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妖物語  作者: 飯綱 華火
因縁奇譚
10/11

花火

「行くよ、お姉ちゃん!」


 照りつける太陽と蒼く済んだ蒼穹の空。

 蝉の合唱が鳴り響く夏の午後。それに負けじと声が上がる。


「せーのっ!」


 掛け声とともに二人の口から放たれ弧を描き飛んでいく黒い物。

 西瓜(すいか)の種の種飛ばし。

 縁側に腰掛け二人は仲良くスイカを頬張っていた。


「やったー、僕の勝ちー」


 宗次郎は笑顔を浮かべ、シャリシャリと美味しそうにスイカを口にする。

 それは穏やかな日々の一風景。



 キリシマとの戦いから数週間が経過していた。



「西瓜か。美味そうな物を食べている」

「あら、安慶もいっしょに食べる?」

「ああ、頂くとしよう」


 ふらり、とやってきた安慶は二人と同じく縁側に腰掛け真っ赤に熟れたそれをを口にする。


「ねぇ、安慶さん。おじちゃんは大丈夫?」


 それに不安げな声を宗次郎がかける。


「ああ。もう大分回復したからな、直に歩いて回れるようになる」

「ほんとっ!?やったー」

「安慶、お侍さんたちは?」

「彼らも同じだ。もうほぼ回復しているよ」


 安慶の言葉に奇里も安堵する。

 戦いの後、一時状況は戦闘時よりも混迷した。何せ皆が皆負傷し重傷を負っていたのだ。

 だがそれも今では回復するに至っている。

 奇里と安慶に至ってはほんの二週間ほどで全快したのだ。

 それよりも喜ぶべきは全員一命をとりとめた事だろう。

 そのおかげでこうして今のんびりとした日々を送れているのだから。


「安慶はいつ発つの?」


 不意に奇里が言った。


「ふむ……。もう一度診断をした後になるか。4、5日後だな」

「そう。なら私もその時にするわ」

「良いのか?」

「ええ。これ以上ここにいたら居ついちゃいそうだから」


 少し寂しげな声。

 それに安慶はこのまま住んでしまえとは言えなかった。


「お姉ちゃん、どこか行っちゃうの?」


 不安の入り交じった声。

 それは奇里も覚悟していたもの。


「ええ。あのね、宗次郎……」


 わかってはいたこと。出会いがあれば別れがあって。

 それは旅する者としては当然のこと。

 でもそれでも宗次郎の悲しむ顔が見たくなくて。


「お姉ちゃん、僕お姉ちゃんといっしょに行きたいよ」

「え―――?」


 覚悟していた言葉とは全く違う言葉の前に奇里は呆然と宗次郎を見る。


「僕お姉ちゃんといっしょにいたい。いろんなところに行ってみたいよ」


 確かに。

 ハッキリと宗次郎は口にした。



 ○○○



「気ぃつけてな宗次郎。風にだきゃあなっちゃあいけねぇぞ。」


 旅立ちの日。

 村の入り口まで来た憲明が宗次郎の頭を撫でる。

 あれから宗次郎の決意を聞いた典明は快くそれを承諾した。

 宗次郎が決めたのならそれでいいと。

 典明自身、キリシマとの戦いで宗次郎の成長を感じ取っていたのだ。

 だからこそ今、笑って宗次郎を送り出す。


「うん。僕、頑張るよ」


 大丈夫だというように宗次郎は胸を張る。

 その姿に典明はまぶしそうに目を細めた。


「奇里様、宗次郎のこと、おねげぇします」

「ええ」


 奇里もしっかりと頷き返す。それに典明は何度も頭を下げた。


「それでは行くとするか」

「ええ」

「うん」


 安慶の声とともに二人は力強く頷いて。


「ありがとう、おじちゃん。行ってきます!」


 最後に宗次郎はにこやかに笑った。


「気ぃつけてな」


 典明も笑顔を浮かべ送り出す。

 そうして三人は村を後にする。

 並んで歩く三人に特に会話はなく、山の麓の別れ道。


「それではここで別れるとしよう」

「ええ。短い間だったけど楽しかったわ」


 別れ際に奇里と安慶は握手を交す。

 それはともに死線をくぐり抜けた戦友との友情の証。


「それじゃあ」

「じゃあね、安慶さん」

「ああ」


 別れの言葉は交わさない。

 これが別れでないと互いにわかっているから。

 互いに戦場に生きる身ならばまたどこかで会うだろう。

 故に別れの言葉はいらず、皆それぞれの道を行く。

 再会のその時を胸に誓って。



 ○○○



 ―――カラン、カランと下駄が鳴る。それに重なる足音一つ。


 夕闇のなか、山を出る。

 並んだ二つの影法師。

 つないだ手、握りしめ。

 進む足取りは軽やかに。

 歩む道先少しゆき、背後の山を振り返る。

 山の向こう。残したもの。その想い出は大きく強く、微かな郷愁を呼び起こす。


「―――行こう、お姉ちゃん」


 それでも想いを断ち切って、前を向く面は精悍で。

 暗く落ちた街道に、一歩足を踏み入れる。

 力強いその一歩。



 ―――ヒュュュゥゥウ



「―――え?」


 突如響く風切り音。

 それに背後を振り返る。


「わぁ―――」


 それは祝杯の華。

 闇の空。無数の華が咲き誇る。



「花火、か。夏の風物詩とは、乙なものだ」



 別れた道。違う場所で。

 安慶も夜空を眺め見る。



 夜空を彩る艶やかな華。愛しき子の門出を祝う。



「おじちゃん……」

「泣いていいんだよ、宗。悲しいときも嬉しいときも、我慢しなくていいんだよ」


 つないだ手に力が籠もる。それでも涙は見せなくて。


「平気だもん。僕は強くなるんだから」


 精一杯の強がりと。精一杯の笑顔を浮かべ。


「だから行こう、お姉ちゃん」


 大きく強く前へと進む。


「ええ。それじゃあ行きましょう」


 大輪の華を背に宿し、まだ見ぬ明日へと進みゆく。

 道端浮かぶ影法師。

 仲良く二人手をつなぎ。


 カラン、カランと下駄が鳴る。



                                           花火/了

                                     妖物語 ~零~ /完



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