如月の短編集
このコーナーは『如月恭二』の執筆練習の本棚です。
基本的には三題噺を書き続ける所ですので、宜しくお願いします。
「くっそ……どうしてこうなった」
草原のド真ん中で、汗を滝の様に垂らしながら、青年は独りごちる。
白髪で、緋色の瞳が印象的な中性的な顔立ち。
華奢な身体つきでは有るが、それが逆に引き締められた強靭な体を思わせている。
携剣帯には二振りの長剣、諸手に長大な大剣を携えており、絵に成る姿勢で構える。
「グォオオオオオオ!!」
突如として、相手が咆哮。
しかし、人では有り得ない体躯と殺意は尋常ならざるものだ。
まず、容姿として体色は黒。
爬虫類独特の鱗に、口の間から覗く乱杭歯、そして頭部から後ろに突き出した角。
加えて小さな山と見紛う程の巨躯。
──ドラゴン。
それは時として神に次ぐ存在と称される生物であり、伝説とも言われる。
その様な生き物を相手取るのは、どうみても自殺行為以外に無い。
不運に遭った自身を呪うが、最早後の祭りだった。
「……」
ちらと横を見れば、事切れた自らの愛馬。
無惨にその身を切り裂かれ、自らの血溜まりに沈んでいる。
(可哀想に……。俺の武者修行に着いてきたばかりに……)
慈しみと悲しみの視線を向ける青年。
哀れむ所が少々違う気もするが、今はそれどころではない。
一つ間違わなくても、数分後の自らの末路と重なって見える。
考察もつかの間、殺意の奔流は青年の命を存分に脅かしていた。
──何故なら彼は、今まさに突進の余波で吹き飛ばされている最中なのだから。
(絶望しかねぇ……ハハハ)
かすりもしない一撃でさえこれなのだ。
直撃した場合の威力は想像するに難くない。
泣きたくても泣けないと言うのは、きっとこう言う事なのだろう。
心の中で、乾いた笑いを溢す。
そして、青年の中で何かが吹っ切れる。
(何にしても、消耗戦は確実な死か……)
──ならば、
「捨てたと思ったこの命で抗うまで!!」
肚を据えるしかない。
青年は相手に取って不足なしと口角を獰猛に吊り上げる。
正眼に大剣を構えると、猛然と疾駆した。
「ハァア!!」
烈帛の気合いと共に跳躍。
暴風の如く迫り来る爪牙をいなし、上段から剣を叩きつける。
──しかし、
「……くっ」
鱗の重なった甲殻は大剣の斬り潰しを以てしても、僅かに傷付いた程度である。
寧ろ、こちらの腕に衝撃の余波が伝わって痺れる始末である。
「──うぉっ!?」
緩衝の間も無く、円錐状の尻尾での薙ぎ払いが襲い来る。
唸りを上げて飛来するそれは、死神の大鎌を彷彿とさせる重圧を放っている。
直撃すればまず骨折程度では済まないだろう。
幸いにも、硬革鎧という軽装備である事が功を奏した。
咄嗟の事態にも関わらず回避が可能となったのは、単に防具に依るところも有るのだろう。
(死ぬとこだった……)
他の装備と言えば左上腕に装備した部分装甲程度。
残念ながら、こちらは毛ほどの役にも立ちそうに無かった。
息を吐く暇なんてありゃしないと、ぼやく。
そのまま接近し、前足の鉤爪を掻い潜る。
死地に違いは無かった。
されど、『死地にこそ活路有り』という事実もまた然りだ。
右手に大剣、左手には長剣と言う異様な佇まいを見せると、すぐさま前足を斬り付ける。
「せぇええええい!!」
鱗や甲殻を狙った点は変わり映えが無かった。
しかし、青年の狙いは前足の関節に当たる部位、ただその一点だけである。
青年は腰の力を巧みに操り、剣舞を叩き込む。
関節部分は脆弱で、肉質は通常の甲殻や鱗に比べれば遥かに劣る。
ドラゴンさえもその例外では無かった。
「ギェエ!?」
(効いてる……!!)
呻き、身体を縮めて怯むドラゴン。
今までとは違う反応に確かな手応えを感じとる。
ただ、この剣舞が有効打かと言えば、そうでもなかった。
例えるなら、急な反撃に面食らっただけの反応に近いからである。
(だが、光明は見えた……)
そして暴力の嵐に対して、一見無謀そうな青年だが、青年は青年で技巧を以てして対峙していた。
爪牙を弾き、ある時は刀身で滑らせ受け流す事により致命傷を避けている。
何よりおそるべくはその集中力に有る。
縦横無尽に振り回される暴力の権化。
その死地に在って尚、目まぐるしく動く対象に対して、的確に斬撃を撃ち込む姿は当然の様にすら映る。
しかし、高い技術に裏打ちされていることを、克明に物語るものでも有った。
「ゴァアアアアアアア!?」
「さぁて、ここからが本番か。行くぜ、化け物ちゃん!!」
ドラゴンの咆哮が、殺気の様にビリビリと肌を刺す。
常人なら卒倒しかねない重圧を前にして、気合いでそれを克服し、軽口を叩く。
口ほどに余裕は無い。
装備もずだ袋さながらの惨状。
生傷や裂傷は十や二十ではきかない数を負った。
片やドラゴンは、煩わしさによる怒りに打ち震え、動きも前にも増して鋭く、凶暴なものとなる。
「ガッ!?……ヤバい、かもな」
青年の背を、鉤爪が擦過。
次いで、創部からドクドクと赤黒い血が溢れ出した。
口を突いて出たのは、久々の弱音。
血液の様子から鑑みるに思いの外、深傷である。
多少の弱音が溢れるのも無理からぬ事だった。
戦いはまだ始まりに過ぎない。
そう告げられた気がして、青年は剣を持つ手が白む程に、剣を強く強く握り締めた。
「いくぜぇ!!」
大喝一声の後、放たれた矢のごとく、青年は再び死地へと躍り出た。
さて、今回のお話しですが、三題噺です。
草原、馬、ドラゴン。
ファンタジーにして、カオスな文面ですが、何とかお話しになりました(笑)
一騎討ちみたいな戦闘描写になりました。
正直巧く出来ていないのではないかと、不安ですが、宜しければ添削をお願いします。
感想、ご意見等ありましたらどうぞお申し付け下さい。