表して話しかけてきた。


「カッリジョルドの若様に褒められるとは光栄だな。だがこちらの想定よりも随分と速く倒されてしまったよ。まさかあんな魔術具があるとは知らなかった」

「その点はお互い様だ。情報収集はおさおさ怠りなくというのが、兵法の基本だろう? ええと――」

「ギスタルだ。詠唱魔法も記述魔法が適性が無さそうなんで、せめて頭ぐらいは柔軟にしておこうと思ってるんだ」


 謙虚とは程遠い自信に満ちた態度に、ディルガが驚きに目を瞠る。リュウトも興味を惹かれギスタルの顔を見直したが、絵の具を塗りたくったような目立つ髪色なのに、先の試合での見憶えはない。どういうことかと訊ねると、作戦指揮に徹して戦闘の前面には立たなかったのだそうだ。


「ほう、そこまで役割分担を徹底したとは大したものじゃ」

「そちらさんも詠唱騎士様の候補が三人もいらっしゃるのに、力押しでなく工夫を凝らしてくるとは驚きましたよ。ただ――」


 ここまでの堂々とした態度とは裏腹に、ギスタルは急に顔を曇らせ言い淀んだ。


「仕掛けた俺たちが訊くのも変だが、あの魔獣蔦は、あそこまで大掛かりにしなきゃ倒せないほど強力だったか? あんたらが手抜きしたなんて思っちゃいないが……」

「吾が詠唱魔法を使わなかったのを手抜きと言われればその通りじゃな。しかし今回の対抗戦では詠唱魔法は禁止であるからのおう、仕方なかったのじゃ」

「いや、そういう意味じゃなくて……あの魔術具の性能について教えて欲しいというか――」

「ギスタル、そこまでにしておけ。まだ対抗戦は終わっていない」


 もどかしそうに何度も問い直そうとするギスタルだったが、傍についていた第四班の指導担当らしき先輩兵に止められ、それ以上の質問は諦めたようであった。


               ○◎●○◎●


 第十班の午後からの試合は、最終の第五試合であった。対戦相手は三班である。

 第四試合が決着し、荒らされた競技路の整備が完了すると、今度は守備側としての準備を始める。

 元々、座学で学んだり訓練で使用した魔獣は候補に含めていなかったが、そこから午前の試合で使われたものを除外した。前の班の対処を見ていれば、その成否に関わらず、後から対戦する班はより良い対処方法を見出せる可能性が高いからだ。そうして最終的に三種類に絞り込んだ。


 教育課所属の下級設計士や供給士の指導の下、第十班の全員で召喚陣を仕掛けていく。魔獣を取り扱うのは召喚陣を作成する設計士と実際に魔法陣を使用することの多い供給士がほとんどだ。だからといって、ヴァルエスたち詠唱士候補組が召喚陣の準備を厭うことはない。当然の仕事として黙々とこなしていく。

 召喚陣には大きく分けて二つの種類がある。ひとつは直接召喚型、術者がその場で魔力を流し込む方式だ。戦闘訓練で指導助手たちが新兵のために召喚していたのがこちらだ。

 もうひとつは一定の範囲内への接近を探知して、自動的に召喚する方式だ。仕掛けるものが予め魔力を供給したり、魔力供給用の魔石込みで仕掛けることもあれば、近寄ってきた敵の魔力を強引に吸い取るやり方まである。守備側が身を隠せるのは利点だが、召喚魔法が起動して実際に魔獣が姿を現すまで若干の時間が掛かかり対処されやすいのが難点だ。魔獣の種類や地形にもよるが、予め魔力を供給した状態で敵の目から極力見えない場所に仕掛けるのが正攻法である。


「三班はハウデル准男爵のところの三男が率いているんだったな」

「たしか詠唱士候補だったよな。用心したほうが良さそうだな」

「あの男、初対面で私に向かってその……大女で醜女でも我慢して婿入りしてやろう、と言ってきた」

「なんじゃ、そりゃ? 馬鹿か?」


 フィオメリカは女性にしては長身ではあるが、容姿は並以上どころかかなりの美人だ。負傷退役した弟に代わり彼女が軍役に就いたが、家督を継ぐのは弟で変わりはない。婿入り云々の台詞はハウデルの独りよがりな勘違いにしか過ぎない。

 軍の花形であり圧倒的な戦力である詠唱士はあらゆる面で優れていると思われがちだが、詠唱士になれるか否かは詠唱魔法を発動できるかどうかの一点に掛かっている。知的能力や人格面は実は二の次なのだ。


 最初の召喚陣は小規模な岩の隧道に仕掛けてある。試合開始と同時に十班が隧道の先の岩場に身を隠すと、間もなく第三班が隧道の手前に姿を現した。前方に二人、後方に二人を配して、中央のひとりを守る陣形を組んでいる。もちろん中央にいるのが件のハウデル家の三男だ。一見、押し出しは立派だが、未熟な果実の色の髪に銀青色の瞳の、如何にも我儘育ちといった顔つきだ。護衛をさせられている四人の顔には緊張こそ浮かんでいるが、それ以上に嫌々なのが見るからに明らかだ。


「――来た」


 少し暗がりになった隧道の天井に青白い召喚陣が浮かび上がり、いくつもの小さな黒い影へと形を変えた。第三班が隧道に足を踏み入れると同時に、無数の黒い影が羽ばたき襲いかかる。鼠の体に翼のついた獣――蝙蝠の魔獣である。生き物の血と魔力を吸う害獣だが、単体では大した力はない。動きが素早いだけに数が集まると厄介だが、さほど討伐に苦労するものではない。唯一、気をつけねばならないのは幻影魔法の一種である分身術を使って撹乱してくるので、本物と偽物を明確に見極めねばならないというところだ。


「座学で習ったはずだよね?」

「全然、役に立っていないようじゃ」


 本体を斬ればお終いだが、幻影は斬れば斬るほど数が増えていく。第三班は揃いも揃って剣を抜き払い、闇雲に振り回すものだから、魔獣蝙蝠の数は爆発的に増えていく。

 漸く何人かが魔獣蝙蝠の特性に気づいて本体を探し始めたが、中央で暴れていたハウデルの息子は何を思ったかそんな仲間を一旦引き下がらせる。


『我は求めん! 逆巻く風が黒い悪魔を切り裂かんことを!』


 ハウデルの馬鹿息子が呪文を唱えると、緩い旋風が巻き起こった。威力は弱いが幻影の蝙蝠はそれ以上に弱く、一気に切り裂かれて倍増した。

 激昂したハウデルがさらに倍々と数を増やす一方、他の班員たちが懸命に本体を一匹ずつ始末していく。結果、討伐が完了するまでに随分と長い時間を要した。


「発動の呪文……何故、知っているのだ?」

「元詠唱士を家庭教師に雇えば知る機会はいくらでもある。尤も安易に禁を破る愚か者の矯正は無理だったようだがな。それよりも、この後の妨害なんだが――」

「するまでもない……んじゃないか?」

「そうじゃの。既に仕掛けてある罠で十分じゃろう」


 次の召喚陣のある場所までの道々には、進路妨害用に地面に小さな落とし穴を仕掛けていた。躓いて体勢を崩したところに直接攻撃を加えて足止めをする予定ではあったが、ハウデルは見境なしに詠唱魔法を放ってくる可能性がある。監督する立場の教官たちも試合が終わるまでは敢えて介入しない方針のようだし、下手に相手をしたくないというのが十班の一致した意見であった。


 その代わりに次の魔獣を自らの手で直接召喚して、攻撃側へと嗾けることにした。魔獣の種類は野犬の群れ。当初は狼を予定していたのだが、群れにした場合の討伐難易度が規定よりも上ということで、一段下の野犬へと変更したのだ。銃剣という遠距離、近距離の双方の攻撃手段があるならば、さほど苦労せずに殲滅できるはずなのだが、足下に気を取られて注意力散漫になっているハウデル一行には強敵となった。結果的に、第三班が魔獣犬の群れを倒すまでには、平均的な討伐時間の五倍ほどがかかった。


「……さすがに可哀想になってくるな」


 完膚なきまでに叩きのめすことを望んでいたはずのフィオメリカまでが、顔を顰めてそんなことを言い出す。尤もその同情の向けられる先はハウデル自身よりも、その仲間の班員たちである。

 これが対抗戦の最終試合。既に第三班の所要時間順位の最下位は確定しているはずだ。第十班の順位も午前より落ちる可能性は低いであろう。第三班の対戦相手としての加点や、その他諸々の評価を含めれば、総合点でさらに上の順位の可能性も生じてくる。


 最後の召喚陣を仕掛けた場所は、人の背ほどの疎らな灌木の間に下生えの草がみっしりと生い茂っていた。その叢の中に最後の召喚陣が埋まっている。

 第三班がその空間に足を踏み入れるのと同時に、召喚陣が起動する。最後を飾るに相応しいと第十班が選んだのは、座学の教科書でも僅かしか触れられていない植物系、その中でも特に珍しい茸型の魔獣――通称化け茸である。毒々しい深紅に濃紫の斑の傘で、柄の部分は薄茶色だ。形は典型的な茸の例に漏れないが、その大きさは途轍もない。高さは人の背丈を優に超え、太さも大人ひとりではとても抱えきれないほどだ。そして普通の茸との最大の相違点は、それが歩くという点だ。足が生えているわけではなく、菌糸を伸ばし重心をじわじわと移動して進む。

 魔法攻撃、物理攻撃の双方に耐性があり、少々の攻撃では効果が薄く瞬く間に回復する。倒すには強力な攻撃で一気に倒すのが定石と、座学では習ったはずだ。


 それを知ってか知らずか、ハウデルは班の進行を止めると、すぐさま詠唱魔法を唱え始める。その間、班員たちは化け茸の根元に向かって銃を撃ち続けるが、伸びる菌糸の先端が時折欠ける程度で、茸の歩みを遅らせることすらできない。着々と歩を進める化け茸は、ハウデルが詠唱を終えぬうちにその目の前へと達する。

 巨大茸が全身を震わせ、傘の部分から黄色い胞子がもわりと放出された。三班の兵たちが一斉に咳き込む。まともに吸い込んだひとりは体勢を崩し、そのまま倒れこんだ。


「げほっ! 足止めしろと言っただろうが!!」

「うっ、うわ!!」


 詠唱を中断して逃げ出したハウデルは、苦し紛れに魔力の刃で化け茸に斬りつける。途端に化け茸が一・五倍ほども成長した。驚いた別の班員も銃剣で咄嗟に斬りつける。再び、大きくなる化け茸。そして大きくなるごとに、一歩進むごとに、大量の胞子を撒き散らす。


「なんか変じゃないか!?」

「魔力を吸収して成長しておる!? あれは化け茸の上位種じゃ!! 魔力の刃で斬ってはならぬ!」

「まさか召喚陣が間違ってたのか!?」

「援護に出るぞ! 仕込みの剣を使え!!」


 異常を察した第十班は、試合放棄を覚悟で化け茸退治へと向かった。魔力の刃を避け銃剣の根元部分の金属剣で応戦するが、追い詰められた三班の班員を逃がすのがやっとで、茸に被害を与えるには程遠い。


「馬鹿者! 詠唱魔法で攻撃してはならぬ!」


『我は求めん! 邪なるものに裁きの(いかずち)を!』


 ラララルウナの制止も虚しく、ハウデルが発動した詠唱魔法が化け茸を直撃する。声の大きさの割には威力は小さく、ぶるりと震えて赤い傘が僅かに大きくなっただけだ。


 その頃になると観客席のほうにも動きが出てきた。様子を見守っていた教官たちが、介入のために防御結界の一部を解除し始める。

 下級詠唱士がすぐさま降りて来るが、詠唱魔法をひとつふたつ放ったところで、ハウデルより威力はあってもやはり効果は薄い。魔力樽が数人同時に銃撃すると、傘の付け根の部分に穴が穿たれた。しかしそれもすぐに塞がる。


「物理攻撃を集中させろ!」

「岩石魔法は? 槍雨では駄目か?」

「試している時間はない! 指示に従うのじゃ!!」

「リュウト! あれを使え!!」


 ヴァルエスの声に我に返ったリュウトは、後生大事に抱えていた魔力射出具を放り出し、腰に着けた魔石入りの革袋を引き千切る。工房のアグダの言葉を思い出し、魔力供給制限の補助魔法陣を避けて握り締め、一気に魔力を流し込んだ。


「ウラアァァァァァー!!」

「続けぇー!!」


 その場で動ける全員が、狙いを一転に定めて銃を連射した。

 化け茸の赤い傘が、無惨に破れ、弾け飛ぶ。そして轟音が鳴り止み魔獣茸の姿が消え失せたとき、第十班の対抗戦での上位進出の可能性もまた消えたのだった。

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