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対抗戦:攻撃

 夏の始まりの月の第十七日は碧の日である。予備訓練の第三週目の最終日のこの日は、朝から班別対抗の魔獣討伐模擬戦が行われる。

 試合は午前中に五試合、午後に五試合。各班、攻守を交替して午前と午後に一戦ずつするように試合は公平を期して組まれている。時間が許す限り各班とも試合前には自分たちの準備に力を入れたいところだが、対抗戦は試合である以前に訓練の一環であり、他班の試合もすべて見学が義務づけられている。


 第十班の午前の部は第四試合で、相手は第四班、まずは攻撃側からである。既に三試合が終了し、第四試合の準備が着々と進んでいる。

 召喚魔法陣を仕掛ける守備側のほうが圧倒的に準備には時間がかかる。第四班が競技場に散開して召喚陣を隠して設置する一方、第十班は武器の確認をしつつ、前の三試合の分析を行っていた。


「どの班も座学や戦闘訓練で習ったことをしっかりと守っているという感じだな」

「さすがにヴァルエスのお兄さんの模範試合は参考にできないよね」

「そりゃ無茶な要求だ。まあ、皆、よく言えば基本に忠実、言い換えればクソ真面目でクソ面白くないよな」


 彼らの他班に対する評価は、大筋で一致していた。使用許可の出ている魔獣は大きさ別に一覧が用意されていたのだが、実際に召喚された魔獣は座学で教えられたものや戦闘訓練での経験があるものが多数を占めたのだ。そのため攻撃側も対処方法を知悉していて、討伐不能で終了などということは一度も起きなかった。結局、如何に攻撃側が効率的に討伐出来たかと、如何に守備側が効果的に妨害行為を行えたかで差がついた。

 指導側からすれば基本に忠実に励むのは喜ばしいのだろうが、不測の事態への対応力を養うという観点ではいまひとつともいえる。


「私には骸骨型の犬狼が印象深かったな。物理的な攻撃は効きにくいし、どうせなら人間型を選べばよかったのにと不思議だった」

「人型の骸骨は魔法を使うからのう。中級以上の詠唱士の討伐案件故、今回の模擬戦で召喚するのは無理じゃ」

「思いの外、群れを有効利用していたな。虫や小型の鳥ではなく、烏を選んだ班は、なかなかの慧眼だと思うぞ」

「いや、たった三羽じゃ少ないだろう。せめて攻撃側の人数と同じ五羽は用意しなけりゃ、大した足止めにもならない。それよりはあの小型の蜘蛛の大群のほうが、厄介さは上じゃないか?」

「俺は蛇が嫌だな。あのにょろにょろを見るだけで気持ち悪くって……」


 情けないことを言うディルガだったが、討伐訓練の際には躊躇いも見せずに正確に蛇の身体を切り刻んでいた。それを知っているからこそ、冗談めかしたディルガの言葉に笑いが漏れる。


「魔石は、この袋に入れてくれ」


 リュウトが革袋を広げ、各自が持っている三個の魔石のうち二個ずつを回収していく。紫の日に工房で見せられた銃剣の連射から、魔石によって魔力量を増強する作戦に思い至ったのだ。試合に持ち込める魔石は個人に対して配布された三個ずつに制限のため、万が一の切り札のひとつを各自手元に残し、あとは魔力射出の魔術具を任されたリュウトが管理することになったのだ。

 設計士志望のリュウトではあるが、対抗戦では全員が物理攻撃と魔術具を使った攻撃手となる。つまり供給士に酷似した役割だ。そもそも設計士が前線に出ることは少ないし、ならばこの場では魔力樽の真似事をするのも悪くないなどとリュウトは考えている。


「ここまでの対戦を見るに、連射の出番はなさそうだな」

「だが魔力射出の使い道は多いだろう? 魔石分まで注ぎ込む可能性は低いが、念には念を入れたほうがいい」

「無駄に使って他所の班に真似られるのも癪だしな」

「そんな簡単に真似られるものではないだろう」


 少し投げ遣りな態度のリュウトに対して、ヴァルエスとフィオメリカが口々に宥める。他班が第十班の攻撃方法を真似ようにも、急遽、魔力射出の魔術具を入手するのは無理な話なのだ。


 そうこうする間に試合開始の時刻となる。

 第十班は、対戦相手の第四班の待ち構える競技場へと五人揃って入場した。隊形は中央にヴァルエス、その左右にフィオメリカとラララルウナ、後ろにディルガとリュウトが並ぶ。剣術や格闘の得意な攻撃力の高い三人を前衛に、魔術具による遠距離攻撃にリュウトとディルガという布陣だ。前衛の三人は既に銃剣を手に持ち構えている。


 対する第四班の姿は見えない。召喚陣を仕掛けた場所を見張っているか、あるいは第十班の進行を妨害しようとどこかで待ち構えているに違いない。


 観客席からは競技場の中の様子が丸見えだったが、逆はあまり見通しがよくないようだ。青い空の色と防御結界の薄紫の輝きが覗く木々の枝の隙間には、よくよく目を凝らせば観客の影や動きが見て取れる。

 記述魔法で生成された競技用の空間は、本物の野山の様子を見事に再現している。足元には草が生い茂り、うっかりすると、ここが演習場の中だということを忘れてしまいそうなほどだ。


「最初は何が来ると思う?」

「亜竜……は無理でも大蜥蜴とか出てこないかな」


 後衛の二人がひそひそ話をしていると、先頭を行くヴァルエスが何かに気づいて「しっ!」と片手を上げた。合図に従い灌木の陰に身を潜めると、前衛の三人の中でいちばん小柄なラララルウナが斥候に出る。


「繁みの向こうに魔獣山羊が三頭、既に召喚されて暴れている」

「召喚が早すぎたか、それとも予め興奮状態にするのが目的だったか……」


 敵兵の待ち伏せはないということで、身を隠していた場所からそのまま魔獣の現れた場所へと突入する。前衛三人は銃剣を銃にして構え、ディルガは剣にして魔術具を抱えて走るリュウトの防御に回る。

 繁みを抜けると、そこは草木の生えない岩場になっていた。三頭の魔獣山羊は、角を前に突き出し互いや周りの大岩に向かって無闇に突進していたが、五人の姿が目に入るなり、そちらへ向けて突っかかってくる。


 ヴァルエスとフィオメリカは銃で応戦するが、素早い上に動きが不規則な魔獣山羊には思うように当たらない。ラララルウナは銃から剣に切り替えて、魔獣山羊の動きを牽制する方針に転換したが、それでも三頭同時には捌き切れない。漏れた一頭がリュウトのほうへと向かってくる。ディルガが慌てて剣を突き出して向きを逸らすが、角に袖口を引っ掛けられて転倒する。


「角に気をつけろ。突き刺すだけでなく、引っ掛けて投げ飛ばされるぞ」

「どうにかして動きを止めるのじゃ!」


 魔獣山羊は近寄れば角で突き、離れれば飛び蹴りをする。距離を取れば器用にも石を蹴上げて攻撃してくる。

 ラララルウナの言葉に、リュウトは慌てて網を取り出す。一枚をディルガに手渡し、もう一枚を魔獣山羊目掛けて投げつけるが、胴体に当たって地面に落ちてしまう。それをフィオメリカが拾い上げる間に、ディルガが別の一頭の角に網を引っ掛けることに成功した。

 リュウトは射出の魔術具に急ぎ魔法陣を取り付け、魔獣山羊に向けて発射する。魔力の網が広がり、狙いを過たず魔獣山羊の身体を包み込む。止まることなくリュウトは二発、三発と魔力の網を射出し、魔獣山羊たちを雁字搦めに絡めとる。

 動きが鈍った魔獣山羊に前衛の三人が素早く駆け寄り、銃や剣で止めを刺した。



 次に彼らの行く手を阻んだのは大量の蛾の群れだった。低い木が疎らに生えた空間を、前が見えなくなるほどに埋め尽くす大群だ。

 しかも今度は守備側による妨害行為もあった。最初に異変に気づいたのは、やはり実戦経験豊富なラララルウナだった。


「これは毒蛾じゃ。気をつけろ、木陰に隠れて風魔法を……風の魔術具を使っている者がおる!」


 守備側が持つ大きな羽根のついた魔術具から発生する風に乗り、魔獣毒蛾は少しずつ攻撃側のほうへと寄ってくる。守備側は顔や腕を布で覆い隠した完全防備だ。攻撃側は剥き出しの肌に鱗粉や細い毛針が触れて痒さと痛さに顔を顰める。しかも魔獣の名に相応しく、ただの痒みや腫れだけでなく、意識を朦朧とさせる効果もあるようだ。


 少し離れていたお蔭で影響の薄いリュウトは、どうするべきか思案する。ディルガが「火の魔術具を!」と叫んでいるが、仲間が巻き込まれている中に火を放つのは危険過ぎる。風で押し返すのも、敵の魔術具の出力に対抗しきれる保障はない。

 迷った末にリュウトが選択したのは水だった。空中の水分を凝縮する魔法陣を射出具の先端に込めて射ち出す。前衛に「下がれ!」と指示を出しながら、続けざまに今度は高熱を発する魔法陣を射ち出す。辺りに滞留した水分が高熱により一気に水蒸気になり、毒蛾は一斉にくったりとして地面へと落ちた。

 今度こそは通常の水魔法の魔術具を使い、全員の身体や服にこびりついた毒蛾の鱗粉や毛針を洗い流す。その間に守備側は姿を消していた。


「あと少しだ! 気を抜くな!」


 ヴァルエスに叱咤され、彼らは木立を抜け、沼地を越え、再び木立へと入る。それなのに最後の魔獣が出てくる気配はない。守備側が妨害工作を施している様子も見られない。不審に思いつつ最後の木立を抜ければ、後は競技路の終端まで砂地が続く。その砂地へと足を踏み入れた途端に、それは始まった。


「足下じゃ!!」

「うわっ!」


 ラララルウナの声に、全員が慌てて横へ後ろへと飛び退く。荷物のせいで反応が遅れたリュウトは、何かに足を捕られ地面に倒れ込んだ。その拍子に抱えていた魔力射出具を取り落としてしまう。拾おうと手を伸ばすが、何故か身動きが取れない。リュウトの足には太い蔦のようなものが、がっしりと巻きついていた。そこを横に跳んでいたフィオメリカが、すぐさま銃剣で蔦を斬り裂く。

 助け出されたリュウトは、射出具を求めて走り出すが、その度に地面を突き破り伸びてくる蔦に邪魔され、思うように進むことができない。他の仲間たちも、銃剣の魔力の刃で蔦を斬り払っていくが、いくら斬っても際限なく蔦は伸びてくる。


「焼き払え!」

「無駄だ! 根っこをどうにかしないと!」


 元々、あって無きがごときだった十班の連携は、完全に崩壊していた。各自がバラバラに飛び回り、闇雲に蔦を斬り刻む。個人持ちの炎の魔術具を使って焼き払おうとする者もいるが、地面の下に張った根を燃やすには至らない。

 そんな中、リュウトの手が漸くのことで地面を転げる射出具に届いた。火の魔術具は駄目だ。地面を均したり掘り返したりする魔法陣ならどうか。しかしのべつ幕なしに形を変え続ける地面の上では、目的の魔法陣を準備するのも一苦労だ。と、魔石を入れた革袋に片手が触れた――ならば、とリュウトは魔石をひとつ取り出し、全身全霊で魔力を射出具に流し込む。

 狙いは蔦そのものではなく、その生えている地面だ。波打つ地面の割れ目に魔力を直接捩じ込み、根こそぎ土ごとひっくり返す。


 リュウトの動きに気づいたヴァルエスたちが、地表に晒された蔦の根に攻撃を仕掛ける。ただ斬りつけるだけでない。地面を掘り返した余剰の魔力があるので、火の魔術具の効果も倍増する。酸素を過剰に供給したかのように、激しい爆発音と共に地表にばら撒かれた蔦が一瞬のうちに燃え尽きていった。


「やっと終わった……」

「いや、あれを見ろ」


 奮闘したリュウトは安堵の溜息を吐いたが、ヴァルエスは前を指差し処置なしという表情で首を横に振る。

 三種類の魔獣を倒した現在、競技路の終端に達すればそれで試合は終了である。だが終端を目前にした第十班の進路は、蔦ごと穿り返され大きく陥没した地面によって阻まれていたのだった。

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