表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/41

模範試合

 新兵たちの戦闘訓練の中心は、碧の日の対抗戦に向けて班毎に集団戦の訓練と作戦会議へと移っていた。魔法の指導が始まる前の段階での模擬戦闘は、教える側にとっても初の試みであり、すべてが手探りの状態なのだ。


 そして週の第三日である黄の日。新兵たちは魔法支援部門の演習場に急遽設えられた観客席に集められていた。朱の日に予定されていた詠唱士による模範試合が、翌日の黄の日へと延期になったのだ。


「新人の訓練ごときに、兄上が自ら模範を示されるとは思いもしませんでした」

「たかが下級詠唱士や供給士の模擬討伐など、見学したところで碌に学ぶことなど無かろう。可愛い弟のために、急ぎ大鷲の討伐を終わらせ戻ったのだ」


 観客席の一番前に陣取り、魔獣大鷲討伐の顛末を滔々と語るのは、ヴァルエスの長兄のドマシュ・カッリジョルドである。髪の色は弟と同じく淡い青紫だが、瞳は酷薄そうな灰色だ。尊大な態度も弟とよく似ているが、家柄と試験の成績しか未だ誇るもののない弟とは違い、筆頭詠唱士の名に恥じない実績に裏打ちされている。

 いきなり予備訓練に口を出し予定を覆した兄の行動にヴァルエスがひたすら当惑する中、ラウデリアの誇る筆頭詠唱士に苦言を呈することができるのは、この場ではラララルウナしかいない。


「たしかに上級詠唱士の討伐は見応えあるじゃろうがのう……過ぎたるは猶及ばざるがごとし、初めて詠唱士の戦いぶりを見る新人に、その凄さを正確に理解しろというのは難しかろう?」

「ならばなぜ貴様が手本を示して教育しない? 天才だの姫騎士だのと煽てられいい気になって、たった一度の失敗でこのざまか。もう戦い方も忘れたか?」

「ふふ、返す言葉もないのう。だからこうして新人に混じって一から学び直しておるのじゃ」


 魔獣が現れるのは山や森の中が多く、模擬戦の競技場もそれを模している。木々に囲まれた複雑な順路が、みるみるうちに記述魔法によって観客席の下を左右に伸びていく。中を往く者には草や木々によって目隠しがされるのだが、観客席から覗き込む分には上手い具合にすべてが見晴らせるような工夫が随所に凝らされている。

 今日はドマシュによる模範試合のみであり、この段階で既に魔獣の召喚陣も仕込まれている。対抗戦当日に仕掛ける参考にしようと新兵たちは教育課配属の設計士たちの作業を見守るのだが、彼らの未熟な目では魔法陣の内容を正確に読み取るのはあまりに難しい。


「貴様がそんなだから……。やはり女に軍人は務まらぬか……」

「ドマシュ様! それはあんまりです! 女だから一度の失敗で、すべてが否定されるのですか? ひとりの女が失敗すれば、それがすべての女の評価になるのですか?」

「お前は……デュラレネルの娘か? 弟の恨みも忘れて、すっかり不運の姫騎士に手懐けられたか」


 ドマシュの口調には、女性一般を蔑んだりラララルウナ個人を貶めるというよりは、詠唱士の一線から退いたこの状況に甘んじるラララルウナに対するもどかしさのようなものが滲んでいた。しかし言葉を表面的に捉えたフィオメリカに食ってかかられ、ドマシュは対応を誤りさらに要らぬ言葉を発する。


「リーヴィデの負傷が何の関わりがあるというのですか!?」

「その女は類稀なる力を持ちながら、己の身に振りかかる災いを振り払いもせず、ただ他人に押しつけることで生き延びてきたのだ。お前も迂闊に近づいて弟のような目に遭わぬよう、せいぜい気をつけるがいい」


 そう言い捨てると、ドマシュ・カッリジョルドは競技場へと降りて行った。

 脇から様子を窺っていたリュウトとディルガは顔を見合わせ、そして溜息を吐く。ラララルウナはどこか哀しい目つきで苦笑し、唖然としているフィオメリカの肩を軽く叩いた。


「吾は言い訳はせぬ。ただ……奴の言うことが気になるのなら、班替えでもなんでも応じるぞ、フィオメリカ」

「いや……リーヴィデの怪我がラララルウナに関係ないことは承知している。ただ女だから駄目だと決めつけられて、かっとしてしまったのだ。覚悟していたはずなのに……やはり駄目だな」

「すまない……。兄はその……ラララルウナにもフィオメリカにも含むところがあるわけではないのだ。ただ詠唱士としての己に誇りを持っているが故に、それとは違う在り方を選ぶ人間がいることが信じられないのだろう」

「お前の兄貴って、随分と面倒くさそうな男だな」

「……そうだな。出来の良すぎる兄貴たちのせいで、末っ子は苦労しているよ」

「筆頭詠唱士ってことは英雄だろ? 英雄の戦いぶりを目の前で見物できるなんて、すっげえ幸運じゃね?」


 皆が、いろいろな意味で疲れを感じている中、なんとも能天気なディルガの言い分であった。


               ○◎●○◎●


 競技場へと現れたドマシュは、マントや飾緒といった上級詠唱士の式典用の軍服を身に纏っていた。長身で自信に満ち溢れたその姿は見栄えがするが、決して実戦向きの格好ではない。

 攻撃側はドマシュ以外に供給士が三人である。彼らは魔力樽の蔑称の通り、背負子に樽を載せて運ぶ。当初は下級詠唱士がもうひとり入る予定だったのだが、ドマシュの「必要ない」のひと言で守備側へと回った。


 ドマシュは足をほとんど動かさずに、地面から少し浮いた状態で宙を滑るように進む。あまりにも滑らか過ぎて、観客席から見下ろすと、その異様さが際立つ。


「あれは魔術具の靴を履いているんだ。古代詠唱騎士の飛翔靴の改良型だそうだ」

「足音を立てず、地面を揺らさずに進軍するには必須の魔術具じゃな。もっとも模擬戦用の魔獣程度が相手では魔力の無駄遣いにしかならないがのう」


 魔力に余裕のある上級詠唱士だからこそできる技だとラララルウナは言う。その言葉を裏付けるように、魔力樽たちは自力で地面を蹴って走っている。これでは音を立てないという目的は果たせない。


 彼らが木々が立ち並ぶ辺りへと差し掛かると、一斉に枝々から小さな黒い影が飛び立った。ピチュピチュとさざめく鳴き声は、椋鳥の大群だ。たかが小鳥とはいえ、空を黒く覆い尽くすような数に、観客席の新兵たちは、思わず首を竦め頭を庇おうとする。

 前方を進んでいた魔力樽が魔術具を取り出すのを遮り、ドマシュが詠唱魔法を唱え始めた。


『我は求めん! 地獄の業火がすべての災厄を焼き払わんことを!!』


 ドマシュが手を振り上げると、真っ赤な炎が鳥の魔獣の群がる木々を一気に呑み込んだ。膨れ上がる炎に煽られ、先頭のほうに座っていた新兵たちは身を捩り逃げ出そうとする。


「心配するな。防御結界が張ってあるから大丈夫……なはずじゃが、随分と景気よく燃やしたものだのう」


 ラララルウナの声に観客席はほっとひと息吐いたが、競技場は惨憺たる有り様であった。小さな雑木林ほどもあった木々は焼き尽くされて僅かに根本の辺りを残すばかり。魔獣の姿は羽根のひとひらすら残さず消えていた。


「す、凄い……」

「詠唱魔法って、あんなに威力があるものなのか……」


 新兵たちの多くは上級詠唱士の能力に驚愕するばかりで、自らの対抗戦にこの場で得た知見を活かそうと考えるものは皆無であった。尤もそれは新兵たちの能力や心構えの問題というよりは、さほど強くもない敵を相手に過剰な火力を用いたドマシュの責任でもある。仕方ないと魔獣討伐関連の教官たちは、新兵たちの考えを誘導する。


「やっぱり飛翔能力のある魔獣が有利か?」

「鳥より虫はどうだ? 蜂とか蝗とか、討ち漏らしも多いし厄介な敵じゃないか」

「虫は鳥よりも簡単に焼き尽くせるだろう?」

「魔術具では、あんな凄い火力は出せないさ」

「蝗の大群は規模が大きすぎて、手に負えないんじゃないか?」


 漸く新兵たちが本来の目的を思い出し議論を重ねる間にも、ドマシュたちは前進する。そこへ待ち伏せていた守備側の一団が襲いかかる。下級詠唱士や魔力樽たちは対抗戦の規則に従い徒手空拳での闘いを仕掛けるが、ドマシュはそれを軽い詠唱魔法で吹き飛ばす。その隙にとばかりに飛び掛かった別の魔力樽を、ドマシュは今度は魔力すら使わずに無造作に蹴り飛ばす。


 ドマシュは次々と現れる魔獣を屠っていく。大猪や模擬戦で許される中型魔獣の最強とされる豹までもが一撃で斃される。


(ぬる)い! もっと強い魔獣を出せ!」


 苛立つドマシュに追われるように、守備側ばかりでなく模擬戦を管理する教官や助手たちまでもが走り回り、競技場を修復し、新たな魔獣召喚陣を投じていく。

 それでもドマシュの勢いは止まらない。進路を妨害しようと置かれた丸太は一瞬で燃やし尽くされ、土砂は激流に押し流される。魔獣犀は地面から生えた氷の槍に貫かれ、暴れる大鹿は風の刃に切り刻まれた。


「これで終いか!?」


 攻撃側がすべての魔獣を討伐し、競技場を端まで通り抜ければ終了となる。その経路の終端を目前にして現れたのは、大型に分類され、防御力の高さから討伐難易度も高い魔獣の大亀であった。甲羅だけでも軍用車を越す大きさのある巨大な陸亀だ。今は甲羅から伸ばした頭がドマシュたちを睥睨し、獅子のように咆哮する。

 歩みを止めたドマシュは、軍刀をすらりと抜き放ち、大亀と対峙する。


 ドマシュと亀が睨み合う間に、魔力樽たちが亀に走りより攻撃を仕掛けた。ある者は炎の魔術具を、ある者は石の槍の魔術具を使い攻撃するが、全く効果が見られない。銃剣を抜き甲羅の外に出た部分に斬りつけるが、前脚のひと振りで払い退けられてしまう。


「やっぱり銃剣じゃ大型魔獣は倒せないのか……」

「銃剣どころか魔術具でも無理じゃないか……」


 暫く魔力樽の奮闘ぶりを眺めていたドマシュは、魔力樽たちが疲弊し息を切らし始めるのを見て、徐ろに詠唱魔法を唱え始めた。


『我は求めん! 大地の怒りよ、不浄なる獣の足下を呑み込め!』


 唸るような地鳴りと共に地面が隆起を始め、大亀の身体がゆらゆらと揺れ動く。次の瞬間、小山ほどに盛り上がった地面が陥没し、大亀は激しい地響きを立てながら転がり落ちる。


「凄え……!! 倒しやがった!」

「魔術具でも行けるのか?」

「無理だ、あれだけの質量を動かす記述魔法なんて書けるわけない!!」


 魔力樽が駆け寄り銃剣で手足を突くと、腹を上に足掻いていた亀は手足を甲羅の中へと引っ込めた。魔力樽たちは躊躇わずに銃剣を甲羅の中へ差し入れ、魔力の弾を撃ち込む。ドマシュが刀身の長い軍刀を亀の頭の辺りへずぶりと突き入れると、割れ鐘のような不気味な呻きが響き渡る。

 ドマシュの合図で、魔力樽が担いでいた樽の中身を甲羅の中へと注ぎ込むと、揮発性の刺激臭が観客席にまで漂ってきた。


「あれは……ガソリン?」

「がそりん……ってなんだ、そりゃ? あれは魔石油……だっけ?」

「魔石炭に代わる魔力資源の魔石油だ。たしか兄上は魔石油の実験の協力を頼まれていたはず」

「そうじゃな。実戦で試すのは、失敗しても挽回できるだけの余裕のある高能力者がやるべきと、自ら手を上げておった」


 魔力樽が魔法陣を張り巡らし、亀の手足の出る穴を塞いでいく。さらにその上からドマシュが詠唱魔法を重がけしたことで、大亀は蓋を綴じつけられた鍋のような状態になった。

 最後にドマシュが再び詠唱魔法の業火を唱え、甲羅の中を蒸し焼きにした。


「あれを真似る……のか?」

「どう考えても無理……だよな?」


 筆頭詠唱士のドマシュによる魔獣討伐の手本は、上級詠唱士に対する尊崇の念を集めるには成功したものの、新兵たちに実践的な知識を与えるという点ではどう考えても失敗に終わったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ