三
それは夕方に起こった。
教団の人間の一人が『謎の発狂』をしたそうだ。
連絡が遅れた、とかであと数分でこの街にも着く、というのだ。
皆戸締りをした。そして、並ぶ家の窓からは心配そうな顔が十数覗いているのが見える。私も窓に釘付けになった。
そして、遠くから声が聞こえてくる────
Nerdif I'frene! Cohh A'ufferrv!!
(ナーダヴ アイ・フリネー! カウフ ア・ウファーヴ!)
意味不明なことを叫んでいる…しかし、この言葉を聞いていると頭が割れるように痛くなる…思わずジェムに訊く。
『これ何ですか…?聞いてたら頭が痛くて……』
すると、ジェムは何か核心に触れたような、閃いたような顔を一瞬した。そして、『アレは…まあ、アウファレヴァの変な呪文さ』と応えた。私は更に『意味は何でしょう…』と聞くと…
『平穏への祝福を アウファ万歳』
と呟くような声で返ってきた。そうしている内にも狂人の声は高まっていく。
Ewo er tepe hetta thym'n'migntehar!!!
(エイウォ エァ テペィ ヒタ シム・ン・マインターハー!!!)
どんどん近づき、声が大きくなるにつれて、頭痛も酷くなっていく。私が意味を訊こうとするや否やの時にジェムは言う。
『我々は悪夢と神話を待ち望む民』
『それ、本当に何ですか?』
私は尋ねた。すると、『“本物のアウファ”を呼ぶ呪文さ』と返ってきた。本物…?谷に居るのがそうじゃないの?どういうこと?
そして、窓の外の男を見る。もう3分と持たなそうにも見える。
心の中で「可哀想に」と思っていると、突然。
『だっ、誰だ?!!誰が俺を可哀想なんて言いやがった!!』
…?!……偶然だろうか。まさかという感じがしたものだから更に心の中で「貴方変よ」と思った。すると────
『俺は変じゃねえよ…変なのはアイツらだ…あんなの神じゃねえ……なんだよ…“アレ”…』
そう言って男はうずくまり、慄え始めた。
私はその状態に嫌悪感すら覚えた。
気持ちが悪いではないか。あんなに目をひん剥いて叫んでいるのだ。これだから、神とか何だとかを信じる人は嫌なのだ…
出来ることならこんな所ではなくそれこそ地獄ででも嘆いていて欲しいものだ……なんて考えていると、一人の子供が近付いている。
『あれ、何でしょう、あの子供…』と私は呟いた。
すると、ジェムは窓に吸い込まれるように見ていたのを直ぐに私に視線を移した。
『子供…だって?』
『…?…はい』
すると、突然外の男が叫んだ。
『い、嫌だ、やめろ!何で俺だ!!死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!アウファよ!救いたまえ!嗚呼!』
男は自らナイフを取り出し、自らの脳天に突き刺した。
そして、掻き混ぜるように動かしながら倒れていった。
地面には血や脳漿がどんどん溢れ出ている。
衝撃的な風景を見た。そんな中でも例の子供は立っていた。
半笑いで。しかし、何故だろうか。それが不気味とは思えない。
寧ろ親近感がある……矢張私がアウファの一部だからだろうか。
すると、ジェムが呟いた。
『“谷”には居ないのに…アイツらめ…』
どういうことなのだろうか…と考えていると不意に眠気が襲ってきた。目の前が歪む…………あ………だめだ。
私は倒れた。
朦朧とした意識の中、私は初めてココに来た時に聞いた三人の声を聞いた────
『で、アウファレヴァの奴等は気づいたのか?』
『まさか、そんなことがあるまい。』
『奴等は阿呆だ…』
『■■■■■■■■■■■■。』
最後あたりは何を言っているのか聞き取れなかった…。
そして、私は深い、深い眠りにつく。
────深い、深い。
Ewo er tepe hetta thym'n'migntehar………
Ewo er tepe hetta thym'n'migntehar………
────遠く呪文が聞こえる。
あれ……?これは…夢?
いい空気だなぁ…
空模様も綺麗だ…
……ここは………ここは……
ここは………谷?アウファが眠っているんだ……
こんな所に居るんだ…
ちょっと覗いてみようかな…………
…?!
これって…………………?!
『!…………はっ…はっ』
短い夢のように感じた。
しかし、私は三日も寝ていたというのだ。
確かに……体がとても痛い。あの夢は本当なのだろうか。
だとしたら、真実は果たしてどういうことなのだろうか。
デジャヴのようにココアをまた渡され、それを飲んだ。
しかし、この夢は流し込むことはできずにいた。