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妖物語  作者: 飯綱 華火
因縁奇譚
8/11

小さな侍

 ―――それはさかのぼること一時前(二時間前)


 決戦を目の前に、奇里と安慶は宗次郎を呼んだ。

 いつになく真剣な面持ちの二人を前に宗次郎も緊張した表情を浮かべる。

 他にも呼ばれたのは典明と武士三人。彼らもまた緊張を隠しきれないでいた。


「お姉ちゃん……」


 すがるように宗次郎は奇里を見る。しかし奇里はいつものように微笑まない。


「今ここに呼んだのはあなたたちにお願いがあるからなの。

 私と安慶はこれから決戦に赴くわ。その時に皆の力を貸してほしいの」


 皆に対し頭を下げる奇里。安慶もそれにならう。

 その姿に一同は思わず息を呑んだ。


「ちょっ、ちょっと待ってください。力を貸すと言っても我々じゃあ妖と戦えないじゃないですか!?」

「それはもちろんわかってるわ。

 いい、あなたたちはネコマタに出会ったと言ったわよね。その後で操られてしまったと。私と安慶の考えでは今回の戦いで妖憑きと妖を操っているのはそのネコマタなのよ。そして私たちが館を攻めれば当然また妖たちを差し向けてくる。今回は総力戦になるわ。だからきっとその数は今までの比じゃなくなる。もしかしたら私たちは本命に辿り着く前にやられるかもしれない。でももしもネコマタを倒せればそうはならなくなる。そのためにあなたたちに力を貸してほしいのよ」

「―――っ!? で、でも一体どうやって」

「単純だ。お主たちには俺たちが力を貸す」


 安慶が剣を手にしそう言った。


「これは『降魔の利剣‐ゴウマノリケン‐』といって不動明王の持つ剣だ。これには霊力が籠められていて普通の者でも妖を倒すことができる。これを使ってネコマタを倒してほしいのだ」

 

 典明と武士が剣に目を向けるなか、すでに話についていけない宗次郎は頭に疑問符を浮かべていた。


「ごめんね宗次郎。宗次郎にはまだ難しいよね。でもね、これは宗次郎の『力』がいるのよ」

「僕の力……?」

「ど、どういうことですか奇里様!?」

「宗次郎は昨日の戦いのとき姿を隠していた妖をいち早く見つけだした。これは相当の霊感と霊視の力がないとできないことよ。おそらく宗次郎はその力だけで言えば私たちよりも上。どこにいるかわからないネコマタを見つけて倒すには宗次郎のその力が必要なのよ」


 奇里は宗次郎を見つめる。宗次郎も奇里を見上げ、皆が宗次郎に注目した。


「私たちが妖を誘き寄せる。その間にネコマタを退治してほしいのよ」

「なるほど。わしらは宗次郎の護衛っちゅうわけですか」

「ええ。でも典明さん、これはすごく危険なこと。だから宗次郎を戦わせるかはあなたが決めて」

「……いんや、それはわしが決めることじゃあないですだ」


 ぽんぽんと典明は宗次郎の頭を撫でる。


「宗次郎、おめぇ奇里様を助けてぇか?」

「うん! 僕お姉ちゃんの力になりたいよ!」


 典明の問いに宗次郎は力強く頷いた。

 それはけして無知からくるものではなく、宗次郎の瞳には決意の光が宿っていた。


「聞いての通りですだ。わしらはずっと奇里様と安慶様に助けてもらってきた。だから今度はわしらの番ですだ。宗次郎はわしが守る。だからいっしょに戦わせてくだせえ」


 皆が一斉に二人を見、力強く頷く。

 それに二人は頷きを返した。

 

 ○○○


 それは奇しくも同時刻。

 奇里と安慶が戦い始めた時、宗次郎もまた敵に辿り着いていた。

 そこは館の裏手。木々の茂る森の中、爛と二つの眼が不気味に光る。


「あれがネコさんのお化け」


 闇の中にうずくまるネコマタを見つめつぶやいた。

 その手には安慶から授かった降魔の利剣を握る。


「危ないから宗次郎くんは下がってて」


 それぞれの武器を携え武士が宗次郎を守るように前に出る。その後には典明が続き二重の盾となる。

 皆それぞれ安慶から防御のための呪具を授かっている。それでも彼らの緊張は隠せない。


『ニャア―――』


 足下がふるえる彼らを嘲笑うかのようにネコマタが鳴く。

 ゆっくりと立ち上がった背後に、ぽつぽつと火が灯る。


「な、なんだ!?」

『―――ニャア』


 またネコマタが鳴く。

 ゆらゆらと揺れる炎は鬼火と呼ばれるもの。

 それが一つ、二つと次第にその数を増していく。


「ひっ―――」

「だまされちゃダメだよ!」


 宗次郎が叫んだ。


「あんなのウソだよ!お姉ちゃんに言われたんだ、僕はだまされないもん!」



 ―――いい、宗次郎。ネコのお化けはきっと宗次郎たちを騙そうとする。でも宗次郎なら騙さ

れない。ネコのお化けに会ったらまずはよく見るんだよ―――



 大きく大きく宗次郎は目を見開く。その視界全てにネコマタが入るようにと。

 ネコマタは様々な神通力を持つと言われており、このネコマタに関して言えば『妖を操る』というのがそれにあたる。

 それ以外の点ではさほど脅威にはならないと奇里と安慶の二人は踏んだのだ。

 そして宗次郎の目にはネコマタの周囲に灯る炎がまやかしのものであるとしっかり映っていたのだ。


「よ、よしっ。行くぞ!」


 一人の合図に武士が一斉にネコマタめがけて駆け出した。

 しかし、結局は戦いを知らない子供の言う言葉。爪が甘すぎた。


『ニャア―――ッ!』

「え―――?」


 ネコマタの咆哮とともに炎の雨が降り注ぐ。


「ぐ、ぐわあぁぁぁあ!」


 火だるまに包まれる三人の武士。それを見てネコマタが薄く口元を釣り上げた。


「お侍さんっ!」

「―――あぶねぇっ!」


 走りだそうとした宗次郎を典明が引き戻す。宗次郎が向かおうとした先に火の玉が落ちる。


「うわっ」


 間一髪の回避にネコマタは残念そうに鳴く。

 ネコマタは年老いたネコが成るとされる妖怪。故にどこまでも狡猾だった。


『ニャッニャッニャッ。我が神通力を甘くみたニャ小僧』

「わっ、ネコさんがしゃべった!?」


 突如ネコマタが口を開き、さらには二本足で立ち上がった。


「ね、ネコさんが立ってる……」

「な、どうなってんだこりゃあ……」


 宗次郎と典明は我が目を疑った。

 しかしいくら宗次郎が目を凝らしてもそれは真実。


『甘くみるでニャい。これでもわしは長寿のネコマタ。他のやつらといっしょにはせんことじゃ』


 ニヤニヤと笑うネコマタの背後にまた鬼火が灯る。


「お、おじちゃん……」

「今度は本物か!」


 典明が宗次郎を守るように前に立つ。


『ニャッニャッニャッ。勇敢じゃの、まぬけ』

「―――っ!ぐわあぁぁぁあ!」


 ほとばしる無数の鬼火に典明は吹き飛びそのまま炎に包まれる。


「おじちゃんっ!」

『あとは小僧のみ』


 薄く笑うネコマタ。その爪が宗次郎へ向き、


「う、ぉぉぉおっ―――!」


 武士の一人がネコマタに突っこんだ。


『ニャに!?』

「ぉぉぉおっ!」


 体勢を崩したネコマタへとさらに二人が斬り掛かる。しかし、


『―――ニャア』

「―――っ!?」


 鳴き声とともに武士の体が宙を舞う。


『まだまだ甘いニャ』


 どっ、と地に叩きつけられる三人の武士。今度こそぴくりとも動かない。


『じゃあニャ、小僧』

「宗次郎―――ッ!」


 またも典明が盾になる。直撃する鬼火。しかし典明は踏みとどまった。


「に、にげろ、宗次郎……」

『邪魔ニャ』

「―――ッ!!」


 散弾のように鬼火が飛び散る。それを典明は宗次郎を抱きしめるようにして全てをその身で受けとめた。


「に、にげ……」


 小さく声をこぼし、典明は動かなくなった。


「おじちゃん……?おじちゃんっ!?おじちゃんっ!」


 宗次郎の声にも答えない。


『無駄。もうお前は一人ニャ』


 冷酷に、ネコマタが告げた。

 薄笑いを張りつけゆっくりゆっくりと近づいてくる。


「おじちゃん……」

『ニャに……?』


 ゆっくりと宗次郎が立ち上がった。その手には降魔の利剣が握られている。


「ゆるさない、おじちゃんを傷つけるのはゆるさないっ!」

『ニャ、お前っ』


 宗次郎の体が蒼い光に包まれていく。

 それはまごうことなき霊力の輝き。

 降魔の利剣がその霊力を受け金色に光輝く。


「うわあぁぁぁあ―――っ!!」


 剣を持ち宗次郎は一直線に突進する。


『ニャめるなっ!』


 放たれる鬼火の弾丸。

 しかし宗次郎の突進は止まらない。


『ニャ、ニャんで………ニャァァァァア―――ッ!』


 響き渡る断末魔。

 降魔の利剣に貫かれ、ネコマタは闇の中にかすれて消えた。


「やっ、た……」


 ぐらり、と視界が揺れる。そのまま宗次郎は意識を失った。



                                         小さな侍/了


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