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妖物語  作者: 飯綱 華火
因縁奇譚
7/11

決戦

 明くる朝。

 陽は昇り、また沈みゆく。

 夕焼けが茜色に染めゆく中で奇里と安慶は将棋盤を囲んでいた。

 パチリ、と音を鳴らし奇里が駒を置く。

 置かれた駒は王将。挟むように飛車と角。周囲に歩を散らす。


「おそらくはこんな感じでしょうね」

「うむ……。この歩はわかるとして飛車と角はなんだ?」

「坊主二人よ。確かあいつを退治しに行って帰ってこないんでしょ?なら十中八九手駒にされてるわ」

「なるほど」


 二人は盤上をじっと見つめる。最善の手を打つために。


「問題は歩の数ね。妖がどれだけいるか。それと……」


 パチリ、パチリ、と歩を裏返していく。


「どのくらいの妖憑きがいるか」

「ああ。となると数を相手にするよりは本体を叩くほうがよかろう」

「ええ、でもそれが問題なのよ」

 

 パチリ、と金将を置く。


「ほば間違いなく妖憑きはネコマタに操られているわ。お侍さんたちの話は重要よ。ただそいつがノコノコ出てくるかどうか……」

「ならば誘い出すまで、と言いたいのだが生憎とこちらの手駒がな……」

「ねぇ、ネコマタってなぁに?」


 ちょこんと、宗次郎が奇里の隣に座った。


「ネコマタって? ネコさんのお化け?」

「え、ええそうよ。しっぽが二つあるネコさんのお化け」

「えっ、しっぽが二つのネコさん!?」

「そう、とっても怖いネコさん」


 奇里がわざと声を低くして言うと宗次郎はぶるっと体をふるわせた。


「うぅ……」

「ごめん、ごめん。そんなに怖かった?」


 しがみつく宗次郎をあやすように奇里は頭を撫でる。


「ふむ……」


 安慶は何やら思案気に二人を見つめ腕を組む。


「奇里」


 パチり、と駒を置く。置かれた駒は桂馬。


「ちょっ、安慶それ本気?」

「ああ、無論だ」

「でも諺の通りになるわよ」


 桂馬の意味を瞬時に読み取ったのか奇里は訝し気に安慶を見る。


「これでどうだ?」


 パチリ、パチリ、パチリ、と奪い取った駒を含め香車が三枚。


「……確かに。これなら後は」

「やり方次第、だろ?」


 ニヤリ、と安慶が笑った。



      〇〇〇



 びゅうびゅうと風が鳴く。

 それはまるで得体の知れない怪物の泣き声のよう。

 遠く続く長階段。その先に館が一つ。月光の下、照らされるそれを眺め見る。

 たたずむ二つの影法師。

 ため息が一つ、零れ出る。


「いきなりだけど、嫌になるわ」

「それは俺とて同じだ。愚痴を言っても仕方あるまい」

「あら、坊主なのに冷たいのね」

「ふん、昨日優しくしただろう」

「ならまた泣いたら優しくしてくれるのかしら?」


 気だるげな会話が交わされる。

 二人の見上げる先、影はなく、姿もない。

 されど二人の感覚が感じ取る。無数に蠢く異形の輩を。


「さて、覚悟を決めようではないか」

「ええ。でも、そんなのとうの昔にできてるわ」


 錫杖を握り、太刀の鯉口を切る。

 見据える場所はただ一点。

 目指す場所はただ一つ。

 月下に揺れる影二つ。

 力強く地を蹴った。


『―――――ッ!!』


 奇声が沸き上がる。空気を震わさんばかりに轟く声は異形の咆哮。

 侵入者である二人を殲滅せんと雄叫びをあげ襲い来る。


「安慶、先駆けの一番槍、もらうわよ」


 鯉口を切り、奇里は速度を上げる。

 迫りくる妖の群れ。それに奇里は突っ込んだ。


「不知火―――ッ!」


 鞘走る抜刀。銀線が弧を描き襲い来る敵を斬り飛ばす。しかしそれで奇里は止まらない。


「ハアァァァア―――ッ!」


 抜刀の力を利用した円運動。奇里の体が旋回し突き進む。

 触れるもの悉くを斬り伏せるその動きはさながら暴風。

 小さな台風と化した奇里が道を斬り開いてゆく。


『ブォォォオオ―――ッ!』


 奇里の進軍を妨げるように一匹の妖が立ち塞ぐ。

 見上げるほどの巨体のそれは牛の頭に鬼の体。手に握るは血染めの大斧。


「―――牛鬼!?」


 思わず奇里の動きが止まる。


『ブォォォオオ―――ッ!』

「伏せろ、奇里!」

「―――ッ」


 咄嗟に体を屈める。その背後、


「石は流れ、木の葉は沈み、牛は嘶き、馬は吠える!」


 放たれる金線。投躑された錫杖が牛鬼の心の臓を射ち抉る。


『ブォォ……』

「ハッ―――!」


 動きの止まった牛鬼を奇里の一刀が斬り伏せた。


「止まるな、奇里」

「ええ!」


 振り返ることなく奇里は走りゆき、錫杖を抜き取った安慶がその後に続く。


『―――――ッ!』


 襲い来る妖の群れはなおも止まらない。

 それを時に斬り捨て、時に防ぎ躱し、突き進む。

 目指すは長階段の頂上。その頂きにそびえ立つ大門。


「ハッ!」

「ぬんっ!」


 辿り着いた奇里と安慶が同時にぶち抜いた。


「「―――ッ!?」」


 そこに待ち受ける妖憑きの群れ。

 武士に農民にとその出で立ちは多種多様。有象無象のように蠢くそれら妖憑きたちが一斉に牙を剥く。


「うそでしょ!?」

「迂濶。挟まれたかっ。」


 門を通りやってくるは妖の群れ。

 屋敷と門の間に挟む庭園に異形の同胞が集い合う。

 退路を断たれた二人は無数の妖怪に囲まれた。

 じりじりと間合いが狭められていく。奇里と安慶は互いの背中を合わせ妖と対峙する。

 見渡す限り一面の妖の群れ。

 絶体絶命という言葉が奇里の脳裏をよぎる。


「奇里。先の技、もう一度使えるか」

「ええ、もちろん」

「ならこの集団を崩す。その隙に頼む」


 安慶が懐から数珠を取出し、宙へ放る。


「修験法――星時雨」


 光輝く数珠の玉。それが流星の如く降り注ぐ。


「今だっ!」

「―――不知火ッ!」


 再び暴風が荒れ狂う。

 旋回する奇里が周囲の妖を斬り払う。

 それでも、


『―――――ッ!』


 妖の包囲は崩れない。

 多勢に無勢。あまりの数の多さに火力が追い付かない。


「ちっ」

「くっ」


 まるで縦横無尽が如く襲い来る攻勢に二人の体が朱に染まっていく。

 背を合わせ守りに徹する二人だがそれですら防ぎきれない。


「どうやら歩の餌食は私たちみたいね」

「ふん、なればこそだっ」


 必死の守勢を敷く二人。

 嘲笑うかのように攻め立てる妖。

 それは常日頃の逆転劇。

 退治する側とされる側が入れ替わる。

 しかし、それは唐突に終わりを迎えた。



『―――、―ッ……、………』



 不意に咆哮が止む。

 操り人形が糸を切られたかのように妖憑きたちは倒れ、妖は霧散し消え去ってゆく。

 それはあまりにも突然の出来事だった。

 訪れる束の間の静寂。

 びゅう、風が走り抜ける。

 さらさらと髪を揺らし、奇里は遠く屋敷の背後に目をやった。


「良く頑張ったね、宗次郎」


 遠く。

 疲れ果てているであろう宗次郎に向けて奇里は微笑みを浮かべた。



                                           決戦/了


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