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平穏への祝福を  作者: 新生 旧太郎
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……そんな馬鹿なことがあるまい。


私は気が触れてしまったのだ。こんな神話が読めるのも偶然…か?

いや、偶然と信じていないと本当に発狂してそれこそ『覚醒』してしまう。様々な感情が入り混じった溜息を音も出さずに吐き出した。そして、上を見ると、ジェムの逆さの顔………顔?!


『うわっ』


吃驚した。すると、ジェムはすまないすまない、と笑い混じりに私の居るベッドに腰掛けた。私は言わなくては、と思い、言った。


『何ですか、この神話』


すると、ジェムの髭がぼうぼうな顔から一切の笑みが消えた。鋭く蒼玉のような目で鋭く私を睨むように見る。思わずたじろぐ。


『その内容が……わかったのかい』


『はい』と応えた。


『で、どう感じた、というか、どう思った。』


『多分………かくかくしかじか………』と、説明していた。


すると、ジェムは突然、ベッドから立ち上がり、独特なリズムで手を打った。すると、一人の老爺が階段からゆっくり、降りてきた。息遣いは荒く、白髪も疎らで禿げかかった頭で、開いているかわからないほどの目からは明日死んでしまってもおかしくないような雰囲気すら感じ取れた。ガタンドの長老だと言う。

ジェムは耳元でコソコソと何かを長老に言っている。

すると、


『貴女様の…復活を…心よりお待ち…申し上げておりました』


この長老の恭しくも卑しさの一切がない姿勢からこの平穏の都の人々の従順さを、私の今までの魔力の強さを、感じた。


『貴女様の居ない世は…すっかり朽ち果てて…見る影も御座いませぬ……悪都の名残を残して………人々は利権を争い……人々は利己心の塊と為り果てて……見るも無惨な……ああ……どんなに…どんなに…救いを待った事でしょう。』


老爺は涙を流し、皺くちゃの顔を更にクシャクシャにして私に訴えた。そして、続けて言うには『あと、あと、二人なのです…二人なのです。』と。何がですか?と訊くと、少しの間があり、『罪人ですよ』と今度は虚ろな表情で地を凝視して応えた。その表情は先程までの優しそうな、それでいて荘厳な長老ではなく、虐め抜かれて、やっと復讐の機会を見つけた弱者であった。外の人間から、アウファレヴァから、幾度の迫害があったのだろう。幾度の無実の殺戮があったのだろう。幾度の……。私はその表情から全てを読み取った。私は、憤怒を覚えた。デジャビュだ…幾度となく覚えた感情だ。ふつふつと沸き上がる怒りはジェムにも感じ取れたのだろうか、ジェムはいそいそと階上へと上がった。


と、その時だった。

家に向かって走る音が地下に響いた。

そして、誰かが喚いている。どうしたのだろうか。

すると、ジェムが再び階下に戻ってきた。血相を変えて。


『ちょ、長老…大変です…っ、ア、アウファレヴァが全員アデレアに身投げしたそうです…………っ、し、司祭の手配を…急いでくださいっ!!』


それを聞いた長老は目を見開き、絶句していた。

しかし、その数秒後には、厭な満面の笑みを浮かべ、皺くちゃの手で私の手を掴み、階上へと上がっていった。


そして、ゆっくりと上がっていき、外へと連れていった。

外は夕暮れ。茜色に街は染まっている。

ヒュドス山脈に私は目を向けた。



────その時、私は記憶が流れ込むような感覚がした。



真っ暗で何も無かった故郷とは到底言えなかった殺風景すぎた風景が、そんな中で星々や銀河に彩られていった奇跡のような世界が、そこで初めて逢って一緒にいろいろ作ってきた“誰か”のシルエットが、星々の産まれる姿、死ぬ姿の不思議さが、ガスの塊が太陽になっていく時の壮観が、原子地球のマグマオーシャンが、カンブリアの生物の爆発的増殖の美しさが、全球凍結していった時の虚無感が、その後の復活を見たときの嬉しさが、恐竜の弱肉強食の切なさが、ヒトが生まれた時の“あの人”の喜ぶ姿が、ヒトに除け者にされた“あの人”の涙を知れなかった悔しさが、元々我が子であった悪魔を殺した罪悪感が、責め苦が恐ろしくて逃げるようにガタンドの底で眠ってしまった自分の臆病さが……全てが、私の頭に、手に、足に、躰に流れ込み染み込むように戻ってきた。


この夕暮れの所為だ。

この夕暮れが………初めて見た星のように輝いてるから………この夕暮れが…………無邪気にはしゃいでいた時の“あの人”みたいに輝くから………この夕暮れが…………。


あるはずだった幸福を壊した人間と臆病な自分への憎しみと、懐古(ノスタルジア)が私の涙腺を刺激した。大粒の涙が流れ出た。


ああ、そうだったんだ。


私が、私が……………。


────ああ、遠くで鐘が鳴ってる。

次回、終わります。

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